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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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ええと、と無意識に口にしかけたのを既のところで飲み込む。
何の話題で話を継ぐか迷っているのを気取られたら、そこを衝かれてまたはぐらかされそうな予感がする。何しろ人当たりの良さで知られる目の前の先輩は、食えない狸でもあったのだから。
不破先輩が狸なら他人の姿で徘徊する鉢屋先輩は狐で、わざと普段に似ない剽げた態度をとってみせた久々知先輩は狢(むじな)か?
俗に言う狐狸妖怪にもうひとつ遣り手の化け物を加えた三すくみに取り囲まれる自分の姿を思い浮かべ、三木ヱ門は己の想像力に閉口した。心の中で首を振って背筋の寒くなる絵図を追い払い、とにかく! と拳を握り直す。
今は五年生の裏予算案の詮索をしている。しかし雷蔵は図書委員会の窮状を話した。足らない経費は特技を活かして真っ当に稼ぐべきだという話は、図書委員会の謀の方に近いように思える。
だとすると、三木ヱ門がそちらにも関心があるのを承知した上で、雷蔵は恣意的に話を逸らしたことになる。確かに反古紙の用途は食いつきたい話だが、逆に言えば、委員会の隠し事を晒してでも裏予算案のことは話したくないということだ。
実は「使ったことにしてつづらにないないする」なんて単純なものじゃなくて、相当に悪質な手段を使って予算を確保している……とか? そんな悪どいことを五年生がやらかすとは思えないけれど――
「"参った"?」
黙りこむ三木ヱ門に、からかうように雷蔵が声を掛ける。
「いいえ!」
雷蔵が遠回りな話をしているなら、こちらも核心から離れた外殻を思わせ振りに見せるまでだ。
「竹谷先輩だけでなく、尾浜先輩も裏予算案のことは知らずにいらっしゃるようですね。学級委員長委員会には鉢屋先輩もおられるから、事が発覚した時に上級生が一網打尽になって一年生だけが残るのを防ぐため、」
団蔵の首が不意にゆらっと動いて、三木ヱ門は思わず言葉をつまらせた。幸い前にも横にも倒れかからず、不安定に頭をもたげている。
「――でしょうか。会計委員長に会って焔硝蔵から校舎へ馳せ着けた鉢屋先輩と久々知先輩を見かけても、のんびりしていたそうです」
多少の憶測を含ませながら続きを言い切る。もう終わりかと言いたげに雷蔵が目を動かし、三木ヱ門が頷くと、今度は雷蔵が口を開いた。
「ごめんね。王手だ」
絶句する三木ヱ門の背後で、勢い良く引き戸が引かれる音がした。

「書き写すにも紙や墨代はかかるし――ところで図書委員会は本の修理をするから、紙の扱いには慣れている」
虫食いや破れた部分を似た色調の紙で接いだり、綴じ糸が綻びたのを縫い直したり、そのまま触ったら崩れてしまいそうな古い書き物を裏打ちして表装したり。
筆の先から垂れた墨が染みたのか、小さな穴が空いた跡をとんとんと叩きながら雷蔵が言う。
「"雀躍集"のお陰で、どうしても削れない必要経費の分まで予算が飛んでしまった。新しい本を買えないのは痛いけれど、修理費用がなくて壊れた本が壊れたままになっているのはなお痛い」
傷みがあまりひどいものは開架にしておけず、一度書庫に下げなければならない。そうやって本棚に並ぶ書物の数が減ると、残っている少ない冊数だけで生徒の間を循環することになるわけで、今は無事な本も傷や汚れの付き方が早まってしまう。それでまた本棚から本を退避させたら、堂々巡りだ。
これはどうやら――と、頭が揺れ始めた団蔵を横目で睨み三木ヱ門は考えた。
生物委員会を巻き込まなかったことについては、雷蔵は言及していない。三木ヱ門が口にしなかった推測部分が合っているからかそうでないのかは分からない。
しかし、使い道が決まっていた予算を他のことに費やされて首が回らない状況は図書委員会も同じだと言っている。
補填の為に生物は用具にイカサマ勝負を仕掛けて予算を吸い上げた。それは「ずるい」。しかしバイトに励む用具は「立派だ」。さらに他の委員会から予算をぶん取ろうとはせず、自分たちにできることをしてコツコツ稼いでいるから。
五年生の裏予算案ではなく、反古紙が関わる図書委員会の謎の活動について話しているのか? それは今問題にしないとこちらから言ったのに。それとも、反古紙の行方が裏予算案に繋がってくるのか――すると、やはり学外に協力者たる紙買おうが存在する?
「次手だよ」
「えっ」
いつの間にか話を止めていた雷蔵が、声を掛けられて小さく跳ねた三木ヱ門を見てにこりと笑った。


ドリルの端をつまんだまま、視線がうろうろと大小とりどりなひらがなの上を滑っている。いろはにほへとちりぬるを――と小さく口ずさんで、雷蔵は不意に顔を上げた。
「私たちはずるい企みをしたと思うよ。他の委員会の予算を掠め取った生物もやり方がずるい。それに比べて、用具委員会は立派だ」
予算を取られて素寒貧になったことに文句ひとつ言わず――もっとも勝負を受けた委員長は後輩たちに一言二言くらい苦言を呈されているかもしれないが――黙々と学外でのバイトをこなして穴埋めに励んでいるのだから。
「自分たちにできることをしてその対価を受け取るのが、正しい予算の補い方、だと思う。だけど図書委員会は、予算がないからといって図書室の棚に並べる本を自分たちで執筆することはできない。どこかから本を借りてきて書写をするのがせいぜいだ。それにも限度がある」
雷蔵が何を話そうとしているのか測りかねて、どこに真意があるのか探りながら三木ヱ門はじっと聞き入っている。ふと雷蔵の横を見ると、さっきからいやにおとなしくしていた団蔵は、かろうじて正座の姿勢は保っているものの目を半分閉じかけていた。
額を小突いてやろうかと思ったが、それで雷蔵が話を止めてしまっては都合が悪い。先輩に寄りかかってくれるなよと念じつつ、三木ヱ門は強いて雷蔵の声に注意を集中する。

わざと余らせた予算を会計委員会に申告せず、手元に残す計画だと雷蔵が認めた――ということでいいのか。それは火薬なら現物のない「鳥の子玉代」で、学級委員長なら新品を買う必然性のない「つづら代」のことか。
三木ヱ門は収支報告書を読んだから、各委員会に不審な支出があることを知っている。
しかし他の委員会がどんな手段で予算を残したかということは、五年生同士で互いに把握しているんだろうか?
素知らぬ顔でぺらぺらとドリルをめくっている雷蔵をこっそり窺い、三木ヱ門は考えた。
例えば今のように裏予算案について第三者に嗅ぎ付けられた時だ。共謀している委員会は3つあるが、誰が何をしたのか相互に知っていたら、誰かひとりが捕まっただけでそこから情報を根こそぎ一本釣りされる恐れがある。
――その手腕があるかどうか、まさに今試されているわけだけど……自分ならそうなった場合に備えて、詳しいことはお互い知らせずにいようと決める。もし五年生もそう考えていたなら、鳥の子玉代やつづら代の話を出しても雷蔵には響かなそうだ。
「生物委員会は予算が浮くどころか足らなかったのを、非常手段で補填していましたが」
攻め口を少し変えてみる。
ドリルをめくる雷蔵の手が止まった。鼠相撲(に言い換えたゼロヨンラットレース)の話を、予算不足なら自分たちで稼ぎ出すのが正しいやり方だったのだという懺悔とともに、三木ヱ門にこぼしたのは雷蔵だ。
「だからでしょうか。委員長代理の五年生なのに、竹谷先輩は裏予算案のことをご存知なかった」
計画に乗る以前の話で右往左往しているのを見ていたから五年生は敢えて八左ヱ門を仲間に加えず、裏予算案について口を拭っていたのだろうと、言外に匂わせる。
表沙汰にできない話なら、知っている人間はなるべく少ないほうが好ましい。
「……私の番か」
少し眉間にしわを寄せて、雷蔵は首を傾けた。

盤上に駒を置くように、指を伸ばしてトンと豪快な文字のひとつを叩く。
「買いたい品物の相場が予想外に下がっていたりして予算を使い残すと、翌月の予算申請を少なめに修正させられる。多くはない予算をやりくりして倹約しても、どうにか浮かせた分が過剰金として翌月分の予算から引かれる」
余りが出たということは当月の予算は必要以上に多かった、と判断されるためだ。支出を抑えようと頑張れば頑張るほど支給される予算が減っていっては努力のし甲斐もない。それでいて予算を申請するたびに会計委員会には苦い顔をされるのだから、気の滅入る話だ。
淡々と話す雷蔵に、むう、と団蔵が口を尖らせた。
「だって生徒の分として学校から貰える予算自体が多くないんだもの」
「うん。それは承知している」
そのことでさっき君の先輩にも説教を貰ったよと、雷蔵が目を動かして三木ヱ門を見る。決まり悪くなった三木ヱ門が鼻先をこする振りをして視線を逸らすと、雷蔵は「そう言えば今回は泣いていないね」と独り言のように言い足し、それを聞いた団蔵が目を丸くして三木ヱ門に軽く睨まれる。
そのやり取りを目の端に引っ掛けるような様子で、雷蔵は話を続ける。
「まあ、予算が浮くと言っても微々たるものなんだけど――塵も積もれば山となると言うだろう。少しづつ予算を減らされていくくらいなら、ごく少額の余剰金は他の支出に付けたことにして、つづらの底に放り込んで隠してしまおうって、良からぬ考えも沸いてくる」
「つづら、ですか」
三木ヱ門が思わず前のめりになると、雷蔵は立てた人差し指で自分の口を押さえて幾分身を引いた。
四手目だ。
――どこに打てばいいんだ?

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