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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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ぼんやりしている所にあおりを食った三木ヱ門が思わず仰け反る。慌ただしく左右を見回した八左ヱ門は、呆けたように自分を仰ぐ三木ヱ門に目を留めると、その手を取ってひょいと引っ張り起こした。
「空っぽのつづらは見て、猿は見てないんだよな? どの辺りにいるとか――分かんないよな」
「それは全く……。あ、でも」
左門が話していた大捕り物のことを思い出す。
「先に一度逃げ出した時は、角場の隅の植え込みの所で何か食べていたと聞いています」
「ああ、神崎か」
八左ヱ門があっさり言って少し笑う。
逃げた猿をそれと知らずに捕まえた左門が、外出しようとしていた先生に山で離すように頼んで預けたせいで、完全に猿を見失ってしまったと孫兵が恐慌をきたしたのだ。猿を渡した相手がたまたま生物委員会顧問の木下だったから結局は空騒動で済んだのだが、これがもし別の人物だったら、今頃は学園中がひっくり返っていたかもしれない。
起こりもしなかった仮定を持ち出してぐちぐち言うような鬱陶しい真似はせず、八左ヱ門は「腹が減ってるのかなぁ」と一人で首をひねった。
「特製の餌じゃないと食べないって預け主から聞いてたんだが……案外、雑食なのかな」
学園の中には食べられる実が生る木もたくさん植えられている。季節は晩秋とて手の届く範囲のものはあらかた採取してしまったが、高い樹上の枝の先に残って真赤に熟れきった木守柿なども、小さな猿なら難なく取れるに違いない。
三木ヱ門がそう言うと、八左ヱ門はかりかりと指先で口の端を掻いた。
「大抵の動物は甘いものが好きだしな」
「あれ?」
「ん、なんか変なこと言ったか? ――ま、いいや。食うものはこだわらないって分かったから、果物の切れ端でも置いて罠を仕掛けてみるさ」
学園内にいるのなら猿が出没しそうな場所は想定できるから、大事(おおごと)ではあるがそれほど泡を食う必要はないと言って、八左ヱ門は膝についていた土をぱたぱた払い落とした。
「俺は今から生物委員たちに召集をかけに行くけど、いいか?」
「……お気をつけて」
猿騒動と五年生の談合が別件なら、八左ヱ門を引き止める理由がない。こっくり頷く三木ヱ門に、八左ヱ門はからかい顔で付け加えた。
「それにあんまり田村にべったりだと、潮江先輩が妬くみたいだし」
「はーい!?」



「一体、どこで」
「それは重要じゃねえ。焔硝蔵と医務室には回ったが、――」
そこまで言って急に言葉を切ると、文次郎は興味津々に先輩たちを見比べる一年生たちの背中をパシンと叩き、さあ行くぞと声を掛けた。
こだまが何かの比喩だということは分かってもそれが何を指すのかは分からない八左ヱ門も、眉を寄せて口をつぐむ三木ヱ門とそれを見ようとしない文次郎を、交互に窺っている。訝しげな表情は、会計委員の間にそこはかとなく漂う不穏な雰囲気に面食らっているようでもあった。
「とにかく」
肩越しに一瞬八左ヱ門を睨み、文次郎がもう一度口を開く。
「こっちはこっちでやる。田村はそのまま動いてろ」
「しかし」
「なぁに。一人じゃねえんだろ」
三木ヱ門を遮った文次郎の声は、珍しいことに些かの揶揄を含んで軽かったが、ふと辺りの空気が冷えた。それを察し少し顔を曇らせた団蔵と、心配そうな表情になった左吉を小突いて文次郎が促す。
「ぼーっとするな。ほら、歩け歩け」
「……、失礼します」
「失礼します」
居たたまれなくなったのか、団蔵と左吉は歩き出すとすぐに小走りになって池の端から離れて行った。その後を悠揚とついて歩く文次郎は、とうとう一度も振り返らず、やがて木立の向こうに見えなくなった。
「なに今の。変な緊張感……」
大小の影が完全に消えたのを確かめ、かくんと肩の力を抜いて呟いた八左ヱ門が、唐突に立ち上がった。


怒りの形相に変わるのを覚悟して正視した文次郎の顔は、しかし不機嫌の度合いが増した様子はなかった。右手を腰から離して頬を擦り、じっと三木ヱ門を見る。それから八左ヱ門にちらりと目を移し、もう一度三木ヱ門を見た。
「またか」
素っ気ない口調で言い、「ヤゴーってなに」「トンボの幼虫」とこそこそ喋っている一年生たちの襟首を引っ張り上げて、くるりと踵を返した。
「あ、あの、どちらへ」
こちらを向いた背中に三木ヱ門が慌てて声を掛けると、文次郎ではなく団蔵がハイと挙手した。
「あのあと、いっぱい風が吹きました。ので、あちこち回って、風鳴りを聞いてます。だけど思ってたより聞こえません。残念です」
「残念なのはお前の国語力だよ。――でも、僕たちとは別に、潮江先輩がこだまを捕獲したそうなので、これから見に行きます」
溜息をついて首を振った左吉が、目を瞠る三木ヱ門にさり気なく目配せする。まとまりのない台詞にきょとんとして団蔵を眺めている八左ヱ門は、幸い、それを見ていない。
「こだま……、何色です?」
「緑」
おずおずと尋ねる三木ヱ門に、頭巾を使って結んだふくら雀の端をついと引いて、ぶっきらぼうに文次郎が答える。
「風の術」で団蔵と左吉に吹かせた"鼻薬"という音に、反響してはね返って来たこだまの色は緑色。

文次郎は伊作を捕まえたのだ。


突き刺さるような視線から目を逸らし大急ぎで結び直そうとした腰紐が指の間から滑り抜ける。へなへなと逃げる紐を慌ててかき集める自分の手の動きの心許なさに、三木ヱ門は思う以上に狼狽していることを悟った。
「野合の邪魔をしたか」
まだうずくまっている一年生をちらと見て、文次郎がぼそりと言った。
三木ヱ門がやっとつまみ上げた腰紐をまた取り落とし、八左ヱ門が目を剥く。
「とんでもないことをさらっと言わんで下さい!」
「冗談だ」
「先輩の冗談は分かりづらいです」
「そうかよ。すげえ声だな」
「……色々ありまして」
いつもと違う文次郎の風体や首に巻いた変わり結びを気に留める余裕はないらしい。八左ヱ門はそろそろと正座から爪先を立てた跪座に姿勢を変え、いつでも飛び退れるかたちを作りながら、目にも留まらぬ速さで腰紐を結び終えた三木ヱ門をまた横目で窺った。
「で、どういう状況なんだ、これは」
八左ヱ門の視線を追った文次郎は、今度ははっきりと、塑像のようにかしこまっている三木ヱ門に向かって問いかけた。
「あの、……ええと、」
口の中が乾く。
文次郎や一年生たちを猿の一件に巻き込むことはしたくない。しかし、ここで今まで話していた内容をそのまま伝える訳にはいかないが、無難な所だけ掻い摘んだら話すことがなくなってしまう。何を言えばいい、何を言えばこの場がうまく収まるんだと全力で頭を回転させるものの、その遠心力で弾き飛ばされるのか、適切そうな言葉は思い当たる端からぽんぽんと消えて行く。
「……、内緒です」
最悪の中でも最悪の悪手を打つことを十分に自覚しつつ、三木ヱ門は蚊の鳴くような声で呟いた。


「猿?」
「まさか、このタイミングで」
口々に言いながら音のした方へ目をやると、猿にしては背の高い影が枝葉を押し分けてぬっと現れた。そこに人がいるとは思っていなかったのか、灌木の間から抜け出ようとしていた足がそこで止まる。
「何やってんだ、お前ら」
片方だけ目を細めた顔に訝しげな色をありありと浮かべて、文次郎は池の端で向かい合って正座している三木ヱ門と八左ヱ門に問いかけた。
最前に見た引っ詰め髪ではなく、前髪を下ろした見慣れた顔だ。しかし後ろの髪は後頭部の中央でざっと束ねただけの無造作な結い方で、首に結び付けたふくら雀は未だにそのままだ。文次郎の背後にちらちら動く小さい姿をよく見れば、右肘の後ろに団蔵、左肘の後ろに左吉がくっついている。
ひょいと首を伸ばした団蔵が、思わぬ人物の登場に固まる三木ヱ門と八左ヱ門の格好を見て、その首をかしげた。
「これって、床い」
言い終わる前に文次郎の肘が頭の天辺に落ちる。
「でも、夜具がな」
口を挟みかけた左吉の頭頂部にも肘が降った。
「……六年生が一年生にエルボースタンプは身長差があるんだからヒドいですよ」
声もなく頭を抱えてしゃがみ込む団蔵と左吉を見て思わずのように意見した八左ヱ門に、文次郎はじろりと胡散臭そうな一瞥を投げた。
「お前は牡羊座だったか、竹谷」
「へ? いえ、射手座です」
「ふん。――猿は見つかったのか」
「うぇ」
腹を殴られて空気が漏れたような声を上げた八左ヱ門が目だけ小さく動かして三木ヱ門を見る。三木ヱ門は口の端で「潮江先輩がご存知なのはそれだけです」と素早く囁いた。
一間半ほどの距離がある。声は聞こえなかっただろうが、そのやり取りは見えたらしい。腰に両手を当てて地面の上の二人を見下ろしていた文次郎は、見るからに不興な顔つきになった。


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