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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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生物委員会に予定外の予算が必要になったのは渡り鳥のためではなく、本当の理由は別にあるのを三木ヱ門が遠回しに仄めかしていること、それを知っているのだろうと言外に示していたことには、雷蔵は気付いていただろう。
知らない話を持ち出して来た三木ヱ門に「何を言っているんだ」という戸惑いを微塵も出さず、逆に思わせ振りな態度を見せて、五年生が皆で何か企んでいると思い違いをしている三木ヱ門を撹乱した――あの穏やかな顔と物腰で。
不破先輩って意外と狸だ。
「あああ、ああああああ」
唐突に調子の外れた声を上げて八左ヱ門がへたへたと膝から崩れた。襟を取られたままの三木ヱ門も一緒に引っ張られて、勢い、地面の上にぺたんと正座する。
うなだれた八左ヱ門の髪が、重い藤の房のようにばさりと顔の左右に垂れる。
その房の下から「腰抜けた」と、気の抜けた声が呟いた。
「……それに俺、すげえ格好悪い」
「いえいえ」
「忘れろ」
「覚えました」
取り乱した八左ヱ門が口走った言葉で、似合わない脅し文句を執拗に並べ立てる原因が分かってしまった。
出来る限り生物委員会の中だけに収めておきたい「命懸けの理不尽な責任」に、部外者の三木ヱ門や文次郎を巻き込むのを、何が何でも避けたかったからなのだろう。
すでに自ら首を突っ込んでしまった三木ヱ門には後の祭りだが。


考え違いをしてる、と洞のような目で八左ヱ門が言った一言が、手繰り寄せた記憶に引っ掛かった。
渡り廊下で穴の空いたつづらを拾った、という雷蔵に会った時だ。
いつもより多額の予算がどうしても必要だった生物委員会が狡い手を使って用具委員会の予算を横取りしたことを、雷蔵は知っていた。そして、顔を合わせるたびにくしゃみをしている三木ヱ門に、「医務室で鼻の薬を貰って来たら」と心配そうに提案した。よく効く鼻薬があるって乱太郎が言っていたよ。
しかし、保健委員たちがそうと知らずに言うところの"鼻の薬"は本物の薬ではなく、用具委員との「鼠相撲」勝負の不正に加担し、秘密の小猿に関わった見返りとして生物委員会から保健委員長へ渡った賄賂――という言い方がきつければ便宜供与――の事だ。
それを雷蔵は知らなかった。
八左ヱ門と兵助、三郎がてんでに何かから逃げ回っている。一体五年生に何があったのかと三木ヱ門が鎌をかけた時から、そう言えば雷蔵は落ち着きを取り戻したのではなかったか。
「こんな話、あちこちに広める訳がない」
襟を掴む八左ヱ門の手に力がこもる。そこもやっぱり土にまみれた手の甲に、骨と腱が白っぽく浮かび上がる。
訝しむ表情をつくった三木ヱ門が無言で八左ヱ門の顔を見つめると、八左ヱ門の白目の中で瞳がぐらぐらと揺れた。
「予算がいるからって用具と勝負した事以外、俺は五年に何も話してない」
この一件を知ってしまえば命懸けの理不尽な責任を背負わせることになるから、だからあいつらを関わらせたくなかったのに!
まるで血を吐くように八左ヱ門が嗄れた声を振り絞る。
ねじり上げた襟の下で細かく震える拳をそおっと押さえ、三木ヱ門はぽつりと言った。
「私もです」
不安定に揺れていた八左ヱ門の黒目が止まる。
「話していません。私も、誰にも」
三木ヱ門が「五年生は"みな揃って"何から逃げているのか」と言った瞬間、雷蔵は自分と三木ヱ門は違う話をしていると気が付いた。
雷蔵が兵助と三郎と共に企んでいるはかりごとに、八左ヱ門は加わっていなかった。なのに、三木ヱ門がそれを一括りにして突き付けてきたからだ。
鎌は大外れだったのだ。


「え? だって、新しい火薬とかつづら代とか――図書は何なんだか――、わ、わわ」
「何のことだ」
考え考えぽつぽつと話す三木ヱ門に焦れて、八左ヱ門がまた三木ヱ門を強く揺する。手加減なくあやされる首が据わらない赤ん坊のようになりながら、三木ヱ門はなんとか言葉を続けた。
「医務室に、たくさん、薬が」
「それは承知してる」
「その、伝手で……火薬も、買った、かと」
「薬種商が火薬? 塩硝のことか?」
「そんなの、知りません」
「話が分からん。何を言っている」
「私だって分からな、――いっ!」
がくっと頭が大きく振れた拍子に、勢い余って八左ヱ門の鼻に三木ヱ門の額が激突した。声にならない呻き声を上げた八左ヱ門は三木ヱ門から手を離して鼻を押さえ、見る間に目に涙をためてその場にうずくまる。
「あいたー……大丈夫ですか?」
八左ヱ門にめったやたら振り回されたせいで、自分でしようと思って頭突きしたのではない。謝る必要はないような気もしたが、涙目で俯く上級生を前に対応に困り、とりあえず「申し訳ありません」ともそもそ口にした。
「……平気。痛いだけ」
謝罪を押し返すように片手を上げた八左ヱ門が、鼻を覆ったまま同じようにもごもごと呟いた。覗き込む三木ヱ門を目だけ動かして見上げ、大丈夫だと示すように少しだけ目元を緩ませる。
釣られて三木ヱ門も微笑みそうになった次の瞬間、八左ヱ門は再び険しい表情に戻った。膝に手を付いて中腰になっていた三木ヱ門の襟をぐいと掴み、同じ目の高さまで強引に屈ませる。
「五年と何を話した」
「……"鼻薬"をあちこちに撒いたのは生物委員会でしょう?」
赤くなった鼻っ柱を間近に見ながら、三木ヱ門は慎重に言葉を選んで言った。


「話したのか」
嗄れた喉のせいだけではない毛羽立った声で言って、一歩、三木ヱ門に詰め寄った。
「五年の誰かと、その話をしたのか」
「はい?」
間の抜けた声を出した三木ヱ門が身をかわす暇もなく、八左ヱ門は両手でがっちりと三木ヱ門の肩を掴んだ。大願を掛けた御神籤箱か何かのように、三木ヱ門の首ががくがくと危なっかしく揺れるのも構わずに振り回す。
「どうなんだ。喋ったのか。どこまで。いつだ。誰にだ。おい、黙ってないで何とか言え」
「わ、ひ、」
そう言われてもこの有様では口を開けた瞬間に舌を噛む。喋れないから離してほしいと八左ヱ門の腕を軽く叩いてみるが、見た目以上に動転しているのか、気付いてくれない。
頭の外へぼろぼろこぼれ落ちそうになる記憶を片っ端から拾い集めながら、三木ヱ門は懸命に考えた。放課後になってからこっち主だった五年生とはことごとく顔を合わせているけれど、誰かと猿の話はしたっけ? 順を追って思い出したいのに、こうもブン回されていては、記憶がもつれてうまくたぐれない。大体、何をこんなに焦っているんだろう。
「ご、ご」
「午後?」
漏れた声の断片をかろうじて聞きとめたらしい八左ヱ門が、ようやく少し手を緩める。
「五年生には周知の事実なのでしょうに。何を今更」
くらくらと目眩がする頭を両手で挟んで押さえつつ三木ヱ門があやしい呂律でそう言うと、八左ヱ門は目を見開いた。その拍子に、目尻の辺りで乾いていた泥が剥がれてパラパラと落ちた。
「お前、考え違いをしてる」


「命が惜しければ口外無用と脅しつけるだけでもいいところを、それじゃ悪いから、黙っていれば礼をすると譲歩してるんだぜ。十分優しいじゃないか」
「優しいなら、最初から脅迫なんてしない。卑怯な手を使って他の委員会の予算を横取りしたりもしないでしょう。いくら公にできない事だからといって、無関係な用具に苦労を強いて――」
「強気で結構。で、どうしたい?」
反論しようとする三木ヱ門をあっさりと遮り、八左ヱ門は短く促した。
会計委員の責任を果たして潮江先輩を巻き込むか、田村の胸ひとつに収めて対価を取るか。思い切り口をへの字にして眉を逆立てる三木ヱ門を乾いた目で見遣り、からかうような口調で言う。
ことさら居丈高に振る舞うでもなく、むしろ「なんてな。冗談冗談」と次の瞬間にも口にしそうな雰囲気なのに、相対しているだけで気圧される。錣の他の隠し武器はいくつ持っていたかと頭の隅で確認しながら、三木ヱ門はともすれば空転しかかる意識を全力で巡らせた。
八左ヱ門を捕まえたつもりが、捕まえられた。
猿の身に何かあったら学園長と生物委員会はみんな揃って打ち首かもしれないと、孫兵はひどく動揺した。しかし、きつい言葉で問い詰められたとはいえ迷った末に部外者の三木ヱ門に猿の素性を明かし、それを扱いかねて振り回された大名や貴族の醜聞をも話している。
話を聞いたらその瞬間に一蓮托生決定だが仲の悪い四年生だから構いやしない、三木ヱ門の首もついでに懸けてやれ――という底意が、孫兵にあったとは思えない。偉いことは偉いらしいが顔を見たこともないどこか大名の体面を保ってやることがこんなに面倒臭いとは、思いもしなかったのだろう。
偉い人たちが心配しているのは厄介ものの小猿の身の上ではなく、衆口にのぼる自分たちの評判だ、ということも。
「善法寺先輩や他の五年生の先輩方にも、こんな脅しをしたんですか」
二択に答えかねた三木ヱ門が低い声で恨みがましく言うと、ほどけた糸のようになっていた八左ヱ門の表情が変わった。


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