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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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鼻先にふっと漂った陽の匂いを意識するより早く、三木ヱ門の天地が逆転した。
お前たちっ、と仙蔵が叫ぶ声が微かに耳に届いたが、それはたちまち低い地鳴りにかき消される。
にわかに三木ヱ門の胴を抱え上げた八左ヱ門がそのまま思い切り後ろへ放り投げ、軽い荷物のように宙を舞った三木ヱ門は、作法委員たちの姿を覆い隠して下から上へ滝のように降り注ぐ土砂を見た。
「わ……ととっ」
目を瞠る暇もなく頭のてっぺんから着地しそうになり、慌てて地面に手を付く。ゆるやかに腕を弛めてぐるんと前転し、その流れに任せて跳ねるように立ち上がる。
「あちっ」
火の着いた紙縒りを持ったままなのを忘れていた。うっかり握りこんでしまった手を慌てて開き、ぱたぱたと振る。
三木ヱ門を投げた直後に自分も土の上へ身を投げ出した八左ヱ門は、周囲を警戒しながら慎重に頭を庇っていた腕を下ろし、天井を見上げて「やはー」と変な声を漏らした。
「落盤だ」
キレイじゃないと喜八郎が評した小平太作の地下道は、やはり勢い頼みの突貫工事だったらしい。三木ヱ門が紙縒りをさし上げてみると、柔そうな土の塊が頭の上へ危なっかしく突き出しているのが見えた。
ぞくっとして背後を振り返る。
さっき仙蔵と八左ヱ門が向かい合っていたその真ん中へ大量の土砂が崩れ落ち、あちらとこちらを完全に遮断している。
「……これって、怪我の功名?」
その場から身体ごと逃げ出すでも、言葉を尽くして言い逃れるでもない不可抗力で、仙蔵の追求をひとまずかわせた。巻き込まれたら命が危なかったのだから、まさか逃げるためにわざと落盤させたとは流石に仙蔵も考えるまい。
三木ヱ門はじゃらじゃらと鎖を引いてその場に立った八左ヱ門に、ぺこりと頭を下げた。
「助けて頂いてありがとうございました」
「んんー……、うん、……どういたしまして」
「それでですね」
及び腰で曖昧に首を動かした八左ヱ門の袖をがしっと掴み、三木ヱ門は一歩前へ詰め寄った。


顔を上げ、背中を伸ばし、仙蔵と対峙する。
睨み合う二人に挟まれた三木ヱ門は居たたまれない。そろそろと後退り、背中が壁に行き当たると、そのままカニ歩きで八左ヱ門の後方へはけた。
「……どうしよう」
口の中で呟く。ただの落とし穴被害者たちだと思っていたものが、どんどん不穏な空気になってきた。
作法委員会は八左ヱ門に――いや、八左ヱ門の「顔」に、なにか含むところがあるようだ。この大層な汚れっぷりは、もしかしてわざとそうしたのか。「顔」の価値を失わせようとして?
なら、この「八左ヱ門」は三郎ではないのか。
三郎なら、変装を捨てて雲を霞と逃げ出せばいい。敢えてそれをせず、痛い目に遭うのを承知で同級生のために囮になって追手を引きつけるような殊勝な行動は――多分、しない。それよりも追手を撒く必中の策を考え出すほうに尽力するだろう。
そもそも、誰かに追われて屋根から落ちて来た八左ヱ門と、いま目の前にいる「八左ヱ門」は同一人物だろうか。あの強烈な石礫は仙蔵の仕業か?
ゆったりと腕を組んで立っている仙蔵を盗み見て、三木ヱ門は内心で首を傾げる。
精密射撃のような礫を放つくらい、涼しい顔でやってのけそうではある。しかし、足音荒く屋根の上を駆け回り落雷の如き怒声を上げる仙蔵の姿は、どうにも想像し難い。怒りが頂点に達するとやるのかもしれないが。
どうしよう。
横取りするのはおろか、ここで「八左ヱ門」に肩入れしたら、作法委員会を敵に回すことになりそうだ。
その敵意が自分だけに向くのならいいが、作法委員長と同じクラスで寮も同室の文次郎――三木ヱ門の先輩である会計委員長にも、きっと類が及ぶ。
どうしよう……。
必死に考えを巡らせる三木ヱ門が無意識にぎゅっと目を閉じた瞬間、身体が浮き上がった。


続けて喋ろうとして、軽く咳込んだ。嗄れ声で「私には」と言い直す。
「立花先輩のご希望に協力する理由がありません」
「こちらには協力して貰いたい理由がある」
即座に仙蔵が言い返し、是非にも、と楔を打ち込むような語調で付け加える。
八左ヱ門は頑なに首を振り、きっぱりと言った。
「沿いかねます」
「……おおー」
三木ヱ門は思わず嘆息した。自分以外の声も聞こえたような気がしてそっと目を動かしてみると、不興げな仙蔵の後ろで、藤内と兵太夫が口を抑えてしきりに瞬きしていた。
普段は冷静だが怒らせると誰よりも怖い委員長に真っ向からぶつかる生徒の存在は、作法委員にとっても稀有な光景らしい。
下級生たちの感嘆をよそに、喉に湿りを入れて八左ヱ門が続ける。
「作法委員長を務めていらっしゃる先輩と同様、私も委員会で責任を負う立場にあります。先輩に従えばそれを放擲することになる。肯えません」
「大げさな」
まとまった言葉を喋る八左ヱ門の声が途中から掠れてくる。仙蔵は厳しい線を描いていた頬をふっと緩め、ひどく聞き取りにくいその台詞を、言動で一笑に付した。
「二、三の質問があるだけだと言っただろう」
「"答えられぬ"では、済ませてくださらないのでしょう?」
顔色も声音もおかしなことになっている八左ヱ門からは、落ち着いているのか緊張して強張っているのかさえ様子が読み取れない。しかし、左足に鎖を巻いたまま立ち上がった足元は、しっかりと土を踏んでいた。



その顔形をしていさえすればと、汚れの中に沈んでいる八左ヱ門の目鼻を視線でなぞるようにじっくりと眺め回す。
どちらでもいい――ということは、仙蔵は三郎が八左ヱ門の変装をしていることを承知している。
その上で、中身は問わないとはどういうことだ?
三木ヱ門が振り向くと、この隙に寸刻みに後退ろうとしていた「八左ヱ門」がぴたりと止まった。白目をきょときょとさせて上目遣いに三木ヱ門を見上げる様子は何か物言いたげだが、口はしっかり結んでいる。
一体どちらなんだろう?
ただでさえ外見だけでは判別が難しいのに、これほど顔が汚れていては完全にお手上げだ。一言だけ聞いた声なんて、鉢屋先輩とも竹谷先輩ともつかないくらい嗄れていたし。
「……あの。私からも質問して宜しいでしょうか。こちらの真贋とは関係無いのですが」
ふと思いつき、こちら、と言いながら手で「八左ヱ門」を示すと、「真物か贋物か、とはひどい……」とぼそっと呟いた。その声はやはりガラガラだ。
「何か?」
ため息を吐くように仙蔵が促す。
「その発声です」
三木ヱ門が言うと、仙蔵はつと手を上げて自分の喉に触れた。
「先程からずっと常より声量を抑えていらっしゃる。兵太夫もさっきまるで内緒話のような声音で喋っていたし、藤内はほとんど矢羽音のような声を出していました。作法委員たちがそうしていることに、理由はあるのですか」
「ふむ。気になるか」
ととん、と指先で喉を叩き、仙蔵は再び幾分意地悪く見える笑顔をした。
「なら、そのまま気にしていろ」
「それが回答ですか?」
「そうと受け取りたければな。それに、あやふやなものを掴んでも田村は困るだろう? なればこそ、そこの五年は作法委員会が預かる」
「……私は、」
仙蔵の射るような視線を受けた「八左ヱ門」が、ようよう口を開いた。


「邪魔をしてすまなかった。気にせず行ってくれ」
八左ヱ門と作法委員会を見比べて疑問を面に浮かべる三木ヱ門に、抑えた声ながら有無を言わせぬ調子で仙蔵が言う。
顔には笑みが張り付いている。だが、この立ち回りの理由を尋ねても教えてくれそうにない雰囲気をありありと漂わせている。
しかし三木ヱ門は八左ヱ門を探してこの地下道へ入ったのだ。中身が三郎の八左ヱ門ではなく本物の方を、だが、いま目の前に八左ヱ門の顔をした人物がいる以上、偽物と確定しないうちにはいそうですかと立ち去る訳にはいかない。
「お伺いすることがあって、私は竹谷先輩を探していたのです」
思い切って言ってみる。仙蔵は黙って片方の眉を上げ、藤内はヒュッと短く息を吸い込んだ。
「なので、偶然にもここへ落ちて来られたのは僥倖。ご本人であるならば是非にもお連れしたいのですが、宜しいですか」
「本人ならば、か」
意味有りげに三木ヱ門の言葉を繰り返した仙蔵が、不意ににやにやした。
「この穴は小平太が掘ったものだと言ったな。なぜ、こんな所で竹谷を探していたのだ?」
「それは、……その」
「まあ、それは措いておこう。もうひとつ質問だ」
「……はい」
「そこにいるのは誰だと思う?」
足首に絡まる鎖をいつの間にか右足だけ外すことに成功していた「八左ヱ門」を目で指し、仙蔵が問う。
残る鎖に手を掛けていた「八左ヱ門」が苦い顔をする。
三木ヱ門が口を開くより先に、仙蔵は鷹揚な態度で頷いた。
「田村が探しているのは"竹谷"なのだろう。だが、我々は"どちらでもいい"」


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