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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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ここからの話を聞き逃すまいと、すべての注意を雷蔵に集中する。
そして沈黙が落ちた。
外の廊下を誰かが向こうから来て、教室の前を通り過ぎ、遠ざかって行く微かな床鳴りが無音の教室にきしきしと響いて消える。
「あの、他にも何かありませんか」
間が持たなくなった三木ヱ門が催促する。雷蔵は口をつぐんだまま筆を摘み上げ、指先で無造作にくるくると回転させた。
呆気にとられる会計委員を前に、無意味な手遊びを続けながら平板に言う。
「私はもう駒を動かしたよ」
後手を打たないと次の手は出さない――三木ヱ門が知っていることも話せと言うわけだ。
まさか生物委員会のように、裏予算案を知ったからには首を懸けろという話にはならないだろうが、今の雷蔵の態度はやや不穏な感じがする。無理矢理連れて来たのだからそれが当然と言えば当然だが、団蔵の質問攻めにあっていた時の様子は、いつも通りの親しみやすい先輩だったのに。
三木ヱ門が考え込んでいるうちに筆を置いた雷蔵は、腕を交差して机に肘を突き、書き取りドリルを眺め始める。
「予算を使い切った図書が乗りそこねたのなら、火薬と学級委員長は報告書上では収支が揃っているけれど、実は残金があると言うことですね。――適当な名目をつけて、使ったことにして余らせた予算が」
そこまで言って三木ヱ門は言葉を切る。雷蔵が下に向けていた目を少し上げる。
「お次、どうぞ」
促すと、雷蔵はわずかに口許を曲げた。

空気を詰め込んだ袋が針の一突きで弾け散るように、落ち着きなくぐらぐらと動き続けていた雷蔵の頭がぴたりと止まる。
胡乱な目が三木ヱ門を見た。
「……こんな他愛ない質問にも真剣に悩んでくださるくらいですから、ましてそれが重要事項となれば、逡巡はいかばかりかと」
火薬委員会と学級委員長委員会は計画を実行に移したが、秘密を守るために共謀するもの同士で協調しなければならないにも関わらず、雷蔵が言い出せずにいる間に図書委員会の予算は想定外の買い物に費やされてしまった。
提出した収支報告書通り、支給された当月予算と当月支出は、一文の過不足なく一致した。
「"五年生の予算のことで質問がある"と申し上げた私が、中在家先輩の前で話を続けようとしたのを、強い口調でお止めになりましたね」
立ち話で用が済む程度の"学級費"のことを他の学年の前で口にするのは、そんなに不都合とは思われません。
表情を崩さずぺらりと言う三木ヱ門に、雷蔵は困ったような睨むような中途半端な顔をした。
「私に後ろめたさがあるばかりに、君が話そうとしているのが"学級費"のことではないと先走って、中在家先輩の耳に火薬や学級委員長の話が入るのは拙いと慌てたのを見て、確信したわけだ」
「はい」
「……んー」
片手を上げて額を抑え、雷蔵が呻く。
「私はいずれこの癖のせいで命を落とす羽目になるかも分からないな」
「学生のうちに矯正すれば良いことです。団蔵の字みたいに」
同じ書き順で書かれたとおぼしい「右」と「左」と「有」の上に指を置いて三木ヱ門が言うと、雷蔵はひどく苦そうな苦笑いをした。
「確かに、裏予算案はある。そして図書は乗りそこねた」
ぽつんと言ったその一言に、三木ヱ門と団蔵は居住まいを正した。


「見透かしたようなことを――」
「こう申し上げるのは失礼ですが」
少し苦い顔になって言いかける雷蔵を遮り、声を強くする。
「不破先輩に重度の悩み癖があるのは周知の事実です」
「それは否定できない。けど、それが五年生の画策とやらと」
「書き取りドリルと作文の練習はどちらから取り掛かったほうがいいですか?」
出し抜けに机上のドリルと筆を指して団蔵が口を挟んだ。
二度続けて話しだしたところを遮られた雷蔵は、それを不快そうにする様子はないものの、「え?」と戸惑ったように団蔵を見た。動いた拍子に雷蔵の手に弾かれた筆が転がり、三木ヱ門は黙ってそれを拾う。
身を乗り出した団蔵が更に言い募る。
「"枕"はさっき伺ったけど、それじゃ"源氏"はどの段が読みやすいですか」
「え、え? ――えと、桐壷……じゃなくて、若紫?」
「使い古した手拭いを雑巾に回す頃合いはいつですか」
「ええ? 雑巾? 手拭いの生地が薄くなったら――いや、端っこが綻んできたら……穴が開いてから、だと、遅いかな……」
「人と話すのと本を読むのと、ゴイサギを増やすにはどっちがいいですか?」
「さ、サギの繁殖? それは私には分からない――生物委員に聞くとか、ああでも、図書室に鳥の図鑑があったっけ……」
この状況とは無関係な質問を畳みかけられた雷蔵が、それを咎めるどころか律儀に答えようとしてあたふたする。選択肢と目的がおかしなことになっている質問にさえ真剣に悩んでいる。
――狙ったんじゃなくて語彙とゴイサギがまだ団蔵の頭の中で一緒くたなせいだろうけど。
ひとしきり雷蔵の周章狼狽を観察した三木ヱ門は、ポンと音を立てて手を叩いた。

「大丈夫ですか?」
傾いた雷蔵を見上げて団蔵が気遣わしげに言う。
「ちょっと頭が追いつかないんだが……ええと、」
大丈夫ありがとう、と言って体勢を立て直した雷蔵が、きちんと座って生真面目な表情をしている三木ヱ門と机越しに正対して手を組み直す。
「除外するということは、図書委員会は予算を申請通りに使っていたと認めるってこと?」
「その通りです」
「なら、私がここで問い詰められる理由は無いんじゃないか?」
「……五年生が画策している裏予算案――と仮称しておきます――を図書委員長に提案するかしないか迷っている間に、降って湧いた"雀躍集"の買い取りに予算をすべて食われてしまった為に、結果として図書委員会は"現状、裏予算案に乗っていない"のではありませんか」
「は」
雷蔵が気の抜けた声を出した。
と言うより、交差した指が一瞬跳ねたのと同時に掠れた息が漏れた。丸い目を瞠って少し身体を引き、団蔵がまた肘を掴む。
「なんでそう思う」
「六年生がいない火薬と学級委員長委員会は、委員長代理の五年生がトップです。久々知先輩と鉢屋先輩がご自身で委員会を差配できるけれど、図書委員会には中在家先輩がおられる」
委員会の為になるとは言え他の生徒に対して不公正になる計画を実行しようとする場合、委員長の同意なしに独断専行しては、後に事情を知った長次がどんな反応をするか予測がつかない。
しかし正道に背く行いをすれば、確実に怒りを買うことだけは分かる。
しかししかし、計画の内訳を懸命に説けば納得して貰える可能性が無いわけでもない。
しかししかししかし、そんな舌先八寸で委員長を丸め込むような真似をしてもいいんだろうか。
「……という葛藤を不破先輩がなさったと、推測しました」

まだ庄左ヱ門と伊助が雑巾を縫っているかと覗いてみた一年は組の教室が無人になっていたので、そこで懇談会を開くことにして室内へ滑り込んだ。
窓際最後列の長机を選び、壁と窓で背後と左側を阻まれる席に雷蔵を引き据え、その右側には団蔵が並んで座って、三木ヱ門は机を挟んだ向かい側に座を占める。机の上には団蔵が懐に入れっぱなしにしていた書き取りドリルや筆を並べ、一見では和やかな勉強会に見えるように偽装する。
「戸に心張り棒をかっておきます?」
「いや、そこまでしたらかえって怪しい。戸を閉めておくだけでいい」
「物々しいなあ」
三木ヱ門と団蔵のやり取りを壁に寄りかかってぼんやり眺めていた雷蔵が、裁きを受ける咎人みたいだとぼやく。そして、確かに何も憚ることはないとは言えないけど――と、床に向かってこぼした。
「先輩、お願いですから体育座りはおやめ下さい」
自分より背の高い人が体を縮めてしおれているのを取り囲んで糾弾するのは、さすがに寝覚めが悪い。三木ヱ門が頼むと雷蔵はのろのろと膝を倒し、緩く組んだ手を机の上に置いた。
その手の下で、帳面から飛び出しそうに躍動的な「正」の字がくしゃりと撚れた。
「お尋ねしたいことは大別してふたつあります」
「――うん」
「が、ひとつは置きます」
雷蔵を引っ立てるのと図書委員会とは関係ない、と長次に言ったことに義理立てするわけではないが、こちらの解決には会計委員長にも噛んで貰ったほうが良さそうな気がする。
「五年生は――と言うか、五年生の所属する火薬・学級委員長・図書の各委員会は、支給された予算を収支報告書通りに運用していませんね」
「……これはこれは。言い切ったね」
姿勢を正してはっきりと告げた三木ヱ門に雷蔵が薄い笑みで応える。その表情は少し三郎に似ていた。
「はい。しかし、図書委員会は除外できるとも、今は確信できます」
続けて言った三木ヱ門の言葉に雷蔵が身動ぎ、団蔵がさっと肘を押さえた。

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