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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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緩んだ襟を直しながらどう話を切り出したものか寸の間考えた三木ヱ門は、結局、ものすごく具体的な質問をした。
「裏山で木下先生から受け取って持ち帰った脱走した小猿を小さいつづらに詰めて縄をかけて校舎裏の渡り廊下脇の植え込みの下に隠しましたか?」
「何をどこまで知ってるんだ、お前」
一瞬苦渋に満ちた色を浮かべた八左ヱ門は、すぐに諦め顔で頷いた。
「隠したよ。猿が逃げたと報告するために大急ぎで木下先生を追い掛けてみれば、その木下先生から猿を渡されて驚いたの何のって」
「その猿がまた逃げました――逃げたようです」
「でぇっ!?」
今度は八左ヱ門が声を裏返らせた。心なしか、乱れ放題の髪さえ逆立ったように見えた。
「なにそれどういうこと。そこらを歩いてる猿を見たのか?」
「いえ。不破先輩が渡り廊下で拾って来られた、穴の空いた小つづらを見ました」
「……雷蔵に、」
「言ってません言ってません。くしゃみが出たから喋ってません」
予算の話に動揺を見せる雷蔵を揺さぶろうとして、どこまで手の内を見せようか計っているうちに三木ヱ門が大きなくしゃみをして何となくうやむやになったのだが、そんなことは知らない八左ヱ門はその言葉を聞いて変な顔をした。
「喋ってないなら、いいけど。……しかし、穴が開いた小さいつづらひとつからそこまで推理したのか。田村ってやっぱり頭いいんだな」
「……真顔でおっしゃらないで下さい」
滝夜叉丸と張り合って自画自賛するのはお手の物ながら、他人から真っ直ぐに褒められる事は、四年生にもなると実はあまり無い。しかも「やっぱり」と来たものだから、三木ヱ門は柄にもなく頬が熱くなるのを感じた。とっくに正した襟をきつく掻き合せ、それだけでは手持ち無沙汰で、腰紐まで一度解いて上衣の裾をきちきちと押し込み直す。
「今度は学園の外に出てはいないでしょうが、それでも猿が人目につくのは良くないのでしょう? 早く再捜索を――」
三木ヱ門が早口に言いかけた時、二人の横手にあった灌木がガサガサと音を立てた。


もともと伊作にはねずみ用の体力増強剤の調合を頼むだけだったはずが、それに必要な滅多に手に入らない薬草をすぐに都合して来たことから何か大きい力が背後にあることを悟られ、珍かな薬種を調達できる可能性に浮き立った伊作は強硬な警告も意に介さず強引に秘密の輪に加わってきた――
まとめるとそういうことのようだ。
三木ヱ門は頭がクラクラしてきた。そりゃまあ確かに、平穏無事に小猿が元の国へ帰ってしまえば、首を懸けろの覚悟を決めろのと眦を決していたことは後々笑い話にもなろう。あとに残るのは多様な薬種を扱う貿易商との繋がりだけだ。
しかし小猿を預っているのは生物委員会だ。
重ねて言うが、生物委員会だ。
菜箸に長手袋に覆面の完全防備で草深い地べたを這いまわっていたり、頑丈な捕虫網を担いで駆け回っていたり、鬱蒼とした木立の奥へ向かって指笛を吹き鳴らしていたりする姿がしばしば目に付く生物委員会だ。
何かの拍子に猿が逃げたきりになって、その話が大元のお偉方まで届いて――という危険性を、よくもてんから無視できたものだ。
「今日の放課後、一度医務室に行きました。……下級生たちが、薬の在庫は万端だって張り切っていましたよ」
「……あー。ちっさいのが喜んでるならいいやもうそれで」
「善法寺先輩は、さすがに他言はしていないようですね」
「その辺りは冗談無しに真剣に釘を刺したからな。ひいては保健委員会の為とはいえ、個人的な好奇心で下級生を振り回して構わんと思うほど、視野は狭くないんだろう。行き掛けの駄賃で猿の検診もしてもらったし」
御典医だ。
伊作がその役目を負っていると推測はしていたが、まさかそれが副次的なものとは思わなかった。
「ところで、そろそろ襟を離していただけませんか……あ」
「あ?」
ほとほとと甲を叩かれてやっと襟を掴みっぱなしだったのを思い出し、慌てて両手を引いた八左ヱ門は、微かに裏返った声を出した三木ヱ門を不安そうに見た。


「その時俺は巣板を持った手ごとぱっくりくわえられた人の気持ちになった」
「分かるような分からないような……」
先に話した通りこれは山伏から貰ったものだし他の薬種を手に入れる伝手なんてない、薬だって冬越しに備えて体力の落ちている生き物に与える為で何もやましいところはない、と嘘に嘘を重ねるやましさに心を重くしながら八左ヱ門が言い切ると、伊作は実に簡単に「それは嘘だね」と片付けた。
伊作はそこで初めて提供された薬草はこの国のものではないことを言い、言葉を失う八左ヱ門に、渡した瓶を指さしながら「その薬の用法用量は伝えなくていいのかな」とにっこり笑いかけた。体の大きさや目方によって薬の適量は変わってくるけれど、その見極めは自分でできるんだね? もしも使い方を誤ったら――
何が起こるか分からないよ。
「……脅迫」
三木ヱ門が確認するように呟くと、八左ヱ門はがっくりと首を落として頷いた。
「でも多分、本当に分からないんでしょうね」
「だからこそ、正しい使用法を聞かない訳にはいかなかった」
それでも可能な限りはぐらかそうとした。さっき三木ヱ門にしたように、この話を知ったら万一の時には首が飛ぶ、少しでも他人に漏らせばその相手も巻き込む、その覚悟はあるのか、何の咎もない人を連座させる事になってもいいのか、と脅しを込めて言い募る八左ヱ門に向かってひらひらと手を振り、「だいじょーぶだいじょーぶ」と気安く請け合った。
口調は軽くても、尋常ならざる雰囲気を感じ取っているようではあった。
その上で、ここで食い下がれば憧れの薬種のあれこれが手に入る伝手ができると確信した伊作には、頑として引く様子はなかった。
「……ので、口を割らざるを得なかった」
猿に関わるあれこれを他言しない代わり、伊作が所望する品を融通できるよう貿易商にはからうが、諸共に命が俎上に乗ったことはしっかり心に留めておいてくださいよ――と釘を刺す八左ヱ門に、伊作は一言で答えた。
「おっけー。……だそうだ」
命と探究心を天秤にかけたら、命がすっ飛ぶ人の考えは分からん。
「ああいうのを研究に淫するって言うんだろうな」
「それは言葉が過ぎ……ても、ない、ですね」

熊にぴったり背後を取られてそれからどうなった。
「リアルベアハッグですか。あれは対面攻撃です」
「後ろから仕掛ける場合もあるけど今は置いとけ。熊は冬眠に入る前、滋養になるものを食いだめする習性がある。主にドングリや胡桃等の堅果類だな」
「はあ」
こんな状況でも動物の生態を語りだすと表情が明るくなるのはさすがだ。冬眠とは言っても外部から刺激があると目を覚ますこともある、その時のためにリスみたいに巣穴に非常食を用意しておくものと溜め込んだ脂肪でしのぐものとがある、身ごもっている雌は冬眠しながら出産する――等々、澱んだ目をする三木ヱ門に構わず滑らかに弁舌を振るい、
「そんな時期に、それでなくても大好物の蜂蜜が目の前に現れたら、熊はどうすると思う?」
と、先生が生徒に対するように質問を投げる。
いつの間にか傾いていた首をぎしぎしと元の位置に戻しながら、三木ヱ門は投げやりに答えた。
「超ラッキーハッピーそれをくれ今すぐくれさあよこせと詰め寄られたら、熊パンチを浴びる前に巣板を投げて逃げます」
「それだ」
「どれですか」
「前半全部……、後半もかな」
熱心な熊語りで復活しかけていた八左ヱ門が、その言葉と一緒にまたしおれた。
「そんな熊に会ったら当たらず触らず逃げるのがベストだ」
それをお触り禁止と言い表すのは間違っている気がする。
「……が、試してみたいのに材料がなくてままならん薬の調合が山とあった善法寺先輩は、物凄い勢いで食いついてきた」
この強壮薬は前々から一度作ってみたくてでも薬種がレア中のレアだから諦めてたんだけどあの薬草は一体どうやって手に入れたのもしかしてこれ以外にも頼めばまだまだ他に出て来るものはあるのかなあ例えばアレとかコレとかソレとか答えてくれないなら強壮薬で何をするのかじっとり張り付いて監視させてもらうよ何しろ貴重な薬草をぽんと差し出すくらいだから余程重要な事に使おうとしているんだろうねえねえどうなんだい。
変装中の三郎さながらの声真似でそこまで一息に言い切って、八左ヱ門は長い溜息を吐いた。


薬草や木の実を蜜に漬けてしばらく置き、蜜の色が変わったところで中身を濾して、匙に絡むまで煮詰めれば完成。それには二十日あまりかかると伊作は言い、実際、八左ヱ門から薬草を受け取ってからきっちり二十日後に小振りな瓶に入れた「強壮薬」を引き渡した。
「その時の善法寺先輩がさ……こう、頬は紅潮してるし、目がキラッキラしてて、……昂揚っていうか、恍惚なんだか……見ちゃいけない顔だった、あれは」
「何ですかそれ」
話の流れが明後日の方向に転がり落ちそうな予感がして、思わず三木ヱ門は突っ込んだ。
反射的に常套句で突っ込んだだけで特に答えを求めた質問ではなかったが、律儀にも長考した八左ヱ門は「少しでも穏当な言葉を選ぼうと努力しました」という表情になって、そろりと言った。
「お触り禁止物件な顔?」
襟を取られたまま三木ヱ門は思い切り身を引いた。
「いや訳が分かりません。なんですかそれ」
「いやいや待て待て待て。いかがわしい意味じゃなくてだな、例えばだ、田村が山で蜂蜜をたっぷり蓄えたミツバチの巣を見つけて、巣板をひとつ失敬したとする」
大急ぎで首を振った八左ヱ門は妙に真剣な顔をして、見当違いに聞こえることを話しだした。
「……はあ。はい。巣板をひとつもらいました。それで、どうしましょう」
「季節は冬に入りかけの晩秋で、深い山の中を歩いていたら、後ろから重い足音が追いついてきた」
「はい。太めの誰かが後ろにいました」
「誰だろうと思って振り返ると、そこには冬眠前の熊がいた」
「……それはくまったなあ」
「おい、大丈夫か。アタマついて来てるか」
危ぶむように顔を窺う八左ヱ門に引きつり笑いを返して、三木ヱ門は続きを促した。


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