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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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酔っ払ったうさぎのように胸の中であっちこっち飛び跳ねる心臓を宥めて、三木ヱ門はどうにか平然とした顔をつくった。
「下にいたのが私だから事なきを得ましたけど、次は気をつけて下さいね」
「ごめんなさーい」
三階にいるからどうしたって三木ヱ門より低い位置に頭を持って来ることはできないけれど、それでもできるだけ頭を下げなくてはと思ったのか、小松田と怪士丸と伏木蔵は窓枠から身を乗り出しほとんど頭を真っ逆さまにして声を揃えた。
その危なっかしさに三木ヱ門は思わず窓の下へ駆け寄り、三木ヱ門の口振りに苦笑いしていた日向が慌てて三人の背中を引っ張ろうとするが、腕が一本足らない。
と、日向の後ろからぬっと伸びた腕が、軽々と小松田を引き戻した。
校舎際まで近付いていた三木ヱ門には腕の主の顔は見えない。しかし、ごめんごめんありがとうと小松田が言う声に紛れて、ぼそぼそとそれに答える低い声が聞こえる。
黒板の交換なんて力仕事だから誰か上級生が手伝ったのか、それならあの声と口調は中在家先輩かな――と三木ヱ門が窓を見上げていると、新しい顔がひょいと覗いた。
「ごめんなあー。次はちゃんと下を見てからにするよー」
あれでもこの言い方だとまた落っことすの前提かなー、と自分の言葉に首をかしげているのは、沈黙の生き字引の二つ名を取る図書委員長ではなく、学級委員長委員会の青い双璧のひとり勘右衛門だった。
ただし声は低い。
低いというより、嗄れている。もしもその声に目に見える形があったら、きっと猫の集団が気が済むまで爪研ぎをしたあとみたいに、ざらざらのぼろぼろだ。
「尾浜先輩……ですか?」
誰かの変装かもしれないと考えた三木ヱ門がそう尋ねると、勘右衛門は大きく笑い、軋む声で「本物の本人だよ」と自分の顔を指さした。
「最近雨が降らなくて乾いてるから、埃のせいで鼻に来て、そのあと喉にも来た。参っちゃうね」
「空気がばっちいのはどうにもなりません。うがいと手洗いが大事ですよ」
勘右衛門の袖をついと引いて、保健委員の伏木蔵が真面目な顔で言う。
その顔色を目の端で観察しつつ、三木ヱ門はわざとらしくない程度に明るい声を張り上げた。
「そう言えば、医務室によく効く鼻の薬があると聞きました。善法寺先輩にお尋ねになってはいかがでしょう」
「へえ、いいこと聞いた。そうなんだ?」
そう言って勘右衛門は三木ヱ門に頷きかけ、袖をつまんでいる伏木蔵に尋ねる。
伏木蔵がこくんと頷くのを見て、三木ヱ門は背中で小さくぐっと拳を握った。


これだけ轍が深いとなると、余程の重さだったのか。
荷台に積んだ箱の高さは三木ヱ門の身長を越す程ではなかった。箱の大きさからして、中身もそう大きなものは入らない。金属製の手裏剣や暗器の類か、それとも重くてかさばる皿や食器か、そんなものをどこへ運ぼうとしていたのか――
それに、今の下級生たちは一体誰だ。
考えるのはよそうと決めたばかりなのに妙に気になって、轍を見下ろしてしばし立ち尽くす。
じっと俯いたその後頭部に、何かがこつんと当たった。
「ん?」
「そこの四年、走れーっ!!」
三木ヱ門が上を向こうとしたのと同時に、校舎の上階から緊迫した声が降って来た。
反射的に大きく前へ飛び出しそのまま全速力で走る。ほとんど間をおかずに、背後から重いものが地面に叩き付けられる不穏な音がした。
「おぉーい! 無事かあ!」
校舎から十五間ほども離れてから足を止めた三木ヱ門は、呼びかける声に片手を上げて応え、振り返って目を剥いた。
さっきまで立っていたまさにその場所に、真っ二つに割れた黒板と、ひしゃげた滑車付きの蜘蛛梯子が落ちている。
逃げるのが少しでも遅れたら黒板が頭の上に落ちて来たんだ――と悟った途端、三木ヱ門の額と言わず背中と言わず、冷たい汗がどっと噴き出す。それを袖で拭いつつ見上げると、一年生の教室がある三階の窓から心配そうな顔を覗かせているのは、日向と伏木蔵と怪士丸――と言うことはあそこは一年ろ組の教室だ――と、小松田だった。
「田村くーん、ごめーん」
顔の前で手を合わせた小松田が大声で言う。
この台詞を聞くのは今日二回目だ。
「黒板、どうしたんですか」
そう尋ね、砕けた黒板にこわごわ近寄り、飛び散った破片にあらためてぞっとした。一歩間違ったら、自分の頭がこうなっていたかもしれないのだ。
「いや、すまんすまん。表面の傷みがあんまりひどくなったので、黒板を新しいものと付け替えたんだが、ついでに蜘蛛梯子の使い方をおさらいしようとしてな」
「古い黒板を窓から下へ下ろそうとしたんですけど、蜘蛛梯子の取り付けがまずくて」
「おまけに綱が古くなってて、窓の外へ出そうとしただけでビキビキ割れ始めちゃって、危ないから教室の中へ戻そうとしたら」
「様子を見に来た僕が出入り口の敷居につまずいて四人にぶつかって、その勢いで綱が切れちゃった」
日向、怪士丸、伏木蔵が順番に説明し、最後の小松田はそう言うと、心底申し訳なさそうに首を縮めた。


「うわっ!」
思わず声を上げ、踏み出しかけた足を引っ込める。慌てて振り向くと、もうもうと巻き上がる土埃の中に、荷台いっぱいに荷を積み上げた車がガタゴト揺れながら走って行く後ろ姿が見えた。
石を踏んだらしい車が跳ね上がり、危うい所で横転せずに着地すると、既にだいぶ離れたというのに三木ヱ門の足元までドスンと揺れた。車はそのまま益々勢いを増してすっ飛んで行き、瞬く間に見えなくなる。
「……なんだ今の……」
一拍遅れてばらばら降って来た細かい土を浴びつつ、三木ヱ門が呟く。
車を牽いていたのは馬でも牛でもなかった。誰なのかまでは分からないが、一瞬見えた制服の色は一年生と二年生、それに三年生だったようだ。荷は――一抱えほどもある、同じ大きさの箱がいくつも積んであったように見えた。
……中身は何だろう。
「いや、考えるな考えるな」
首を振り、中途半端な位置で止まっていた足を一歩前に出す。ここで暴走荷車の方に首を突っ込んだらまた藪蛇になるに決まっている。好奇心は猫をも殺すというけれど、学園の中を歩いているだけで次々に湧いて出て来る謎に否応なく関わっている今の状況は、藪をつついてもいないのにヤマタノオロチが飛び掛かってきたようなものだ。
天羽々斬はどこにある。一刀両断で問題解決とはいかないものかな。
そんなことを考えつつ歩くうち、やがて校舎にたどり着いた。追っていた足跡はもうどれがどれやら分からなくなっているが、さっきの車の轍は、校舎の前を出発点にはっきりと残っていた。


用具倉庫のある方へ顔を向け、それからゆっくり首を巡らせて足元に目を落とし、もう一度焔硝蔵の方向を振り返る。
きり丸が倉庫から縄を持ち帰り、北石をタコツボから引き上げるまではすぐに済んだだろう。しかし、ここで木下や清八と顔を突き合わせたとき、目に付く範囲に掘り出した土は見当たらなかった。と言うことは、タコツボを埋めた土はどこか他の場所から運び込んだもので、結構な深さがあったから埋め戻す手間もかかったはず。きり丸はタダ働きは嫌だとぶうたれてゴネただろうし。
焔硝蔵から来てここを通り元タコツボの上に足跡をつけていった二人は、三木ヱ門が焔硝蔵を立ち去った後もしばらくそこに留まって、何かをしていたというわけだ。
「ひとりは久々知先輩だろうけど……、もうひとりは善法寺先輩なのか?」
だとすると、一緒にいるはずの一平の足跡らしいものが伴走していないのが引っ掛かる。どちらかがおんぶしていたという可能性もあるけれど、まさか足跡から追跡されることを想定してそんな撹乱をしたとも考えにくい。うっかり転んで膝をすりむいたのを背負ってやったのかもしれないが。
「それにしても――何から逃げたのかな」
新しい土の上を踏んでくっきり残った足型はここまで来てもまだ走った痕跡がある。
三叉路を通って向かった先は、校舎だ。
この先からは人通りが多くなるから、特定の足跡だけ拾って歩くのは難しい。兵助本体の姿を探したほうが良さそうだ。
そう判断して三木ヱ門が校舎の方角へ足を向けたその時、目の前を一陣の突風が吹き過ぎた。


交互に見やり三木ヱ門が首を傾げていると、何かの気配を感じたのか、すずめが急にパッと飛び立った。そのままひとかたまりになって建物が並ぶ方へ飛び去って行く。
その動きに引かれて、三木ヱ門は立ち上がった。
駆け足の足跡は校舎や長屋がある方角へ向かっている。すずめの導きだ、こっちにしよう。
「行ったり来たりだな」
焔硝蔵から用具倉庫、用具倉庫から寮の長屋、長屋から築山、築山から焔硝蔵、焔硝蔵から次は校舎か?
用のある者以外は通らない場所なのが幸い、あとから踏まれた痕跡もなく、逃げる足跡は土の上に割合はっきり残っている。その跡を慎重に辿りながら自分の行程を思い返し、三木ヱ門はひとりで苦笑した。もしも誰かが一連の行動を観察していたら、さても忙しないと呆れることだろう。
足跡はやがて、北石が喜八郎作のアナンダ二号に落ちていた三叉路に来かかった。北石の救出は成功したようでその場にひと気はなく、タコツボもきれいに埋められていて、足跡はその上を駆け抜けている。
三木ヱ門はちょっと立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回した。



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