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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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自分の機嫌が悪いからといって他人に八つ当たりすることはないけれど、一緒にいると圧迫感が途轍もないので、下級生たちが何くれとなく仕事を見つけてよく働く。なかなか進まなかった蔵書目録や収蔵場所一覧図の作成もこの雰囲気の中でさくさく済み、当座するべきことがなくなってしまったので、以前適当に繋ぎ合わせて三巻分が一巻になった巻物の再修復に取り掛かろうかという話になっていた。
そんな時、ただでさえ図書委員にはすが目を向けられている学園長が、書物の題名をあれこれ挙げては庵へ持って来るよう言い出した。
「この上なんだよっ、て思っちゃったんだよね。みんな」
図書委員会の悩みの大元を作った学園長先生にその恨みつらみをぶつけるのは順当で正当、八つ当たりではないと全員の意見が一致して、汗牛充棟作戦実行と相成った。
「吉野先生が、学園長先生は忍術学園を版元にしてご自分の自伝を出版なさるつもりだと、渋い顔をしてらっしゃいました」
「うへぇ。あの年代の方々の間で、自伝を書くのがもう流行り始めてしまったのかな」
さして学園に馴染みがあるわけでもない一人の分を受けてしまった以上、それ以外の人の著作は一切お断りとは言いづらい。今後も強制買い取りや送り付けがあるのかなあと雷蔵が憂い顔をする。
「突庵先生は直接図書室においでになったから何とかなったけど、学園長先生を経由されてしまうとね。言われるままに全部買っていたら、いつまで経っても本当に必要な物が買えない」
「うーん……あまり目に余る事態になったら、図書委員長と会計委員長の連名で意見を申し立てることもできると思います。私見ですが」
予算が足らない足らないと連祷のように言い続けられては会計委員会としても困る。学園長の自伝出版費用を学園の運営費から賄えと言われても――そちらは生徒である会計委員会の管轄ではないが――困る。
「どうせ誰も読まないんだから、反古紙の裏に書けばいいのに」
「……結構、言うなあ」
「――って吉野先生がおっしゃっていました。反古紙なら今、事務室にたっくさんあるので」
「え、本当に?」
三木ヱ門の言葉に素早く反応した雷蔵が、はっとしたようにつづらを回す手を止めた。


そのまま顔の高さまで持ち上げ、目を近付けて穴の内側を覗くような仕草をする。軽く揺すり、空っぽだなと呟いた。
「最初に不破先輩とお会いしたあと医務室へ行きましたが、鼻の薬の在り処は善法寺先輩しか分からないそうです」
「あれ、そうなのか。扱い方が難しい薬なのかな」
つづらの陰から目だけ覗かせた雷蔵が首をかしげる。
「今日は乱太郎と数馬が当番で善法寺先輩はご不在だったのですけれど、どちらにいらっしゃるか、ご存知ではありませんか」
「そう言えば、少し前に書庫にいらしてたな」
下ろしたつづらを無造作にくるくると回転させつつ、衛生管理だとおっしゃっていたよと言って、ちらりと苦笑した。
「下級生長屋の虫やネズミが活発化しているから、それが校舎へ大挙して移動して来ないように、そういう生き物が好みそうな場所に虫除けの草を撒いておくんだって。でも、図書委員会が管轄する区域は清潔にしていると中在家先輩が嫌がられて」
紙を食う紙魚を遠ざける効果もあると伊作が熱心に説きつけて最後には同意させたものの、長次は不興な様子だったという。
薬草を持ち込んだ伊作の本当の目的が何であれ、虫やネズミが徘徊する環境は衛生的と言いがたいのは確かで、虫害獣害を防ぐための予防措置という説明には理がある。いつもの長次ならすぐに納得して聞き入れるだろうに、ぐずぐずと不満を燻らせるとは珍しい。
「"雀躍集"のせいですか」
三木ヱ門が言うと、雷蔵は一瞬目を瞠り、それからまた苦笑いした。
「今月はずっと先輩の笑顔が絶えないよ」


三木ヱ門は目を上げた。
その拍子に、睫毛に引っかかっていた涙がはらりと流れ、鼻の横を滑って顎まで落ちた。それも袖で拭って復唱する。
「鼻の薬、ですか」
「うん。さっきも言ったけど、よく効く薬が入ったって乱太郎に聞いたよ」
「よく効く……」
「くしゃみが収まるとか鼻水が止まるとか、そういう薬だろう。だって鼻薬なんだから」
しかしその"鼻薬"は、実は医療的な意味での薬ではない。
とは、知らないのか。
そうでなければ、顔を合わせるたびにくしゃみをしてばかりの後輩にこんな提案をするわけがない。無いものを貰いに行かせて伊作を動揺させようと企んでいる会計委員ではあるまいし。
目をこするふりに紛れてこっそり窺ってみても、雷蔵の表情は二心あるようには見えない。親切心が九割九分と、残りの一分は三木ヱ門が医務室へ行ってこの場がうやむやになったらいいなと期待している。
雷蔵はおそらく生物委員会を要石に共謀する委員会があることを知っている。そこには火薬と学級委員長が含まれ、何を提供し何の見返りを受けたのかは分からないが、図書委員会もどうやら加わっているようだ。
……しかし、保健委員会――と言うか、保健委員長も噛んでいることはご存知ない?
逆から見れば、生物委員会は他の委員会へこっそり協力を求めた時、伊作が関わっていることを教えなかった?
上級生だから憚った――という理由だと、図書委員会にも六年生の長次がいる。雷蔵が委員長に内緒で下級生を抱き込み「悪いこと」をするとは考えにくい。生物委員会に加担することは長次も承知しているだろう。
教える必要がないと思った。やってることがあんまりエグいから教えるに教えられなかった。自分の関与は他言無用と伊作本人に釘を刺されていた。
「ああ、分かんなくなってきたぁ」
鼻をつまんでひねりながら三木ヱ門は口の中でもごもごと呻いた。
雷蔵は思い出したように手を伸ばして廊下に落ちたつづらを拾い上げ、裏返してもう一度穴を見た。



小猿の存在を雷蔵は知っているだろうか。
三木ヱ門に不承不承その来歴を話した孫兵の態度からして、小猿の素性それ自体は生物委員会の特級機密のはずだ。国持大名や高級貴族が関わっていることは伏せて、乳母日傘で丁重に扱わなくちゃいけない大事の預かりもの、くらいには協力者に話してあるのか。
それとも、小猿を保護していることも内緒にして、詳しいことは話せないが見返りはきっと約束するから何も言わずに手伝ってくれと協力を請うたのか。――この場合、伊作を除くという条件がつくが。
善法寺先輩には猿の健康維持に必須の医療知識のために余儀なく助けを仰いだものと考えていたけれど、友人を欺くいかさま勝負の片棒を担いだとなると、予想よりも根幹から関わっているのかもしれないな。保健委員会が計上した"雀用薬餌代"の件も、そう言えばまだ不透明なままだ。
「渡り鳥が」
雷蔵が口を開いた。少し喉に引っかかるような声だが、いつもの穏やかな口調に戻っている。
「学園の池に越冬に来たから、じゃないかな」
放っておいたら池の鯉や水草を食べ尽くされてしまうから、それを防ぐために渡り鳥にも餌をやるんだろう。ここなら無事に冬を過ごせると頼って来た鳥たちを、飢えさせるのはかわいそうだから。
「竹谷先輩らしいお考えだと思います」
が、会計監査で予算の使途を突っ込まれたらそういう方便を使うことになっていたと、三木ヱ門はすでに孫兵から聞いている。だからしみじみとそう言ったあと、「その話が真実ならば」と付け加えた。
雷蔵は小さく笑って肩をすくめる。
その時、急に三木ヱ門の鼻の中がむずっとした。
「あ」
慌てて雷蔵に背を向け両手で鼻を覆う。その途端に、膨らませた紙袋を叩き潰すような大きなくしゃみがひとつ出た。
「うわっ。大丈夫かい?」
「……ふぁい。髪か服に埃が付いていたみたいです」
袖で鼻先をこすって三木ヱ門が言うと、悶着を脇にのけ心配そうにその顔を覗き込んでいた雷蔵は、
「やっぱり、医務室で鼻の薬を貰って来たら?」
と言った。


「竹谷先輩は今、何者かに追い回されています」
三木ヱ門が言うと、顔を上げた雷蔵は一瞬、目の焦点が遠くなったような表情をした。
「一年ろ組のふたりと尾浜先輩は、焔硝蔵の方角から校舎へ向かって猛烈な勢いで遁走する久々知先輩と、竹谷先輩の顔をした鉢屋先輩を目撃したそうです。――五年生は一体、皆揃って何から逃げているのです?」
どちらの八左ヱ門が本物なのか確信はないし、各々の状況が相互に関連しているかどうかは分からない。それを敢えて切り口上に決め付け、かまをかけてみる。
「逃げる――」
うろうろと揺れていた雷蔵の瞳が不意に正位置へ戻った。訳知り顔に問い詰めてくる三木ヱ門は実際どこまで何を知っているのか、という疑問が動揺に追いつき、それで落ち着きを取り戻したらしい。
……さてさて、どこまで手の内を見せて良いものか。
「生物委員会は今月、支給予算を超える費えを賄うために、用具委員会の予算の奪取を目論んで"鼠相撲"勝負を挑んだ」
そこまで言って三木ヱ門は言葉を切る。微かに眉を寄せて様子を窺うように見下ろしてくる雷蔵をじっと見上げ、しっかり視線が合ったのを確認してから、もう一度口を開く。
「急に飼育する生き物が増えたとも聞かないのに、なぜ今月に限って大赤字なのでしょうね。不可解な話です」
「……」
雷蔵も目を逸らさない。口は結んだまま、ただゆっくり瞬きをする。


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