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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「どこの委員会も倹約には汲々としてる。伝手を見つけたと言うなら、見つけたんだろ。土井先生は火薬の知識を持ってる南蛮人に知己があるそうだし、その方面から探したとか……それか、困った時の福富屋さんとか」
爪楊枝から安宅船までなんでもござれの大貿易商の御曹司が、そう言えば火薬委員会顧問が担任するクラスの生徒だった。
はたと思い出し手を打ちそうになって、三木ヱ門は八左ヱ門にまだ襟を掴まれているのに気が付いた。しきりと首を傾ける八左ヱ門は自分の手の居場所を忘れているようで、一向に気にする様子がなく、思案しつつ言葉を続ける。
「福富屋さんがシャム辺りに新しい通商ルートを開拓して、それを融通してくれたのか、或いはもっと単純にしんべヱの口利きで割引販売をして貰えることになったのかもしれん」
それもあまり外聞が良くはない。しんべヱの実家だからって一年は組の関係者にばかり便宜を図ってずるい、それならウチだって是非一枚噛ませてほしい、と言葉に出さないまでも口を尖らせる者が現れそうな話だ。
「……だから久々知先輩、あんなふうにごまかしたのかなぁ」
飄々とした顔で、火薬壷を買えばと無茶な勧誘なんて――、そうだ、あの時焔硝蔵の中にいた「伊助」の正体はまだ知れないんだっけ。久々知先輩と一緒に駆けて行ったらしい鉢屋先輩がいちばん怪しいけれど。
「あんなふうって?」
「喋り方や物腰が、鉢屋先輩みたいな感じでした」
突発性三郎症候群だ、と八左ヱ門が苦笑する。嫌だな、それ。
「本物の兵助だったか?」
「だと思いたいです。私が見かけた時には、鉢屋先輩は竹谷先輩の姿をしていらっしゃいましたが、どういう訳か不破先輩まで鉢屋先輩に似た言動をなさるし――中身と見た目がもう、どなたがどなたなのか」
「ふうん」
少し身体を引いた八左ヱ門が、鼻に抜けるような声を出した。


「それに三郎なら、実情を知っても多分黙っていると思う」
「……でしょうね」
誰かに喋ったり、自分はすべて知っていると主張したりしなければ、何も知らないのと状況は同じだ。そうした方が良さそうだと、白々しい建前を押し通す八左ヱ門の態度から判断するに違いない。
「で、三つ目です」
「まだあるのか」
「五年生の先輩方は、他の生徒に隠して何事かしていらっしゃるようです。尾浜先輩は関わっていないようでしたが」
「へ?」
三木ヱ門の曖昧な言い方に、八左ヱ門はまともにきょとんとした。
「その画策と猿の一件は本当に無関係ですか」
「画策ってやつの内容が分からないけど……でも、無いだろ。この一件を知っていたとしても、それを利用してなんか企むほど俺の同級生は性悪じゃない。――と思いたい」
それは三木ヱ門も同感だ。
ただそうすると、五年生が所属するそれぞれの委員会は、生物委員会に協力することで何がしかの利益を受け取ったという予想は外れたことになる。八左ヱ門と勘右衛門を除く三人が共謀し、つづら代やら鳥の子代やらの名目で実際は何に使ったのか分からない支出を計上して――、それで何をしようというのだ。
「火薬委員会が、火薬を今までよりも安価に買える伝手を見つけたそうなんですが」
それに加えて伊作と一平の焔硝蔵方面への彷徨があったから、保健と生物と火薬の繋がりを疑った。
「それって生物委員会の紹介ではないんですか」
「いや、違う」
八左ヱ門があっさり首を振る。


それを聞いて心得顔で頷く三木ヱ門に、八左ヱ門が小さくため息を吐いた。
「他言無用だって孫兵にもっと強く言っておくんだった」
「猿が学園の外へ出てしまったと聞いて、学園長先生や生物委員たちが打ち首になるかもしれないと随分うろたえていたので……」
そして三木ヱ門はその動揺に付け込んで喋らせた。
深入りするのはやめておけばよかったとほんの少し後悔しつつ、乱太郎から逃げ回るのに精一杯で孫兵の告白を聞かなかった留三郎は結局のところ運が良かったのかと、釈然としない気分になった。学園長の命さえ左右するほどの預かり物なら、事情を公にして全校あげて捜索するべきだと孫兵に説いたのは、留三郎が先だ。
「その辺りは斟酌してやって頂けると、私の後生がいいです」
今度は三木ヱ門がやや目を逸らして言うと、八左ヱ門は孫兵が口を割るに至った状況を何となく察したようで、渋柿を囓ったような顔になった。渋柿が生る木からもいだ柿だからきっと不味いだろうなと思いながらひと噛りしたら案の定、とばかりに口元をしわしわと歪ませる。
「ふたつ目です。五年生の先輩方は本当に、お歳暮の猿のことはご存知ないのですか」
「知らない筈だ」
素早く八左ヱ門が答えた。
「予算を賭けて用具と勝負したのは、隠していてもいつかバレると思ったからそれとなく喋った」
同級生は六年生をうまく引っ掛けたその顛末を面白がりつつ、当然、勝負の理由を尋ねたので、"渡り鳥の餌代が必要になったから"と煙幕を張った。
その煙の臭さに気付かないほど五年生たちは鈍くない。誰も強いて突っ込んでは来なかった。
「……まあ、三郎はちょっと怪しかったけど」
案の定だ。


責任感というか正義感というか、自分が悪役になってでもこの件は内々に留めたいという八左ヱ門の意志は強そうだ。すべてがバレて会計委員長に絞め上げられるのは嫌だ、という保身も無いではないのだろうけれど。
「いくつか確認したいのですが」
「うん? 何を」
三木ヱ門が言うと、いくらか魂が抜けかかったような様子の八左ヱ門は、はたはたと瞬きをして首をかしげた。
「まずひとつ。先輩と私は、実は互いに全く違う話題をしている、ということはありませんか」
「……」
口を開きかけた八左ヱ門の顎が半端な位置で止まる。
あの話、この一件、とどちらも今まで言葉を曖昧にしたまま、それでも会話は噛み合っていた。三木ヱ門は孫兵が思い切り刺してきた釘が心のどこかで枷になったからだが、八左ヱ門はぎりぎりの瞬間まで明言は避けて、いざとなったら話をすり替えてすっとぼけようとしていたから――、か? それも、三木ヱ門が聞き集めた話に確証を与えて、間違いなく事実だと知ってしまうのを回避しようとして?
いずれにせよ、同じことについて話しているのだと確定させておきたい。
「先輩は、何の話をしていらっしゃいましたか」
「俺から言うのか」
たたみかける三木ヱ門に、八左ヱ門はかくかくと顎を動かして言いづらそうにした。やっぱりとぼけてやり過ごしてしまおうか、という表情がよぎる。そこをもうひと押しした。
「私はもう同じ蓮の台に載せられているんです。今更隠し立てをされても無意味です」
「……それ、"れんざ"違いな」
迷うように辺りをぐるっと見回した八左ヱ門は、視線が三木ヱ門の顔の上を通過する瞬間に、「返品するお歳暮の猿」と口の端で言った。


それはそれとしても、会計委員長が眉を吊り上げること必至の怪しい収支報告書は、確かに存在する。
生物委員長代理は無謀にも渡り鳥の餌代で押し通すつもりだと孫兵は憂慮していたが、どう考えても胡散臭い理由をあえて頑なに主張すれば、どうも話しにくい事情があるようだと文次郎に察せさせることはできる。
「でも、察しはしても、使途不明な予算に潮江先輩が目をつぶることは有り得ません」
「……無いかな」
「無いですよ」
両襟を取った者と取られた者が膝を突き合わせて座り込む、はたから見ればおかしな姿で、二人揃って沈黙した。
猿の一件を伏せたままで、文次郎を納得させる理由をでっち上げられるだろうか。
三木ヱ門としても、仰ぎ見ても見えないほど高いところから降って来た蜘蛛糸の網に、文次郎まで絡め取られるのは本意ではない。
しかし会計委員として、不透明な予算の流れは明らかにしなければならない。手抜きだらけの調査なんてしようものなら、怒り狂った委員長が何を言い出すか想像もできないし、したくもない。
「手を組むしかない……、んですか、結局」
生物委員会と三木ヱ門が口裏を合わせて収支報告書の不自然な点を取り繕うのが、八方が平穏に済む唯一の方法であるならば。でも、それでも、
「……委員長を騙すのは嫌だなあ」
三木ヱ門が呟くと、八左ヱ門は眉を下げて済まなそうな顔をしたが、何も言わなかった。


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