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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「ふぁお?」
「そう、顔だ」
言うなり仙蔵は鼻を摘んだ手を離し、身体を反転させながら、三郎の首にがっちりと腕を巻き付けた。
「あの、立花先輩!?」
首を吊られるような体勢になった三郎は仙蔵の腕に手を掛け、足をじたばたさせた。それを全く意に介さぬ様子で、三郎を引きずって仙蔵は歩き出す。
「心配するな。少しの間その顔を借りるだけだ。怖かったり痛かったりはしない」
「今まさに怖いし痛いんですが!?」
「耳元で大声を出すな、うるさい」
「下級生いじめだっ。六年生の横暴だあっ」
蛇行する足跡を残し抵抗むなしくずるずると引かれながら三郎が叫ぶ。が、仙蔵はやはり楽しそうだ。言いたい放題言われているのに、どことなく足取りが弾んでいるようにさえ見える。
喜八郎がくすんと鼻を鳴らした。
「ドナドナ」
「歌うなよ。――それが可能かどうかはともかくとして、竹谷先輩の顔をすずめに覚えさせる、ってことでいいんだよな」
「しー」
状況を整理しようと三木ヱ門が質問すると、喜八郎は口の前に指を立てた。静かになった落とし穴をチラッと見て、もう一度「しい」と言う。
「一応、部外秘なんだ。五年生には特に」
ひそひそと声をひそめる。仕方なくそれにならい、三木ヱ門は喜八郎と額を突き合わせた。
「本物の竹谷先輩が、顔を貸せと立花先輩に追い詰められているのも見た。何をするつもりなんだ?」
「追跡の練習」
「すずめが?」
「あと、情報収集」
「……すずめ、が?」

珍しく泡を食った三郎はしきりに後ろを見ようとしながら、振り払う素振りは見せない。三木ヱ門が兵助に首を押さえられて立ち上がれなかったように、どこかを巧く極められているらしい。
こんな真似ができるのは――
「詳しいことは知らなくていい。黙って顔を貸せ」
「出たぁ!」
三郎の背後で悪役そのものの台詞を吐いた仙蔵は、三木ヱ門が上げた叫び声に、僅かに眉を上げた。
「人を珍獣か何かみたいに言うな」
「……アマミノクロウサギは少し増えたらしいです」
失礼しましたと言って頭を下げ、この展開に興味津々な団蔵の袖を引き、そろそろと後退する。
仙蔵は三郎の首を掴んだまま横に並び、焦りを浮かべるその顔を覗き込んで、にっと笑った。
「五年生は面白いことを計画しているようだな」
え、と三木ヱ門の足が止まる。そこへ仙蔵が意味有りげな視線を寄越してくる。それを見たのか見なかったのか、落ち着かなげに瞳をさ迷わせながらも、ふてぶてしいほど平然とした口調で三郎が言い返す。
「"面白いこと"に心当たりが有り過ぎて、なんとも言いかねます。箸が転んでもおかしい年頃ですので」
「そうか。まあ、お前に喋ってもらう必要もないから、忘れていい」
「……」
あっさり引き下がる仙蔵に、逆に不安を煽られた様子で三郎が黙り込む。穴の底から響いていた雷蔵と兵助の声がぱたりと止んでいるのにそれで気がついて、三木ヱ門はぞっとした。
あのべとべとに消化されちゃったんじゃないだろうな。
「五年生はいいとして――」
どことなく楽しそうに呟いた仙蔵は空いた手を挙げると、三郎の鼻をひょいと摘んだ。
「目下は生物委員会、中でも竹谷が今は面白い。だからこの顔が要る」

「顔?」
頬に手のひらで触れようとして思い直し、手の甲でぺたぺたと叩きながら三郎が訝しげに言う。
「作法委員会のお眼鏡にかなうほど上等な出来でもないと思うけど――この顔がどうかしたのか」
こんな状況だが、三木ヱ門も喜八郎がどう答えるのか気にかかり、一寸刻みに後ずさりながら耳をそばだてた。
地下道で八左ヱ門を捕らえようとした仙蔵も、「その顔」ならば中身の真贋はどちらでもいいとひそひそ声で言っていた。みなぎる不穏な雰囲気といい突然の落盤といい、あの時八左ヱ門の顔が必要な理由を尋ねてみる余裕はなかったが、興味はある。
「覚えさせるんですよ」
素っ気なく喜八郎が言った。
「誰に」
「すずめ」
「……あ?」
からかわれたと思ったのか、三郎の眉間にぎゅっとしわが寄る。しかし喜八郎はどこ吹く風だ。
三木ヱ門は鞍から異界妖号の頭へ飛び移って澄ましているすずめに目をやり、それから、は組の教室にどこからともなく現れたすずめを思い浮かべ、喜八郎が「指令が飛んできた」と言ったのを思い出した。
鷹狩の作法の勉強に必要な鷹がどうしても用意できないから、代用にできないかと仙蔵が鍛えたすずめは結構いい線まで行った――という話は、話半分に聞いていたが、もしかしてもしかして。
「ひえっ」
突然、三郎が素っ頓狂な声を上げた。
気配もなく忍び寄った誰かに背後から襟首を掴まれている。

すぐには立ち上がれない様子で、地面にへたり込んだままぜいぜいと肩で息をしている。右の足首から腰まで粘性のある蔦に似た「何か」に絡みつかれているのが見えて、三木ヱ門は身震いした。
「乱暴なことをする」
しばしの後、やっと呼吸の落ち着いた三郎が苦い顔をした。気味悪そうにぬめる蔦を掴み、ぶちぶちと無造作な手付きで引き剥がしていく。
「私たちはただ、田村と話し合いの続きをしようとしただけだ。落とし穴の披露なら他の場所でやって貰いたいな」
「はあ。正直、状況はさっぱり知りませんけども」
喜八郎がちらりと異界妖号に身を寄せる三木ヱ門を振り返る。どこからか飛んで来て鞍壷に止まったすずめに一瞬目を奪われた三木ヱ門は、喜八郎の視線を受けて首をすくめた。
「一年坊主と同級生が尋常でない雰囲気の上級生につけ狙われているのを看過したら、ご飯が美味しくなくなりますので」
「へえ、驚いた。四年生はいつからそんなに仲が良くなったんだ」
喜八郎の言葉に三郎は皮肉っぽく言い返し、腿の辺りに絡まってもつれている最後の蔦の一巻きをむしり取って投げ捨てた。得体の知れないべとべとが移った手を水気を切るように振ってみて、すぐに諦め顔になる。
「なんなんだよこれ本当に……洗えば落ちるのか?」
「一定時間内なら落ちます」
「ちょっと待て」
「では向こうで」
「そうじゃない! 時間が経つと落ちないってことか!?」
「身体に害はないですよ。身体には」
穴底へ真っ逆さまに落ちたと思ったら、変な臭いのぬるぬるする蔦に全身にまとわりつかれる――想像するだけで精神的な害になりそうだ。ぶるっと来て二の腕をこすった三木ヱ門に、喜八郎は三郎から見えない位置でこっそりと手を振った。
「それと竹谷先輩を見つけたら足止めするようにと、作法委員長からお達しで」
「それなら空振りだ。私は鉢屋だ」
「いえ、お構いなく。そのお顔ならいいんです」

悲鳴か怒号かはたまた呪詛か、なんとも判別のつかない声が入り交じって漂い出て来る落とし穴を指し、尋ねてみる。
「アナンダ3号か、あれ」
喜八郎はえへんと胸を張った。
「リファインドアナンダ2号ザ・グレート・エディション」
「……、先生が踏み抜いて授業に遅刻したってやつ?」
「それの改良版」
頭の悪そうな名付けだと口にしそうになったのを無理矢理押し戻し、三木ヱ門はこわごわ陥没口の様子を窺う。それを真似るように首を伸ばした異界妖号がまるで笑い声のような音を立てて鼻を鳴らし、団蔵は得意満面の喜八郎に向かって挙手をした。
「質問です。僕たちがここを通るのを予想して、準備してらしたんですか?」
「いや、仕掛けは学園内のあちこちにあるんだ。ここはその内のひとつ」
「こんな危ないものがそこら中にあるんですか……」
「うわぁ!?」
不穏な会話を頭の後ろで聞いていた三木ヱ門は、穴の中からぬっと腕が突き出したのを見て思わず声を上げた。
泥だらけの手が縁にかかる。手応えを確かめるようにその手が辺りを這うと、もう片方の腕は一気に肘まで伸びて来て、穴の外の地面へしっかりと乗せ掛けた。
「おや。意外と脱出が早い」
「綾部! 穴の底に何を仕掛けた!?」
見るからに四苦八苦の体(てい)で半身を引き上げたのは八左ヱ門の顔の三郎だった。小枝でぽんぽんと肩を叩きつつ涼しい顔の喜八郎に射るような視線を向け、今にも穴の中へ逆戻りしそうになりながら、どうにか地上にしがみついている。
「身体に絡まってぬるぬるだし、妙な臭いはするし――すごく――滑るっ」
「知りたいですか?」
喜八郎がそう答えるのに被さって、雷蔵か兵助か、三郎の足の下から「いやだあぁ」と裏返った声がした。
「知りたいですか?」
「……遠慮する」
一瞬顔を強張らせた三郎は、人喰い鮫の口から脱出するかのような勢いで穴から転がり出た。

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