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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「先輩って器用ですね。タカ丸さんみたい」
「そりゃどうも」
「手拭い包みはまだ潮江先輩が持っていらっしゃいます」
「だろうな」
「中身は何なんでしょうね。手のひらに乗るくらいの小さいものだったけど、見当つきます?」
「大体は。飾り結びの話は終わりか?」
「え? はい。田村先輩が結んだから解かない、ってことでいいんですよね?」
この結論に何かおかしな点でもありますか、とでも言いたげな表情を浮かべた団蔵がきょとんとする。
三木ヱ門は脱力した。
「……何なんだもう、みんなして」
「それより先輩、図書室へ何をしに行くんですか?」
「"青いイナズマ"を捕まえる」
「ふぇ?」
間の抜けた声を出した団蔵に、先に築山で話した推測が事実と少し違っていたと説明する。
保健・生物の組と火薬・図書・学級委員長の組はお互い無関係に存在していてそれぞれに企みがあること。保健・生物組についてはその内容に目串がついたこと。残る3つの委員会は五年生が首謀者であるらしいこと。とりわけ図書委員会は、更にもうひとつ隠し事をしているらしいこと。
「不破先輩はいま他の五年生と離れている――といいな、って希望的観測だ――から、どこかへ向かわれたとすれば図書室だと思ってな。……おそらく当番は中在家先輩だから、ちょっと挫けそうになってたところだ」
「竹谷先輩はどうなさったんですか?」
「委員会の仕事に戻られた」
三木ヱ門が虫捕り網を振り回す真似をすると、団蔵は納得顔で頷いた。


「善法寺先輩を訊問するつもりで医務室へ向かう途中にお前たちを拾って、医務室に着いたら食満先輩と掴み合って、そのあと何故もう一度外へ出てきたんだ?」
「んーと、手拭いの包みです。食満先輩が持っていたやつ。それを田村先輩に渡すって」
「受け取らなかったし、話にも出なかったぞ」
「それは多分アレです、竹谷先輩と一緒にいらしたから? かな?」
「分からないな。それが理由になるのか」
「すいません、僕も分かりません。池の端を離れた後に、渡さなくて良かったんですかって尋ねたら、"あぁー……"」
文次郎がした返答を真似たらしい。子供らしく高い団蔵の声が一転して、水練池の水底の泥のように低く沈んだ。
「とだけ仰って、懐手をして黙ってしまいました」
どこかで見落としたために計算が合わないごくごく少額の支出が何度帳簿を確かめてみてもどこにも見つからない時と同じ顔をしていた、とその表情も再現しようとして、諦めた。両手で頬を挟んでこね回しながら団蔵がちらりと三木ヱ門を窺う。
「なんだよ」
「あの、潮江先輩の首の飾り結び、田村先輩がなさったんですか」
「そうだ。元は蝶結びだったのが解けてしまって、なんでもいいと仰ったから、つい凝った」
「そうでしたか。……そうでしたか」
一度は普通の口調で答えた団蔵が、自分の髷の根元をちょいと触って、不思議そうな声で繰り返した。
「……なんでそんなものをと思ってるのか? 祭礼儀式の授業の一環だそうだ」
白塗りのままだった時点ではともかく、その格好を放課後になってもまだ続けている必要はないはずではあるが。
「あぁ、いえ。医務室でドタバタした時に潮江先輩の元結が切れちゃって、適当な紐でがさっと結い直してたんですけど、ふくら雀が引っ掛かってちょっとやりづらそうにしてらしたんです。なんで解いちゃわないんだろ、って思って、――そうかぁ。そうだったんだ」
「何を納得したんだ」

理屈や理論を置き去りにして根性と勢いで力押しする人物と思われがちで、実際そんな言動は多々あるが、一見無関係に分散する事象を組み合わせ推測する洞察力もしっかり持ち合わせ、観察眼も鋭い。
本人が聞いていたら苦い顔をしてそっぽを向きそうな賛辞を並べ立てた団蔵はふと言葉を切り、むむむと唸った。
「それは潮江先輩だから? それとも、六年生だからですかね?」
「へ? ――そりゃ六年生ともなれば、何と言うか、僕らより早くて正確な論理的思考ってやつを身につけていらっしゃるだろ。その基礎をどう使うか、どの方向に伸ばすかは個人の性格次第だろうし」
「うーん……僕、六年生になれた時、その基礎はちゃんとできてるかなぁ」
先輩方は一年生に比べると皆、分別があって思考の深い大人に見える。一歳しか違わない二年生でさえ、ずっとしっかりして落ち着いている。一年後には自分たちもそうなっているのか? と考えてみても、相変わらず興味の向くままにわちゃわちゃして、先生を嘆かせている気がする。
深刻そうな表情でそう言った団蔵の口調が意外に真面目だったので、思わず笑い出しそうになっていた三木ヱ門は強いてそれを飲み込んだ。
「その伝で行くと、四年生の僕もお前から見ると大人っぽいのか?」
「です」
「……ふふん。心配するな。この先進級しても、今の上級生のようにはなれないから」
「えええ、そんなバッサリ……やっぱり僕が一年は組だからですか」
「それは関係ないな。でもなぁ、恐ろしいことに、お前が六年生になった時の一年生は、今のお前と同じ眼差しで六年生のお前を見るぞ」
僕だって、この三年の間に見てきた四年生の先輩方は今の自分よりも言動が大人びていた気がするもの。
三木ヱ門がそう言うと、団蔵は目をまん丸くしてまじまじと三木ヱ門の顔を見た。
あまりに見詰められて少々きまり悪くなったので、こほんと空咳をしてさり気なく視線を外した。
「身体はともかく、中身の成長を自覚するのは難しい――ってことだ。尤も、本当に成長していないこともあるけど」
「そういうものですか。……と言うか、田村先輩が殊勝なことを仰るのって初めて聞いた」
「話が逸れたな」
ついでに進行方向も逸れたと言って、三木ヱ門は団蔵の頭を掴んでぐいと前を向かせた。


医務室にいい鼻の薬が入ったと聞いたからあちこちで宣伝していたところだ、何しろこんな気候だから薬が必要な人は多い、と重ねて左吉が真面目な顔で言うと、伊作はそれこそカメレオンのように赤くなったり青くなったりして、最終的に白くなった。
覚悟を決めたのか単に魂が抜けかけたのか、そこからは無抵抗で文次郎に引きずられるままに医務室へ連れて行かれた。
その様子から、文次郎は"鼻薬"の噂が流れたことは伊作にとって打撃であり、団蔵と左吉がそれを狙って敢えて触れ回っていたことを見抜いた。
「それで"緑のこだま"、か」
「はい。風の術を仕掛けたことはひとつも話していないのに、全部把握されてました。"鼻薬"の内容も――」
伊作を医務室に放り込んで一度外へ出ると、文次郎は鼻を捻って険しい表情をした。
留三郎に貼られていた薬はひどいにおいだ、と。
その独特なにおいはかつて嗅いだことがある高価な薬種を山ほど使う特製膏薬のもので、一、二年生しかいない医務室でそれが使われ、当然においで気付いたはずの伊作が少しもそれを咎めなかった。貴重な薬を下級生の判断だけで使用して気にもとめないほど保健委員会は裕福だったか?
会計委員長はその疑問に自身の中で即答した。
断じて否だ。
「――と言うことは、不正な予算か不正な購入ルートか、あるいはその両方が何者かによって保健委員会に与えられたに違いない、と見当をつけておられました」
「……僕たちの委員長は凄いな」


何を訊問するのか、自分たち一年生はなにをしたらいいのかと左吉が質問してみても、文次郎は「その時に考える」と言うばかりで明言しなかった。
「善法寺先輩が何かの拍子に屋根から落ちて、落ちた所に落とし穴があって、それが尋常でなく深かったのでなかなか出られずに難儀しているところを潮江先輩が発見したんだそうです」
「不運のドミノ倒しだな。でも、善法寺先輩が一緒だったなら、"鼻薬"のことは潮江先輩に話していないのか?」
「いいえぇ」
三木ヱ門がふたつめの質問をすると、わざとらしいほど無邪気な笑顔を作った団蔵は、これまた胡散臭く可愛らしい声で滔々と喋り出した。
「よく効く鼻の薬ってどんなのですか? 良薬の鼻薬ってやっぱり苦いんですか? 鼻がぐずって困ってる人がいっぱい助かりますね、当分医務室が大繁盛ですよぉ――って、善法寺先輩に話し掛けました」
必殺・無垢で純粋で疑うことを知らないお子様のフリだ。
「善法寺先輩は何とお答えになった」
「琵琶湖をバタフライで横断する勢いで目が泳いじゃって、呂律まで怪しくなってそのままウヤムヤです」
団蔵の言葉を聞いた伊作は目に見えて動揺し、その隙に左吉が目配せすると、訝しげにしていた文次郎は何かを察した表情になった。団蔵が「鼻薬」と口にした時に微妙な抑揚をつけたのを聞き逃さず、その意味するところを理解したらしい。


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