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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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それも言い訳か、と悄然として呟く。
「どうしても予算が足らないなら、用具みたいに自分たちで稼ぎ出すのが本当だよなあ。……ああ、だけど、用具が出稼ぎに行かなくちゃならなくなったのは"ねずみずもう"のせいなのか。そんなことを仕掛けなければ、先輩が怪我をすることもなかったんだ……」
雷蔵が問わず語りにとつとつとこぼす悔悟の中に混ざっていた妙な言葉に、三木ヱ門は心の中で首をひねった。
ねずみずもう。不寝不見詣――、根摘み図網、それとも鼠相撲?
それらしい漢字をいくつか当てはめてみて、また首をひねる。相撲取りのネズミのせいで用具委員会は生物委員会に――生き物のために非常手段を取るのは生物委員会だけだから、さっきの雷蔵の言葉でこれは確定だ――予算を持って行かれた。
とは、どういうことだ?
野見宿禰さながらに強面の雲つくような大ネズミが予算を強請りに来る光景を想像して、三木ヱ門は「ぺん」と自分の額を叩いた。
そんなお伽話みたいな話があるものか。大体、用具委員長に力押しで迫ったところで返り討ち必至だ。
そうじゃなくて、もっと言葉通りに考えてみると――生物委員会が用具委員会へ持ちかけた勝負は「鼠相撲」で、それに負けたために用具委員会は賭け代にした予算を失った。
生物委員会がネズミを飼育していて勿論不思議はないが、松明に混ぜる糞を取ったり虫獣遁に使うために、一般の生徒がネズミを飼っているのも珍しくない。
そのネズミは適度に健康で元気があればよいので、格別に力が強い必要はない。
が。
お互いが世話をしているネズミのどちらの方が強いか勝負してみませんか、ああでも生物委員会が手塩にかけて育てているネズミにそこらの凡百ネズミが敵うはずありませんよねーすいません失礼しましたぁ忘れちゃってくださーい。……とでも挑発されたら。負けず嫌いで切れっぱやい用具委員長は、多分、乗る。
……保健委員長謹製ドーピング蜜漬けの出番はここか。


「仕方なかった?」
オウム返しに言った三木ヱ門が片方の眉を吊り上げると、雷蔵はしゅんと肩をすぼめた。
「監査の時の潮江先輩に似ている。その表情」
「……」
思わずくるりと頬を撫でる。
策謀を弄した上にそれは仕方なかったとは何たる言いぐさ、と雷蔵は受け取ったのだろう。いかにも文次郎が口にしそうな台詞だが、三木ヱ門の意図は違っている。
生物、保健、火薬、学級委員長の各委員会が「裏予算」とでも言うべき秘密を共謀して隠しているのは先刻承知だが、それに加えて図書委員会まで関わっていたのか。予算の問題は「どの委員会にとっても切実」だから、関わることは「仕方なかった」?
その疑問を顔に出さないよう、三木ヱ門は強いてしかつめらしい表情を作った。
「用具委員会は今月の予算を自分たちで使えません。御存知ですか」
「……うん。あれはやり過ぎだと思ったんだけど、生き物たちのために背に腹は代えられないって……言い訳かな。言い訳だよなあ」
雷蔵がまた追求したくなる言葉を吐く。それを堪えて、委細承知の振りをして重々しく頷いてみせる。
「持ちかけられた賭けに乗ったのは委員長の過失ではありましょうが、その補填のための手間仕事で、食満先輩は保健委員に静養を言い付けられるほどの大怪我をなさいました」
いやなに、本当は大小の傷や打ち身を大量にこしらえながらケロッとしているから乱太郎に叱られたのだが。
その言葉に、雷蔵がびくりと目を見開いた。
「大怪我? 本当に?」
「鎖骨を折ったかもしれません」
あの肌の色の酷さなら折れていてもおかしくないと三木ヱ門には思えるが、痛がりもせず平気で動き回っていたからそこまでの重傷ではない、と思う。しかし骨折ではないと確定はしていないので大げさに言っておく。
「予算が足らないと皆が不満がっているのは百も二百も承知です。が、他の生徒の身体を損ねてまで支給額以上に予算を確保しようと謀を巡らせるのは、会計委員会としては看過できません」
顔色が変わってしまった雷蔵に向かってびしりと言い切る。
指に引っ掛けていたつづらが軽い音を立てて廊下に落ちた。ほどけた腕をのろのろと持ち上げ、雷蔵は額を抑えた。
「そんなことになるとは思っていなかった」


※4/6にアップした記事が非公開設定になっていました。申し訳ありません。(4/7)
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「汗牛充棟」作戦と並行して図書委員会はなにかもうひとつ企てをしていて、その内容は余人の耳目を忍ぶ。雷蔵が渡り廊下へ行った理由もそこにある――
なら、つづらを渡り廊下で拾ったなんて真正直に言わなければいいのに。
「突庵先生の曽お祖父様の自伝は、返却するのですか」
きり丸と久作が数馬を巻き込んで荷車を牽いて吹っ飛んで行きましたと三木ヱ門が言うと、雷蔵はつぐんだ口をむぐむぐさせた。どうしてそれを知っているのかと尋ねかけて呑み込んだらしい。
突庵曽祖父の自伝がどうこうは実際に見聞きしたことから三木ヱ門が自分で推察したのだが、隠し事を知られたと誤解している雷蔵には、今の質問は三木ヱ門が事情に通じていることを仄めかせる圧力になった。組んでいた腕が少し緩み、つづらがぐらぐらと揺れた。
「来るもの来るもの、すべて買い取る訳にはいかないから」
ぽつんと雷蔵が言う。予算は限りがあるし、それでなくとも多くはないし……と、三木ヱ門よりも背が高いのに器用にも上目遣いをする。
「押し付けられた要らぬものなら、反古紙として売ってしまえばよろしいのに」
「……思い切ったことを言うね。ばれたら大変だよ」
無理矢理笑いに紛れさせようとするが、雷蔵の目と眉と口はばらばらに動いてうまくいかない。
「会計委員会だって、予算を大盤振る舞いできるものならしたいです。それができれば、他の委員会に恨まれたり目の敵にされることもなくなりますから。でも、」
"学校"というのは基本的に生産をしない機関だ。学校運営費を投資に回して殖産する遣り手経営者もいるにはいるらしいが、学園長はその分野には手を出していない。生徒が収める学費が予算の源泉になる以上、各委員会の要求を諾々と呑んで予算を増やせば、その分学費も増える。それではお金を用意できずに学園を辞めざるを得なくなる生徒が出て来かねない。
微かに非難する調子を感じ取った三木ヱ門が言い返すと、雷蔵は悲しげに眉を下げた。
「分かっている。けど、予算の問題はどの委員会にとっても切実なんだ」
だから仕方なかったんだ。


今は空手のようですが学園長先生の庵を書物で埋める作戦は完遂したのですかと質問を重ねると、ぶれた焦点がつるりと三木ヱ門の顔の上から滑り落ちて、周囲を大きく一巡りしてからまた鼻の辺りに着地した。
「君はおかしなことを気にするんだな」
軽く言って雷蔵が笑ってみせる。
三木ヱ門に見せるための笑顔だ。心底の笑みではない。表情を変えずに見返す三木ヱ門に、雷蔵はまた忙しない瞬きをした。
「長屋の廊下で久作に聞きましたもので」
「……えっ、喋っちゃったの?」
思わずのように呟いたそばから、雷蔵はひらりと口元を歪めた。その小さな動きが今の言葉は失言だったと証明することに気が付いたのか、つづらに掛けられた縄を指先に引っ掛けて胸高に腕を組み、構えるようにきゅっと顎を引く。眉間には薄くしわまで寄っている。
困っている。
つづらの処遇に悩んでいた時とは違う、もっと深刻そうな困り方だ。
山と抱えていた書物を廊下へぶち撒けた久作が、たまたま行き合わせた三木ヱ門へ得々と喋って聞かせた作戦が、それほど他聞を憚るものだろうか。仮に「汗牛充棟」作戦が図書委員会の秘密だったのなら、久作はそれを吹聴するほど粗忽ではあるまい。
三木ヱ門はふたつの質問をしたつもりでいた。
ひとつ、渡り廊下を通った理由。これは本当に不審に思ったからそう尋ねた。五年生が三人も絡んでいる学園内の怪しい動きに、関連がないとは限らない。
ふたつ、作戦の首尾。こっちはただの好奇心だ。学園長先生は今頃、図書委員長のお説教を食らっていますか。
しかし雷蔵は違う意図に受け取った。
そして誤解したその内容は、三木ヱ門に対して隠したいことであるらしい。
身を守るようにしっかり組まれた腕を見て、三木ヱ門は考えた。


「元の場所へ戻しておけば、そこへ置いた当人が取りに来るんじゃないでしょうか」
「ん?」
ぎくしゃくした口調にならないよう気をつけながら三木ヱ門が提案すると、雷蔵は二、三度素早い瞬きをした。それからふと表情を緩め、つづらを回すのをやめて恭しげに両手で捧げ持った。
「言葉足らずだったな。渡り廊下の端に、きちんと置いてあったんじゃないんだ」
校舎と校舎をつなぐ屋外の渡り廊下はその両側に囲いがなく、代わりにこんもりと茂った背の低い木が並んで植わっている。つづらがあったのは廊下の端も端で、全体の半分以上が植え込みに刺さった状態だったと雷蔵が説明する。
「そこへ放り捨てたか取り落としたふうに見えたから、持ち主が知らないうちにそこへ置き去りになってしまったものと思って、拾って来た」
「……んんー」
上級生の前ながら、三木ヱ門は思わず不審を示して低く唸った。
このつづらに生物委員が小猿を入れていたと決まったわけではない。しかし今の話から、三木ヱ門はつづらが元々は植え込みの下へ隠してあったのではないかと想像した。
何としても外へ出たい小猿は四方を囲む壁に体当たりを繰り返す。その勢いでつづらはじりじりと地面の上を動き、いつしか葉陰から姿を表わす。やがて身体をぶつけるより己の歯を以て噛み破るほうが易しそうだと思い付いた小猿は、足元の薄い竹板に勇んで食いつく。
そして脱走だ。
屋根の上から落ちて来た八左ヱ門は今、どこでどうしているのか分からない。あの剣呑な追手に捕まってしまったら、そうそう簡単に解放されそうにも思えない。「校舎裏の渡り廊下のつづら」と八左ヱ門に謎をかけてみることさえできれば、色々とはかどりそうな予感がする――
「――不破先輩」
「なんだい」
「なぜ渡り廊下に行かれたんですか?」
あまり人通りのない、普段は使うことのない渡り廊下に。
三木ヱ門にひたと見詰められた雷蔵の視線が、にわかに揺れた。


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