忍者ブログ
. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
カレンダー
07 2025/08 09
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
文責
written by 大鷲ケイタ
バーコード
忍者アナライズ
19
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

教室の隅の掃除用具入れを意味有りげに見やり、芝居がかった仕草で額に手を当て首を振る。
「あああ。私の委員会の一年生は、実に健気だよねえ」
「庄左ヱ門と彦四郎ですか?」
彦四郎は知らないが、庄左ヱ門も伊助と一緒に団蔵が作文に四苦八苦する傍らでちくちく縫い物をしていた筈だ。
三郎が大きく頷いた。雷蔵が胡散臭いものを見るような半眼をしたのが、三木ヱ門の目の端にちらりと映った。
「物の値段にはその品が売りに出るまでにかかった人件費が含まれる。それも、かなりの割合で」
「知っています」
こちとら会計委員だ。
その返事に、しかし三郎はにんまりした。八左ヱ門の顔であって決して八左ヱ門ではない表情で何故かしら楽しそうにゆらゆらと頭を揺らす。何をしているのかと思えば、どうやら船を漕ぐ団蔵の真似をしたらしい。
「と言うことはだ。人件費を削れば値段は安くなる、という理屈にならないか?」
「……理屈の上ではそうとも言えます」
材料の原価とか生産数、販売数、需要と供給の兼ね合い等々、値段の決定要因はひとつではない。故に三郎が言うほど単純な話ではないが、作ったり運んだりする人への手間賃の削減は一因にはなりうる。
作ったり運んだりする人の不満を除けば――だが、そんなものは承知の上だろうに。
「そう、言えるんだよ。だから健気だと言うんだ」
「三郎お前、酔っ払ってるのか? 訳が分からないよ」
上調子に喋り続ける三郎に、三木ヱ門が言いたいことを雷蔵が言った。
「まさか。素面だよ」
「なお悪いな、それは」

「変な顔だな」
「失礼な。狐狸妖怪の言葉がある通り、君が狸なら、私は当然狐だろう」
一刀両断する雷蔵に三郎が涼しい顔で屁理屈をこねる。
「八左ヱ門の顔で変な顔をするのは失礼じゃないのか」
「なら、雷蔵の顔を借りている時はなるべくしない――ようにする――ように気をつける」
「今年に入って一番信用できない宣言を聞いたな。で、」
割り込んだ兵助が、三木ヱ門の背中に乗せた手の指に軽く力を入れた。
「裏予算案とはうまく名付けたものだ。ついでに、何をどこまで知っているのか吐いて貰いたい」
痛くはない。しかし楔を打ち込まれたような圧迫感が首の骨に加わり、三木ヱ門は思わず膝に置いた両手を突っ張った。
またこのパターンか。
吐けだの喋れだの、今日は色々と上級生に強要されてばかりだ。……いい加減腹が立ってきたぞ。
「これもお約束の返しですが、そう言われて素直に喋るとお思いですか」
「おや、強気だ」
面白そうに三郎が言う。それには取り合わず、兵助はあっさりと「思わない」と答えた。
「喋らないならそれでもいい。ただし、誰にも、だ」
ここにいる五年生を除く他の誰にも、勿論、会計委員長にも。
「あの人は勘がいい。善法寺先輩が来ていないかと焔硝蔵へ訪ねて来られた時、中に"伊助"がいたのを悟られた可能性がある」
「中と外で喋っちゃってたしなぁ」
伊助の声を真似てそう言った三郎が、見上げた三木ヱ門の顔を見て舌を出した。
「本物はその頃、ここで雑巾を縫っていた。知ってるよ。私が頼んだんだから」

廊下を歩いて来たのが同級生たちだと気付いた雷蔵には、裏予算案の詳細を白状するつもりはなく、かと言って図書委員会の反古紙流用疑惑の弁明をする気もなかった。三郎と兵助が黒板の向こうから乱入する準備を整えるまでの時間稼ぎと、三木ヱ門が何かを察して後ろを見ないように、強く注意を引く話題をわざと小出しに振ってきたのだろう。
うろたえたり焦ったり、そういう態度は演技には見えないんだけど――
「……今、羽音がしなかった?」
三白眼になって無言で見上げる三木ヱ門からついと目を逸らした雷蔵が、きょろきょろと辺りを見回した。
「窓の外だろ」
「いや、もっと近かったよ」
無造作に窓を指す三郎に首を振り、雷蔵は天井の方へ顔を向けた。するとすぐに「あれっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「長押にすずめがとまってる」
「え、教室の中?」
訝しげに振り返った三郎が「ありゃ、ホントだ」と呆れ声で言うのと同時に、ちゅん、と高い鳴き声がひとつ聞こえた。
「窓は全部閉まってるのに、どこから来たんだ? あいつ」
「黒板は開いてるけど」
「教室っていうか、校舎の中にすずめがいるのがおかしいだろ。どこかに隙間が出来てんのかな――あ、飛んだ」
振り向けない三木ヱ門にはすずめの姿は見えない。しかし、ぱたぱたと軽い羽音が一直線に遠ざかり、壁の向こうへ吸い込まれるように消えたのは分かった。
それを見送ったらしい兵助が不審げに呟いた。
「なんか変だな、今の」
「迷子なんじゃないか? 八左ヱ門がいれば保護してもらうんだけど」
「……気になるな」
「置いとけ、閑話休題だ。それよりも、人質の処遇について検討しようじゃないか」
三木ヱ門がぎりぎりと首を巡らせて三郎を見ると、八左ヱ門の姿をした三郎は、目と口を横へ引き伸ばすような妙な笑い顔をしてみせた。

「暗黙の了解だと思って言ってなかったけど、変な動きはしないでくれなー。お前はもう背後を取られている、と言えば意味は分かるだろ?」
首と肩を繋ぐ腱を瞬間的に鷲掴みにして捻り上げた兵助が、その手でぽんぽんと三木ヱ門の首の裏を叩く。さっきまでの雑談そのままの平然とした口調と、骨の中を炎が走り抜けたような感覚が残る腕の熱さがうまく頭の中で合致せず、三木ヱ門は一瞬混乱した。
自分と団蔵は五年生に見下ろされながら、人と壁に前後左右を囲まれて身を縮めて座っている。今よりほんの少し前に、ちらりと想像した狐狸と狢の図さながらに。机を挟んだ正面に雷蔵、すぐ左に三郎、真後ろには兵助がいて、立ち上がらないようにと首を抑えられている――
王手。
次の一手で王が陥落してこの対局は終わりと宣言された、と言うことは、つまり。
「もしかして、私、詰んでますか」
「もしかしなくても詰んでるよ」
「うへぇ……」
「現状、君らは人質だ」
すまないねと言って、雷蔵が眉の両端を下げる。正しくない計画をしているのは重々承知だが、四年生に揺さぶられたくらいで内情をぺらぺら話すほど小胆でもない。君は私を確保したつもりでいたけれど、木菟引きが木菟に引かれるってやつだ。
「……たぬき」
「へ?」
三木ヱ門がギリギリまで低くした声で毒づくと、雷蔵がきょとんとした。

それはひとまず聞き流し、三木ヱ門は額越しに後ろを見るようにして少し頭を逸らした。
「私が焔硝蔵を覗いた時には、在庫確認をしていらっしゃいましたよね。伊助と」
「そうだったっけ?」
そらとぼけた返事が降って来る。
「田村が俺に"三郎が伝染ったのか"って言ったのは覚えてるんだが」
「それを感染性三郎症候群――呼び捨てで申し訳ありません――と仰ったのは久々知先輩です。竹谷先輩は突発性と言い換えておられました」
「聞き捨てならないな。私は流行病か何かか」
「流行性三郎症候群? 嫌だな、それ」
首を傾げてぽつんと雷蔵が言い、三郎が「お前もか」と絶望的な声を上げて嘆く。冗談なのか本気なのか、疫病封じの御札を貼ってみようかと雷蔵に真顔をされて、その疫神扱いに若干本気でへこんだらしい。
「皆、ひどくないか、私の扱いが。倒置法で強調しちゃうぞ。私の扱いが」
「まあねえ。普段の行いの成果だよね」
「私が何をしたって言うんだ……」
「どの口が言った」
口を挟みかねて困惑する三木ヱ門をそっちのけにして、また喧々と喋り始める。
もしかしてこれは意図あっての会話ではなく、五年生は通常の状態がこの調子なのか。そう言えば、のらりくらりの瓢箪鯰を決め込むことを指して三郎症候群と表現した五年生の3人が3人とも「嫌だな」と言ったな。
……しかし、うるさい。
いっそ露骨に耳を塞いでみようかと三木ヱ門が両手を上げかけた途端、鋭い痺れが肩から腕へ走り抜けた。


Copyright c 高札場 All Rights Reserved
PR
Powered by ニンジャブログ  Designed by ピンキー・ローン・ピッグ
忍者ブログ / [PR]