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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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中身が詰まった俵にでも体当りしたような衝撃に思わず体勢を崩すと、肩に伸びてきた手がポンとそれを押し戻した。
「失礼しました。怪我はありませんか」
「……あ、あれ?」
よく通る快活な声に顔を上げると、馬借特急便で飛び込んで来てからだいぶ経っている清八が佇んでいた。学園の中を移動している間にあちこちで配達の頼まれものをしたのか、いびつに膨らんだ円筒形の大きな袋を口を絞って肩に担いでいる。
「こちらこそ申し訳ありません。気が急いていました」
頭を下げる三木ヱ門に、清八は少し慌てたように声を掛けた。
「ああ、止してください。俺がぼんやりしてたんです。探しものが見つからなくて」
「どこかで何か落としたのなら、事務室に届いているかもしれませんが」
「事務室ですか。忍術学園だと、繋いだ馬も落とし物になりますか?」
「うま? ――て、あの、乗ってこられた馬ですか」
「ええ。異界妖号ってんですが」
一通り用事が済んで繋いでいた場所へ戻ってみたら、解けた縄だけ残していなくなっていたと、あまり慌てた様子でもなく言う。
「偶然縄が外れても敷地の外へ出て行くのは考えにくいし、まぁそうなっても自分で村へ帰れるから心配はいらないんですが、放っておくわけにはいきませんので……馬、どこかで見ませんでしたか」
「すみません、見てません。水練池からここまでぐるっと歩いて来たけど、足跡とかそれらしい影も特には」
しょっちゅう行方不明になる蛇やらトカゲと違ってあからさまに存在感のある馬が学園の中をぽこぽこ歩いていたら、すぐ誰かが気が付いて確保するはずだ。確かに焦る必要は無いが、馬を連れていない清八はどこか手持ち無沙汰に見える。
そうですか、と小さく頷いた清八が、すっと三木ヱ門から顔を逸らした。
何だろうと思う間もなく甲高い指笛の音が辺りをつんざき、三木ヱ門は思わず両手で耳を覆った。


図書室を覗いてそこに雷蔵がいたら、今度は逃さない。何を言われてもどんな揺さぶりをされても食い下がって、五年生の良からぬ企みに一太刀斬り込んでやる。
いなかったら――
久作ときり丸は突庵の曽祖父の自伝を返しに行っていて不在。怪士丸は一年ろ組の教室にいて、雷蔵は校舎の中を出歩いていた。
消去法で本日の図書室当番に思い当たった途端、三木ヱ門の駆け足が鈍った。
「中在家先輩に、不破先輩はどこにいらっしゃるのか尋ねる……のか?」
三木ヱ門が追っているのは共謀する五年生だ。しかし図書は図書で、予算の絡む隠し事をしている気配がある。そんな所へ会計委員が首を突っ込んで行けば、図書委員長に警戒を抱かせる恐れは十分過ぎるくらいにある。
あくまでさり気なく、軽い調子で尋ねてみれば乗りきれるかもしれない。だが、地の底から湧くような声で雷蔵に何の用があるのかと問い返されたり、あるいは物問いたげな表情で無言のままじいっと見据えられたりした場合――その圧力に屈さずにいられる自信がない。
「……どうか居てください」
口の中で呟いて築地塀の角を曲がる。
そしてその向こうに立っていた人に、三木ヱ門は勢い良くぶつかった。


その場合、兵助と"伊助"こと三郎が真っ先に向かうのは図書室だろう。
しかしその頃、雷蔵はほとんど人が通らない校舎裏の渡り廊下にいた。
何故そこにいたのかと尋ねる三木ヱ門に、雷蔵は言を左右にしてはっきり答えず、汗牛充棟作戦を指したつもりで「久作に聞いた」という三木ヱ門の言葉に、目に見えてうろたえた。ということは、雷蔵が渡り廊下をうろついていたのは図書委員会の「行動」のためで、同級生とこっそり落ち合うためではない。
あやしいつづらを事務室へ届けると言って立ち去った雷蔵も、その実、兵助と三郎に会いに行こうとしたのなら――逆に校舎の外へ出て焔硝蔵へ足を向けたのでは?
それとも、渡り廊下での何らかの首尾を委員長に報告するために、一度図書室へ戻ったか?
「不破先輩にとってどっちがより重要なのか……だな」
図書委員会二番手としての責任か、同級生との秘密の共同戦線か。自分ならどちらを選ぶ――と我が身に置き換えて考えてみようとしたものの、考えるまでもなかった。
三木ヱ門は踵を返し、再度、校舎へ向かって駆け出した。
「……少なくとも今はまだ、四年のヤツらが一致団結して何かするわけないんだよ」


……つくづく悪役が向かない人だ。
膝下の土をばたばたとはたき、三木ヱ門は溜息をついた。
初めはへらへらした掴み所のない奸邪を演じていたというのに、同級生に猿の一件が漏れたと早合点した瞬間にその仮面が脆くも崩れた。人間、向かないことはするものじゃない。
「こんな斥候みたいな真似もするものじゃなかったな。四年生にもなって、好奇心で動くなんて」
自嘲気味に言って空笑いする。好奇心で作りかけの薬をちょろまかして爆発的な運動量を手に入れた六年生もいるけれど、あれはまあああいう人だから。
現状を一旦整理しようと、三木ヱ門は指を折って考えた。
経緯は不明ながら伊作は文次郎の監視下に入った。"鼻薬"のことを文次郎が知ったら、そう簡単には放免するまい。伊作の周辺調査はひとまず保留しても良さそうだ。
生物委員会の隠し事と五年生の謀はどうやら無関係だった。猿のあれこれで手一杯の八左ヱ門を蚊帳の外に置いて、五年生たちは何かの企みを進行させている。
作法委員会は何の理由あってか、八左ヱ門の「顔」を必要としている。これは地下道の中で初めて知った話で、予算絡みの「鳥籠代」とは関係無さそうだ。
そうすると、いま三木ヱ門が追うべきなのは五年生ということになる。
文次郎は「焔硝蔵と医務室を回った」と言った。焔硝蔵へ向かって歩いていた安定した足跡は、それではやはり文次郎のものか。
「潮江先輩が来たから、久々知先輩と"伊助"は校舎に走った、ってことか?」
兵助が蔵の中にいる"伊助"と話をしているのを文次郎が見かけたら、中に誰がいるんだ、くらいは尋ねるだろう。伊作がここに来なかったかとも、もしかしたら聞くかもしれない。
三木ヱ門に対した時のように、兵助は上手にごまかした――
のだろうが、ごまかしきれた自信がなくて、尻尾を掴まれた場合の善後策を講じに大急ぎで雷蔵を探しに行った。


「先輩が現れた時の状況が状況だったし。……まずい、俺あとで三枚に下ろされるかも」
「状況……、うわぁあぁ」
褒められたのが照れくさくて顔を赤くしたうえに服装を正そうとして腰紐を解いていた。それに加えて、知り得た情報の中に文次郎に話せることが無くて、対座する八左ヱ門と2人そろって目を泳ぎ回らせた挙句、不審過ぎるはぐらかし方をした。団蔵が言いかけて肘打ちを食らった通り、これではまるで――まるで、その、なんだ――
「襟から手を離した後でよかった」
頭を抱えて声にならない叫びを上げる三木ヱ門の横で、自分の手のひらをしげしげと見て八左ヱ門が嘆息した。無体を仕掛けたと誤解されて弁解する間もなくぶった斬られては、死んでも死にきれない。
「――ってぇのは悪乗りしすぎとしても、潮江先輩、のっけから機嫌が悪かったな。あんな下卑た冗談を言う人じゃないのに」
「たぶん、医務室に行かれたから……かと」
トラウマを引きずり出す劇薬で乱太郎に追い詰められ、三木ヱ門が謀った作兵衛の精神攻撃で撃沈した、心身とも満身創痍の留三郎がいる。不倶戴天の敵が精魂尽き果てて転がっていたら黙って見過ごす文次郎ではなく、嘲笑を浴びて甘受する留三郎でもない。そこで一悶着あったことは想像に難くない。
八左ヱ門へ真っ先に星座を質したことを考えると、きり丸が脳天気に口にした「チーム牡羊座」に引っ掛かっているのも確かなようだが。
一年生たちから"鼻薬"のことを聞いたから伊作を捕まえたのか、それとも本当に「チーム牡羊座」とは何だと問い詰めようとして確保していたのか、……これは尋ねてみていいものだろうか。
「とにかく俺は行くよ。しつこくて悪いけど、ここで喋った件は他言しないでくれな」
「……はい。ああ、でも、私が五年生の先輩方の動向を窺っていることも、できれば黙っていて下さい」
「んー……」
「でなければ来月の予算は――」
「おおう。その手があったか」
しっかり閉じた口を針で縫い止める真似をして、八左ヱ門は「それじゃまた」と駆け出して行った。


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