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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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一瞬静止した団蔵がまた首をひねり始めたので、歩きながら聞くと言って三木ヱ門は校舎の方を指した。
「図書室に行くところだったんだ」
「お伴しまっす」
先に立った三木ヱ門に小走りで追いつき、団蔵は「食満先輩は大怪我でした」と付け足した。
「そう言えば、喧嘩の後にしてはさっきの潮江先輩は無傷だったな」
「立ち向かう気は十分だったけど食満先輩が反撃できなかったんです。熱があるって言うのも嫌味じゃなくって、腕を掛けた時に、顎の下がすごく熱かったんですって」
自分の下顎の裏の柔らかいところをぷにぷにと押しながら団蔵が言う。
怪我をしたあとに発熱すると言うことはやはり骨折くらいしているんじゃないかと、その状態で重い荷を背負って山向こうから帰って来た留三郎の並外れた頑丈さに、三木ヱ門はほとほと感心した。羨ましくはないが。
「熱にうかされてうわ言を言ったんだ、なんて潮江先輩がぶつぶつ言ってたなぁ」
「お前の説明も取りとめがなくてうわ言みたいだぞ。いいや、僕が質問するから、それに答えろ」
「はーい」
いい返事をする団蔵の頭を軽くぺんと叩いて、ひとつめの質問をする。
「先輩に呼び止められて医務室へ行った時には、善法寺先輩はもうそこに留め置かれていたのか?」
「いえ。潮江先輩が拉致してる途中でした」
さすがに縄で引っ括ってはいないものの、背中に回した腕をがっちりと抑えられていた伊作は、隙を見て振り払おうとしては腕を絞られて悲鳴を上げていたという。伊作の本陣とも言うべき医務室へ連行したのは、用のない者は立ち入らないので他聞を憚ることなく訊問できるからだ、という文次郎の説明に、
「物凄くコワイことをなさるつもりなのではないかとヒヤヒヤしました」
「だろうなぁ」


砂漠にも怪しい手毬唄にも全く思い当たるものがなくてぽかんとした三木ヱ門を見て、団蔵はえーと、えーとと唸りながら何度も首をひねった。
「……組み合ったのは一瞬だけでした」
「それ、重要な所?」
「じゃないかもしれません。……組討みたいに、こう、初撃で潮江先輩が正面から食満先輩の首に腕を引っ掛けて引き倒して。凄かったですよ。身体が床から浮いたと思ったら、背中からばぁん! って。そしたら食満先輩、胸の辺りが痛かったみたいで身動きできなくなっちゃったんですけど、参ったって言わないで唇噛んで脂汗流してて」
「そりゃまあ、言わないだろうな」
「そしたら場外から乱太郎が手拭いを投げ入れました」
乱太郎と、医務室の隅っこでまだ計算と格闘していた左近が両者を引き離して、無理矢理に一旦収束させた。下級生に背中を掴まれたまま二言三言殺気立った言葉をかわした二人はまた手を伸ばしそうになったが、さすがに見過ごせないと今度は伊作が口を挟んで止めた。
「これ以上怪我を増やすな、薬がもったいない、って」
「ふうん」
「それを聞いた潮江先輩が食満先輩を指さして、こいつは熱があるから俺たちが戻るまでに処置しとけって仰って、そのまま僕と左吉を連れて医務室から出て、そのあとはさっきの水練池のヤゴです」
「……ん、待て待て。事の順番はどうなってるんだ?」


「手伝……、う? え? 善法寺先輩は?」
「あ、やっぱりお分かりですよね。緑のこだまの正体」
「東北・上越新幹線」
「突っ込みにくいボケですねえ」
どこかで頭を打ったか熱でもあるのではないですかと、団蔵が真面目な顔で額に手を当てようとしてきたので、三木ヱ門はゆるゆると後ずさりしてそれをかわした。
「善法寺先輩は今、医務室に押し込めにされてます。見つけたのは忍たま長屋の近くの穴の中だそうです」
「アナンダ何号だそれ。で、潮江先輩はお前に何をしろって?」
「ええと……ですね。左吉と噂を撒いてる最中に潮江先輩に呼び止められて、医務室に行ったら食満先輩がいらして、でも、いつもみたいな元気がなかったんです。潮江先輩を見るなり、今日の俺はもう店仕舞いだとか仰って上掛けの中に潜り込んでしまって」
団蔵と左吉に伊作を見張るよう言い付けた文次郎は留三郎のその言葉に聞く耳を持たず、上掛けをひっぺがし挑発の言葉を叩き付けたが、本人が自覚している以上の大怪我を負って安静を言い渡されていた留三郎は珍しくそれに乗ってこない。怪我人と喧嘩しないで、と健気に抗議する乱太郎と諦め顔の伊作を尻目に、文次郎はいつもの調子で留三郎の胸倉を掴んだ。
「そしたら、その弾みで食満先輩の袖の中から手拭いの包みが落ちて――食満先輩って結構、派手好みでいらっしゃるんですね。意外だなぁ」
「……」
それはもしかしなくてもタカ丸に借りた手拭いだ。それで包んだ小さな飾りを作兵衛に見せるために、医務室で別れる前に留三郎へ預けたままになっていた。
しかし今それを喋るとややこしいことになるので、三木ヱ門はその感想を否定も肯定もしなかった。
「僕と左吉は離れて見てたからやり取りはよく聞こえなかったけど、その包みを拾って潮江先輩に差し出した食満先輩が何か話しかけたら、」
次の瞬間、壮絶な取っ組み合いが始まった。
「その寸前に潮江先輩が、俺の後輩を――えーと、タクラマカンとか多々羅放庵、しやがって、って大声で」
なんだそれは。


「ご配慮、ありがとうございます……」
悄然とする三木ヱ門に清八はもう一度屈託のない笑みを向けて、それよりも異界妖号が厩の馬に言い寄る前に見つけないとと冗談めかした独り言を口にしつつ、木立をかき分けながら立ち去った。
「……。はぁ」
小さく息をついた三木ヱ門はまだ微かに揺れている梢にぺこりと頭を下げると、再び校舎の方へ歩き出した。
清八の年齢はいくつだろう。作法委員会への届け物を尋ねた時といい、大人――と言うか、世慣れた対応だ。人と人との間を繋いで回る仕事を職業にしていると、あんな捌き方が自然と身に付くのだろうか。
「相手の様子が変だと思ったら、それに突っ込むべきか受け流すのか即座に判断できる……。その基準は経験則か、それとも勘なのか……うーむ……これも対話術のひとつだなぁ」
木の下の作兵衛と鹿子との遭遇からこっち、行く先々で会う人たちとのやり取りの仕方に逐一苦慮している身としては非常に羨ましい能力だ。清八の性格がもともと謙虚で気遣い屋だから、というのなら……いま三木ヱ門にできるのは反省することだけだ。
「あとで団蔵に聞いてみようか……」
「――お呼びですかぁ!」
「うわあああ!」
突然ぐっとしなった頭上の枝から声とともに団蔵が降って来て、三木ヱ門は悲鳴を上げて飛び退いた。
器用に着地した団蔵は、尻餅をつくのはこらえたものの目を白黒させて言葉が出ない三木ヱ門を、してやったりの表情を心配そうに曇らせて覗き込んだ。
「そんな大声、先輩には珍しいですね」
「僕はカメレオンになりそうだ。いや、そうじゃない、清八さんの馬が逃げたそうだ」
「はい、承知してます。たった今指笛が聞こえたから」
「馬じゃなくてお前が来てどうするんだよ……清八さんはもう他の場所へ探しに行ったぞ。手伝わなくていいのか」
「大丈夫ですよぉ。自分で何とかするから」
それは清八がか、馬がか。
「部外者立入禁止の場所には入れないと困っておられたが」
「あ、そっか。でもまあ、そんな大げさな事にはなりませんよ、異界妖号は賢いから」
「……で、お前は指笛で呼ばれてここへ来たと?」
「いえ。田村先輩を手伝うようにと、潮江先輩に言いつかって参りました」


右から左の鼓膜へ鋭い針が一瞬で貫通したような音圧がそれでも耳を刺した。
「すっ……ごい音、ですね……」
「離れた馬にも聞こえるように、遠くまで届かせないとならないんで――親方くらいの達人になると、音さえ消えるんですがね」
「超音波?」
近い将来、団蔵が音のない口笛を吹くそぶりをするようになったら警戒した方がいいのだろうか。訓練法を確立出来れば、忍術学園の矢羽音に代わる新しい情報伝達手段に昇華できそうではあるが。
「向こうの草陰が動いたような気がしたけど――他の反応はありませんね」
そもそも馬は草の丈に隠れるような大きさでもなし、鳥か虫かと、きょろきょろと辺りを見回し清八は首を傾げた。
「もうちょい他の場所も探してみます。あ、でも、部外者は立入禁止の場所って多いですよね……どうしよう」
「でしたら、団蔵に声をかけておきます。僕も馬がいたら捕まえて正門に預けておきますから」
「それはありがたい。若旦那の先輩ともあろう方にお手数をお掛けして、あい済みません」
きっかりした動作で低頭する清八に、いや僕はただの四年生だしそこまでして頂かなくてもと気恥ずかしくなった三木ヱ門は、急いで話を逸らした。
「あの、あの、学園の中をあちこち回っていらしたのなら、珍しい猿は見ませんでしたか」
「珍しい猿?」
「あ。――あー!」
言っちゃったぁっ、と頭を抱えたくなった。
赤くなった顔が一瞬で白くなった三木ヱ門の尋常でない様子に清八は目を丸くしたが、言わでものことを口走ってしまったのをそれで察してくれたらしく、自分の口を立てた人差し指でちょんちょんと突くと、よく日焼けした顔でにっこりした。
「さあ、特に変わったものは見ていませんし、巌よりも鉄よりも馬借の口は固いんですよ」


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