忍者ブログ
. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
カレンダー
07 2025/08 09
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
文責
written by 大鷲ケイタ
バーコード
忍者アナライズ
29
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「あの、僕が、こけたんです」
喜三太の横に顔を並べた平太が自分の鼻を指差す。言われてよく見ると、ちんまり丸い鼻の頭とおでこが強くこすったように赤くすりむけている。
転んで、咄嗟に手が前に出なくて、顔から地面に落ちるとこうなるが――
「怪我がそれだけで済んだのなら幸いだが、仮にも忍者のたまごがその仕儀は情けないぞ」
「神崎先輩をお部屋へお連れする時、神崎先輩が走りだした弾みに縄が絡まってしまいまして」
「……。ごめん」
しんベヱに託した左門付きの縄の間に、重石代わりに喜三太と平太も巻き込んだのは三木ヱ門だ。
「それで医務室に行ったら、膏薬だらけの食満先輩が床(ゆか)に伸びていらして」
神妙な様子で黙っていた作兵衛が、平太のその言葉にくすんと鼻を鳴らした。吹き出したのかと三木ヱ門が目を向けると、作兵衛はどんな表情をしたらいいか決めかねているのか、くしゃみを堪えるような妙に力の入った顔つきをしていた。
その顔で、いくらか鼻声になって言う。
「確かに打ち身は幾つも出来ていましたが、あれは大げさに過ぎます――過ぎるように見えます」
「そう言うということは、作兵衛も医務室へ行ったのか。いつ行ったんだ?」
「僕がこけたあと、一緒にです」
「んん?」
平太が補足してくれたが、事の前後が一瞬分からなくなって三木ヱ門は唸った。今日は自室で大人しくしていると決心した左門を用具の一年生たちに任せたのは、職責に燃える乱太郎と左近を焚きつけるよりも前だ。
「先にこの廊下で先輩にお会いしたあと、左門を連れて部屋に戻ろうとしたら途中でまた脱走しかけて、たまたま居合わせたこいつらが捕まえるのを手伝ってくれたんですが」
地面で打った鼻がずっとしくしく痛かったのが、捕物騒ぎのどたばたの勢いでとうとう鼻血が出てしまったので、左門を部屋の中へ追い込んだあと医務室へ連れて行ったのだとかいつまんで作兵衛が説明する。
「――そしたら食満先輩もおいでだったので、田村先輩の言伝てをお話ししたら」
"逃げたすずめは懐に入った"。
それと"朴念仁"!
「それを聞いた食満先輩が、――あの、何と言うか」
「食堂のおばちゃんが使ってる古い金物のお鍋みたいな顔になりました」
言いづらそうに口ごもる作兵衛の横で、しんべヱがあっけらかんと言う。
なるほど、ベコッとへこんだのか。



校舎を飛び出し校庭を突っ切って、長屋の裏側から中庭に面した廊下の方へ回り込んで行くその途中に、威勢良く木を挽く音や軽快な槌音、賑やかな話し声が聞こえて来た。
「後ろ通りまーす。失礼しまーす」
長屋の角を曲がった途端目に飛び込んできた光景に思わず立ち止まった三木ヱ門のすぐ背後で元気な声がして、半分に割った太い木の幹を担いだころころした影が追い抜いて行った。
我に返り、かなり重量のありそうな材木を二、三本もひとりで運ぶしんべヱのあとについて歩いて廊下へ近付く。割れた床板の撤去をしていた用具委員たちは三木ヱ門に気が付くと、口々に「こんにちは」と明るい声を上げた。
その中に作兵衛もいる。三木ヱ門の姿を見ても、今度は逃げ出さなかった。
「さすが。仕事が速いな」
「……そのままにしていたら、危ないですから」
「それに、よく気がつく」
穴の前後に衝立を持って来て"通行禁止"の張り紙をしている手回しの良さに目を留め、三木ヱ門が褒めると、作兵衛は鋸を片手に少し恥ずかしそうな顔をして、首をすくめるようにして会釈した。
委員長の姿はない。剥がした床板を片付けたりする作業の手順は作兵衛が指示を出し、一年生三人はそれに従ってこまこまと立ち働いている。
「委員長なら医務室です」
きょろきょろする三木ヱ門の意図を察して作兵衛が言う。その横から、木っ端を袋に集めていた喜三太がぴょこんと顔を出した。
「医務室で"つんむぐって"ます」
「ん?」
「あー、ええと、床(とこ)に突っ込まれてます。絶対安静だって」
「乱太郎と左近にか」
やはり鎮痛膏改・三号に大当たりしてしまったのか。
「いいえ。富松先輩に、です」
「ん?」
首を振った喜三太が目で指し、三木ヱ門が振り向くと、作兵衛は困った顔をしてますます首を縮めた。



八左ヱ門の姿を見かけるなり「お前は鉢屋か否か」と掴みかかった文次郎の行動は、一見乱暴だし実際手荒だったが、実に理に適っていたのだ。本当の本人だと決死の嘘を突き通して逃げ延びたものの、その八左ヱ門の中身は三郎であり、文次郎は気づかなかったとはいえ王将を獲っていたのだから。
「……今の"不破先輩"に、しがみついてでも引き止めるべきだったか」
しかしもう遅い。
言葉通りに事務室へ行ったとも思えない。校舎へ駆け込んで来たふたりの五年生と落ちあい、今後の対策を検討するつもりだろう。その会議の場に、「会計委員である三木ヱ門が既に幾つかの情報を掴み、不審人物たちの周囲を嗅ぎ回っている」との凶報がもたらされたら――
ここから先は徹底的に守りを固められる。
三木ヱ門はゆらりと立ち上がった。
「頭(かしら)はどこだ」
もう誰が誰なのか分からないが、何かを企む五年生が三人この校舎の中にいるのは確かだ。
勘右衛門も"三郎"候補だが――たぶん、本物の勘右衛門だろう。そしてきっと"企み"には深く関わっていないか、或いはよく知らない。伏木蔵と怪士丸から聞いた、同級生たちを見かけた時の反応が、随分と呑気過ぎる。
八左ヱ門はあの剣呑な追手に捕まっただろうか、逃げ切っただろうか。それとも未だ逃走中だろうか?
三人と合流する前に三木ヱ門が八左ヱ門を捕獲、もとい確保できれば、状況は会計委員会に有利になるはずだ。
捕まっていれば無理を押しても譲り受ける。
逃げ切っていれば今度は三木ヱ門が追手になる。
逃走中なら、屋根の上の追手と共闘する。
長屋の廊下の大穴へ飛び込むべく、三木ヱ門は踵を返して駆け出した。


喋り動き表情を変えるのを間近で見て会話までした相手は、本物の雷蔵だと疑いもしなかった。
それはちょっとした仕草や何気ない言葉の選び方のような瑣末な点まで、三木ヱ門が見知っている普段の雷蔵との齟齬がなかったからだ。たとえそうと自覚していなくても、目の前の「雷蔵」に三木ヱ門の勘が違和感を覚えていれば、針で突いたほどの引っ掛かりがどこかで生じたはずだ。
そんなことは起きなかった。
自分の勘は信用できるのだと三木ヱ門は力強く頷く。
「今のはただの、その場しのぎの演技だ」
不破先輩の変装をしている鉢屋先輩の振りをした不破先輩だ。ああ、ややこしい。
口に出して言い、ついでに両手でピシャッと頬を叩く。目を覚ませ、しゃっきりしろ、惑わされるな。
威勢良く自分に言い聞かせるその下から、「だけど」――と反論の虫が顔を覗かせる。

作兵衛が鹿子に腕を突っ込んでいる現場に現れた「竹谷先輩」だって、見かけるどころか直接触れたし話もしたけれど、鉢屋先輩の変装だと全く気付かなかったよね。
焔硝蔵で会った久々知先輩はやけに軽口が多くて、鉢屋先輩がうつったのかな、なんて思ったよね。
不破先輩にも鉢屋先輩にも――「確定」鉢屋先輩にも、今日は既に二回会っているよね。それなら、今のこの邂逅はどちらにとっても「三回目」だよね。
親しくさせて頂いてはいるけれど、不破先輩の言動のクセを全て完璧に把握しているわけじゃないよね。
……以上ぜーんぶ……疑う余地は、十分あるんじゃないか?

「うわぁもう、己の理知が恨めしいっ」
話の整合性をとろうとなまじあれこれ考えてしまうから、直感を信用しきれない。頭の中で理と感が取っ組み合ってぐるぐるだ。迷い癖があるのは不破先輩なのに!


「反古紙がどうかしましたか」
「うん……いや、うん」
三木ヱ門の問いかけに曖昧に首を動かし、手の中のつづらに落とした視線を忙しなく上下左右に走らせていた雷蔵が、ふっと顔を上げた。
口の端だけでニヤリと笑う。
「え?」
「これ、落とし物として事務室へ届けることにするよ」
珍しい表情に戸惑う三木ヱ門につづらを掲げて見せ、雷蔵は妙にからっとした口調で告げた。その声音のまま、ところでさぁ、と言葉を継ぐ。
「君と会うのは今日三回目だ」
「はい? ――はい」
「最初に八左ヱ門の顔をした三郎と会い、次に書物を運んでいる私に会い、食草園に隠れていた三郎に会い、焔硝蔵で兵助に会い、三叉路で私と会い、屋根から落ちて来た八左ヱ門に会い、さっき窓の上にいる勘右衛門に会って、兵助と八左ヱ門と一緒に走っているのを見かけたと聞いたんだっけね」
「……そうです」
まるで確認のように順番に挙げ連ねる雷蔵に、三木ヱ門は不審を思い切り前面に押し出して答える。
食草園や焔硝蔵のこと、五年生たちに会った順番。三木ヱ門が話していないことまで正確に把握している。
「何故それをご存知なのですか」
まっすぐに斬り込んでみると、雷蔵はぽんとつづらを叩き、顔いっぱいににんまりした。
「以上ぜーんぶ鉢屋三郎でした、って可能性は考えない?」
「え!?」
「まあ最後の二人だけは除外できるよね。分身の術は流石に無理だ」
そううそぶいて、雷蔵はいたずらっぽく舌を出した。その雷蔵らしくなさと可能性の話に三木ヱ門が呆然としている間に、それじゃあまたねと挨拶して、悠然と廊下の先へ歩いて行く。
ぽつんとひとり残された三木ヱ門は我に返ると、思わずしゃがみ込んで頭を抱えた。
何だ今の。はったりか? 本当なのか?


Copyright c 高札場 All Rights Reserved
PR
Powered by ニンジャブログ  Designed by ピンキー・ローン・ピッグ
忍者ブログ / [PR]