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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「今、何か聞いたかな」
片手であっさり兵太夫を制した仙蔵は悠揚たる物腰で一歩前へ出ると、ごく静かな声で穏やかに尋ねた。
その後ろでは、こちらはやや焦った表情の藤内が目を白黒させる兵太夫を起き上がらせ、聞き取れないほどの声で何事か言い含めている。
背中の重石が外れた途端、鉢屋と名乗った八左ヱ門は頭から滑り込むようにして低く跳ねた。三木ヱ門の真横を掠めて背後へ回り込み、そのまま逃げ出すかと見えたのも束の間、膝の裏を蹴られたのに似た格好で急激に体勢を崩し再び土の上に転がる。
咄嗟に身を引いた三木ヱ門がコケている八左ヱ門をよく見ると、両足首を分銅の付いた鎖で絡め取られていた。
「田村」
壊れやすいものをそっと渡して寄越すような物柔らかな口調で呼び掛けられ、三木ヱ門は弾かれたように剣呑な鎖から作法委員長へ目を移した。
土埃がまとい付いたこんな時でも肩から胸へさらさらと流れる落ちる髪を優雅に払いのけ、仙蔵はにこりと微笑んだ。
「今、何か聞いたかな、と尋ねたのは聞こえていたかな」
呼気に紛れるような微かな声だ。なのに、はっきり耳に届くのが奇妙な感じだ。
「き、聞こえていました。聞いていません」
遁走を阻む万力鎖だか微塵だかと無音で必死の格闘をしている八左ヱ門を横目に、三木ヱ門は急いで言った。その返答を聞いた仙蔵は笑みを深くし、藤内は兵太夫に後ろを向かせ視線をあらぬ方へさまよわせる。
「これ……作法委員会の活動ですか」
それにしては二人足りない。それに喜八郎はついさっきまでこの真上で穴を掘っていた。
恐る恐る尋ねる三木ヱ門に、仙蔵はちらりと八左ヱ門を見て、頷いた。
「なに、自主鍛錬の一環だ。会計委員会とて、座って算盤を弾くだけでなく、鍛錬と称して匍匐前進をするだろう?」
暗がりに沈んでいる八左ヱ門が一瞬強張る気配がした。
三木ヱ門に対する仙蔵の態度は今のところ穏便だが、状況はどう見ても不穏だ。


その顔に土や泥がついているのは勿論のこと、額と言わず鼻の下と言わず炭か墨をなすりつけたように黒ずんで、元の肌の色はほとんど見えない。
それでも、顔の造作は八左ヱ門だ。じっと見詰めている三木ヱ門と一向に目が合わないのは、わざと目を逸らしているのではなく、一点に注意を向け続けられないほど疲れきって視線がフラフラしているせいらしい。
鉢屋と名乗った低い声は三郎なのか、別人なのかよく分からない。それほど掠れている。
竹谷先輩の変装をした鉢屋先輩の振りをした竹谷先輩――という可能性も、無いではないのだ。
「本物?」
声をひそめて三木ヱ門が尋ねると、絡まった手足のどれが自分のものか見失ったかのように呆然としていた八左ヱ門は、するりと目だけ動かした。そんな仕草をすると、白面赤目の時の文次郎のように白目ばかりが妙に目立った。
唐突にその顔が前のめりに倒れた。
「あれ、田村先輩だ」
ひよひよと囁くような声の主は、八左ヱ門の背中を押し潰すようにして人玉から抜け出て来た兵太夫だった。左目の上から右の頬まで、こちらも墨をたっぷり含んだ刷毛で佩いたような黒い線が引かれている。
その黒の中でちまちまと目が瞬く。
「ここ、どこですか?」
「……七松先輩が掘った地下道。その顔はどうした」
「へえっ。凄いなあ。あ、僕、部屋でからくりの図面を引いている途中だったんですけど、筆を持った手でうっかり顔を掻いちゃって、洗おうとして井戸端へ出たら急に召集がかかっ」
喋っている途中の兵太夫が消えた。
いや、後ろ首を掴んでストンと引き倒されていた。
目を丸くする三木ヱ門の前で、ようやくほどけた人玉の中身がゆらっと立ち上がった。


反射的に立ち止まった三木ヱ門はしかしすぐには振り返らず、少しの間逡巡した。
振り返ってそこにいる誰かと顔を合わせたらまた厄介の種が増える、と頭が思うより先に、足はこの場から駆け出そうとした。唯でさえあっちこっちに転がる面倒を拾い集めてしまっているのに、この上さらに抱え込むのはごめんだと、心の半分が不満の声を上げる。
残りの半分は、いや待て喜八郎が掘ったタコツボに落ちる手合いといえば相場は決まっているのだと、逃げたがる相方を引き止めにかかる。これは新しい手掛かりの到来かもしれないじゃないか。
大きくため息を吐き、肚を決めて、三木ヱ門はそろそろと背後に目を向けた。
「ひとだま……」
それを見て頭に浮かんだ言葉がそのまま口にのぼる。
人魂?
否、人玉だ。貫通したタコツボを通して一直線に落ちかかる、龕灯で照らしたような明かりの中に、少なくとも一対以上はあるように見える手足がもつれ合って転がっている。勿論、手や足だけがただぽとぽとと落ちているのではなく、それが繋がっている胴体や頭もよく見ればちゃんとある――そして、緑と青と深緑が、その隙間を埋めて繋いでいる。
遠巻きに眺めているうちに、三つの色を割って井桁模様もごそごそと這い出して来る。
三木ヱ門は一寸刻みにその球状にこんがらがったかたまりに近付き、そおっと紙縒りを差し伸べた。その火の色に気付いたのか、埃まみれの青い頭巾がゆらりと玉から抜け出て、三木ヱ門の方に苦労して目鼻の付いている側を向ける。
「どちら?」
仄明かりに浮かび上がった顔に向かって三木ヱ門が問いかけると、汚れに汚れたその顔をくしゃくしゃに歪めて、
「……鉢屋」
と「八左ヱ門」は小声で呟いた。



「いくら七松先輩だって、これ、ちょっと度が外れてるよね」
「まあな……」
「あんまりキレイじゃないけどさ」
踏鋤の先でトントンと頭上を突いてそんなことを言いながら、喜八郎は悔しそうな顔をする。
勢い良くどんどん掘り進んでいくのが楽しい小平太は横に、理想通りの美しい穴を仕上げることに熱中する喜八郎は縦に掘るのが主で、目的だって違うのだから、埒もない比較をして拗ねることはないだろうに――と言おうとして、あまりの阿呆らしさに三木ヱ門は頭が痛くなった。
もぐらに嫉妬するアリジゴクを宥めるようなもんじゃないか、これ。
「い組は宿題だってあるんだろう。二号・改が壊れたところで、今日はもう止めにすれば?」
「そうなんだよねー」
三木ヱ門の提案に、喜八郎は首を左右にコキコキと傾けしばし思案して、「そうする」とひとつ頷いた。左右へ続く暗い穴の、右手側の方を指さして確認する。
「こっちへ行くと長屋なんだよね」
「うん」
「じゃあまたね」
ひらひらと手を振って、辺りの暗さや足元の悪さに頓着せずすたすたと歩き出す。
「……おーい、底抜けのタコツボは放ったらかしか」
頭の上から差し込む弱い明かりを思い出して三木ヱ門が呼び掛けた時には、すでに返事がない。
地上に空いた口を塞いでいる訳じゃなし、これじゃまるで落とし穴だと呆れつつ、小山になった土砂を蹴り崩しながら三木ヱ門も再び前へ進み始める。
それから二十歩も行かないうちに、背後から長く尾を引く悲鳴と重いものの落ちる音が聞こえた。


ブログ連載の#151-160、#161-170をサイトに掲載しました。
起承転結で言うならば、今はゆる~~~やかに結に入っています。#365に達する前には何とかしたい。
行き当たりばったりながらストーリーの骨子は決めてあるのですが、各キャラの行動を整理するためにタイムラインを引いてみたら超時空が発生していた。どうしよう。

ついでに続け読みができるよう、各ページ下部に前ページ・次ページのリンクを付けました。
ブラウザバックを何度か繰り返すとフレーム内だけじゃなくてページごと一つ前のウインドウに戻っちゃうことがあるのはうちのPCだけでしょうか。


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