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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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まだもごもごしている団蔵を左手に捕まえたまま、図書室の戸を右手で細く開ける。
見える範囲に七、八人ばかりの生徒がいて、それぞれに本を読んだり机に帳面を広げて写し書きしたりしているが、貸出・返却カウンターには人の姿がない。戸の隙間に顔を押し付けるようにして部屋の奥のほうを窺ってみても、雷蔵らしい人物は見当たらないが、ガタイのいい深緑の影も見えない。
「お留守か……」
「先輩。馬は偉いです」
「んう?」
決然とした調子で団蔵が言い切り、不意をつかれた三木ヱ門は空気を飲んだような声を出した。
「色々な環境でよく働きます。ふてくされるし文句は言うけど。金何十枚もする武家や貴族の駿馬じゃないけど、五位じゃないけど、馬借の馬だって偉いです」
「うん」
「犬も偉いです。人のしごとを助けるし番犬になるし遊び相手にもなります。賢いです」
「うん」
「無位の野良猫だって偉いです。食べ物を荒らすねずみを取ります」
「うん」
「ねずみ――、は、思いつかないけど、たぶん何か役に立つこともしてます。偉いです」
「うん」
ゼロヨンレースでかっ飛ばして生物委員会に二倍の予算をもたらしたねずみのことを思い出し、三木ヱ門が頷くと、それに力を得たように団蔵が両手を拳にした。
「生き物を、位階のあるなしとか飼い主の地位で偉いと偉くないに分けるのは、良くないです」
「……。そうだな」
外国から来た高直な珍種だから、元は国持大名同士の贈答品だから、高級貴族の手に渡ったから、小猿は「偉い」ものとしておっかなびっくり扱われている。専用の餌を給仕され特別製の住処を用意されてもなんのその、二度の脱走を果たし自分で調達した食べ物をかじっているくらい逞しい生き物であるのにだ。
人に通じる言葉が喋れるものなら、小猿は「いい加減にお節介はやめてくれ!」と主張するかもしれない。
その辺りの情報を団蔵は知らない。しかし三木ヱ門は黙って手を伸ばし、団蔵の頭をぐりぐりと撫でた。
「ななななんですか優しくされるとなんかこわい――あの、ところで、うえにさぶらふおねこって何ですか?」
「"枕"くらい読め」
撫でていた手を手刀にして頭の天辺を軽く叩くと、「いったぁ!」とそこを押さえながら、団蔵が少しホッとした表情になった。

それでふと顔を上げると、いつの間にか校舎の前へ差し掛かり、あまつさえ通り過ぎそうになっていた。
「ああ、着いちゃった」
「え? 図書室に行くんですよね?」
いつにない威圧感を感じる校舎を見上げ、三木ヱ門は肩を落とした。不思議そうに言う団蔵に、うん、と生返事をして、意味もなく辺りを見回す。
この事態の進行を止める種は今に限って転がって来そうになく、ちゅんちゅんと鳴き交わすすずめの声だけが夕暮れの校庭に響いている。その声が緊張を含んだ警戒音に聞こえるのはたぶん自分の心境のせいだろうとため息をつき、三木ヱ門は校舎の中へ踏み込んだ。
「先輩、いま貸出延滞中の本はありませんか」
廊下を歩きながらふと傍らの掲示板に目を向けた団蔵が、振り返って三木ヱ門を見た。
「……えーと、あれは一昨日前返したから……、無い、かな。うん、無い」
「良かった。それなら少なくとも図書カードは飛んで来ませんね」
「怖いことをさらっと言うな。お前は大丈夫なのか」
「はい。本、読みませんから」
「読めよ。思うんだが、お前は話すべきことは分かっているのに、それを言葉にするのに難があるんだ。人と話すとか本を読むとかして語彙を増やせ」
掲示板に貼ってある『以下の者は本の貸出期限が過ぎています。速やかに返却して下さい』で始まる警告文を横目に説教する。
団蔵は「ゴイ」と繰り返し、難しい顔をして腕を組んだ。
「ゴイ……。サギ?」
「言うと思った」
ゴイサギは五位鷺で昇殿を許された位階持ちだ、うえにさぶらふ御猫と同じだ、と三木ヱ門が言うと、団蔵は釈然としない様子で首をひねった。
「動物なのに殿上人……。偉い生き物……。馬は無位無官……。御殿には上がれない……でも、荷物をいっぱい運んでえらいし賢い……偉くない? そんなの変だ」
「止まれ」
図書室の前を行き過ぎかけた団蔵の後ろ襟を、三木ヱ門は手を伸ばしてひょいと掴んだ。


その反故紙はどう頑張っても深い意味を見出だせないただの落書き――「ひるねするねこ(習作)」とか、暇つぶしのマルバツゲームの跡地とか――であると委員長が認めたら、持ち出すのはずっと容易になる、ということにもなる。格子の中にマルとバツが並んでいるのを見て戦陣図の類だと思い込むようなうっかり者の手に渡る可能性もあるが、情報撹乱の一環ととらえればそう神経質になる程でもない――か?
「都合良く考え過ぎ、かな」
くるりと瞳を回して三木ヱ門が呟く。
なんてことない紙切れ一枚の扱いさえ気を使うのに、事務室で出た書類の書き損じなんて部外秘情報のかたまりだ。学園の外に出しても問題がないものなんてそうあるわけがないし、根気よく選り分けてたまたま一枚や二枚見つけるくらいでは、労働量が古紙を売った収入をはるかに上回るに違いない。徒労もいいところだ。
それでは、どうして雷蔵は「たくさんの反故紙」に反応したのだろう?
「紙買おう当人がどんなに信用できる相手でも、それを卸す先にその保証はないし……でも、漉き紙づくりまで自分でやる人なら、反古紙の内容が他人の目に触れる機会はない……それでも、万が一を考えたら書き付け一枚たりとも外部へ渡すのは避けるべきだし……」
「先輩、先輩、せんぱい」
ぶつぶつ呟きながら歩く三木ヱ門の袖を、団蔵がつんと引っ張った。

※紙の利用法については「こういうことやってそう」と推測した自家設定です。

「紙買おう」は不要になった紙を買い集めて紙漉きなどに卸したり、自分で漉き返し紙を作ったりする流しの商人だ。学外への書状でもない限り学園内では古紙をリサイクルした漉き返し紙を使うのがほとんどだが、それでも紙それ自体がなかなか貴重品なのは確かだし、量がまとまれば単価は安くともそれなりに値がつく。
「けど、たとえ反故紙でも、学園の中で書かれた文書が外部へ出るのは良くないな。万一ドクタケの手にでも渡ったら、どこから何を読み取られるか分からない」
「僕が"いろは"を写した紙は逆さにしても重要文書には見えないと思いますが……」
「むしろ、重大な情報が隠れた暗号文書だと思われるかもな」
「ひどぉい」
しかし、図書委員のきり丸が信頼のおける「紙買おう」を知っているということは心に留めておいたほうが良さそうだ。突庵が持ち込んだ山ほどの自伝を売り飛ばさずに突き返したのは――図書委員長に止められたか、それともさすがに良心が働いたか。
そう、図書委員長だ。
「図書委員会が予算不足を賄うために、反故紙を集めてこっそり売っている、っていう線はあると思うか?」
三木ヱ門がそう尋ねてみると、団蔵は即座に首を横に振った。
「さっき先輩が仰った理由で、中在家先輩がお許しにならないと思います」
「……だよな」
会計委員会でも大量の紙を計算や書き付けで消費するが、それらは保管から破棄まですべて委員長の管理下に置かれ、学園の外はおろか委員会の外にさえ出さずに処理される。それを一枚でも理由なく持ちだそうとすれば、比喩抜きで委員長の鉄槌が振るだろう。
――でも、逆に考えたら。

イナズマって言うかイカズチですねと混ぜ返し、何かを思い出したようにひょいと後ろを見て、遠くへ目を凝らす顔をした。
「どうした」
「ころっと忘れてました。虎若が誰かから水飴を貰って来て、その"誰か"が善法寺先輩かもしれないってこと、潮江先輩に話しておくべきだったなぁ」
「左吉が言うんじゃないか? ついでに、本当に水飴なのかどうかも」
薬種にもなるし値も張る水飴を生物委員会の一年生にくれたのは伊作ではないか、と推理したのは左吉だ。左吉はそれを生物・保健の共同謀議の口止め料かご褒美と考え、三木ヱ門は体力増強剤である蜜漬けを偽装して保管、あるいは隠匿しているものと考えた。
下級生長屋の生き物たちの常軌を逸した活動ぶりからしてどこかで蜜漬けを舐める機会があったのは確実で、虎若が貰って来て早々に部屋にぶちまけたものがそれだったに違いない。――と思ってはいるが、「違いない」と予測していたことが外れたばかりだ。ここはひとつ慎重にならねばなるまい。
「と言うかいい加減に部屋を掃除しろ、お前らは」
「えへへへへへへへ」
「全くもう。信じがたく大雑把だな」
「おーざっぱなのは不破先輩もですよー」
「……じゃあ仮にお前と不破先輩が同類だとして、反故紙が大量にあると聞いたら、お前ならそれで何をしようと思う?」
「今なら字の練習をします」
「そうか頑張れ。それでも使い切れないくらいあったら?」
「落とし紙にするか、漉き返して再利用するか、紙買おうに売る……かなあ」
そういう方面はきり丸がいろいろ伝手を持っているから、となんでもないことのように団蔵が言う。
信用できるのは誰か、最高値で買い取ってくれるのは誰か、いつどこに買い回りに来るか、そういうのを色々な業種ごとに全部把握してるんです。

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