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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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異界妖号を連れて正門で清八を待つかと三木ヱ門が声をかけると、団蔵は首を振った。
「今の仕事は先輩のお手伝いです」
「あ、そ……」
ぽくぽくと馬を牽いて歩くのは否応なしに目立つ。今の文次郎が先にこちらを見つけたら、声を掛けずに回れ右されてしまうような気がした。
急に避けられるようなことをした覚えはない、んだけど。
「それより先輩」
「ん?」
ぐっと近付けてきた団蔵の目が輝いている。これは良くないしるしだぞ、と思わず身構えた。
「あの猿、何ですか?」
「……覚えてたか」
「そりゃあもう」
白っぽくて毛の長い、見たことのない姿だけど、目が大きくて猫みたいな可愛い顔をしていた。
走り過ぎた一瞬しか目にしていないはずの猿の特徴をつるつると口にする団蔵に、三木ヱ門は胡乱な顔を向けた。
「動体視力がいいんだな、お前」
「へ? え、へへへ」
「馬と意思の疎通ができるみたいだし」
「赤ん坊の頃から一緒に育ってますから」
「だから異界妖号に聞け」
「そんな無茶な」
無茶は承知だ。
それでもつい、喋ってくれるなよと思いを込めて異界妖号の顔を見ずにはいられなかった。

歩いて探すしかないのか。
医務室で待っていればいずれ戻って来るのかもしれないが、医務室には留三郎がいる。伊作が隠していた"鼻薬"を調べるという約束はひとまず完了したものの、文次郎に託した手拭い包みが三木ヱ門に返って来ていないと留三郎が知ったら、また何か面倒な事態が起こりそうだ。
「怪我人は大人しくしていてほしいな」
「潮江先輩が怪我人?」
三木ヱ門の独り言に反応して喜八郎が首を傾げる。ふくらすずめを付けて歩いているのを見た時は元気そうだったけど。
「いや、怪我をしているのは食満先輩だ。橋を架けに行った先で厄介事があったそうだ」
「ふーん。用具委員会、今月は災難だね」
「……で、こちらの災難はどうするんだ」
まさか本当に埋めはするまいなと危ぶみつつ、落とし穴を指差す。
「五年生なんだから、自力でどうにかして頂きましょ」
ただし、どうしても上れなくて降参する場合に備えてしばらく見ていると、懐から一巻きの縄を取り出して喜八郎は涼しい顔をする。そして、ひらひらと手を振った。
「だから、もう行っていいよ。馬も見つかったし」
「分かった。団蔵、清八さんはさっきの指笛で呼べないのか?」
「うーんと、教室の中で吹いたのがたぶん聞こえてると思います」
だからそのうちこの辺りに来るかもと、異界妖号の鼻面を撫でて団蔵が言う。
そしたら「2人はあっちへ行った」と清八に教えておくと喜八郎が請け合ったので、あとを頼んでようやく歩き出した。
落とし穴は沈黙したままだった。

その目を、気味が悪いほど静かになった落とし穴の方へ向ける。
「鉢屋先輩は片付いたけど、あっちはどうする?」
「どうするって、」
「埋めちゃおうか。――なんちゃって、冗談」
土を掘る真似をして、喜八郎は満更冗談でも無さそうな口調で言う。
「中で何が起きてるのかは知りたくないけど……あそこから脱出するにはどれくらい時間がかかる?」
「深さは大体、身長の二倍半くらいある」
肩車の上に肩車を乗せるか何かして三郎は出て来られたのだろうと、尺取虫のように指を動かして喜八郎が推理する。残る2人だけでは、どんな組体操を展開しても穴の縁へ手は届かない。
「けど、運良く鉤縄を持っていたらなら、すぐに上がって来られる」
つまり未だに雷蔵と兵助は穴の底ということは、即ち鉤縄を持っていなということだ。三郎が剥がして捨てたようなぬるぬるに纏わりつかれているのなら、苦無や寸鉄を持っていても、それを手掛かりにウォールクライミングをするのは難しそうだ。
それなら当分、五年生に追いかけられる心配はない……かな。
「喜八郎、潮江先輩を見かけなかったか」
俳諧、じゃなくて徘徊しているという文次郎の現在の居場所は分からない。少しの躊躇もなく首を横に振る喜八郎に、「忍雀の情報網で探せないか」と続けて聞いてみると、「すずめのブロックサインの読み取り方が分からない」と頼りない答えが返ってくる。

結局、消灯前までに宿題に協力することを約束させられた。
「あーあ。今は先輩がすずめに熱中してるから、他のことをやってても叱られなくて都合が良かったんだけどなー」
言葉の割にはそれほど残念そうにも見えない表情で、喜八郎はちょうど頭上を横切ったすずめの一群を無造作に見送る。
訓練の名目で忍雀を八左ヱ門に張り付かせて何を隠しているのか探り出す、という仙蔵の目下の「遊び心」には、全くもって興味が無いらしい。作法委員会で六年生の仙蔵に継ぐ二番手の上級生だというのにそれでいいのかと、呆れ半分に尋ねてみようとして、三木ヱ門はそれを飲み込んだ。
ぶるるる、と鼻を鳴らした異界妖号が前脚で土を掻き、長い顔を左右に振った。
「ん、分かってるけどさ。いま話し中だから、ちょっと待ってて」
異界妖号の首を撫でて、団蔵が宥めるように声を掛ける。しかしその言葉を聞いた異界妖号は少し不機嫌になった、ように見えた。
「……そう言えば、すずめはどうやって情報を報告するんだ?」
人の言葉を喋らない馬と普通に意思疎通できている様子の団蔵の姿に、基本的な疑問に思い当たる。雛鳥から人が育てたカラスは喋るようになると聞くが、いくら良く仕込まれているとは言え、すずめに口頭で報告しろと言うのは無理な話だろう。
喜八郎は両手を上げて、それをそれぞれ互い違いに、かくかくと奇妙に動かした。
「手旗……、じゃなくて、手羽信号か?」
「惜しい。何羽かでまとまって、組体操でブロックサイン」
「……一体どんな調練を……何者なんだ、立花先輩」
「特訓から逃げるのはただのすずめ。逃げないのはよく訓練されたすずめ」
すずめにとって理不尽すぎる台詞を吐いて、喜八郎はどこか物憂げな目をした。

このうえ作法委員会の面々まで「首取り名簿」に載せる必要はないだろう――と、はっきり言えないのがもどかしい。
悲観主義をここでも発揮するならば、事情を知った仙蔵が連座の憂き目にあったとして、大人しく首を洗って座しているとはとても思えない。まかり間違っていよいよとなれば、富や権力やその他諸々の強大な力を向こうに回し、あらゆる手段を弄してひと合戦ぶち上げようと計略を巡らせるのが目に見えるようだ。
「あ、そう」
なんで? と聞き返しもせず、あっさりと喜八郎が頷いた。
「じゃあ、三木ヱ門がそう言ってたって立花先輩にお伝えしておく」
「待った! できれば情報源は秘匿してもらえないか」
生物委員会から手を引けとは如何なる意図のなからしむるところかと仙蔵にじっくり尋問されるのは、殺気全開で状況を聞き出しにかかって来た留三郎とは別方向で、怖い。
「注文が多いなぁ。それなら適当に理由を考えとくから、滝夜叉丸に内緒でちょっと宿題を手伝ってよ」
結構面倒臭い宿題だからやっつけるのが骨だし、他の組の生徒が手伝ったと知ったら滝夜叉丸が「い組の矜持」がどうこう言い出してうるさいから、と、くるくる小枝を回しながら喜八郎が言う。
「だから穴を掘っていないでさっさと宿題にかかれって言ったのに」
「喋っちゃおうかなー。喋っちゃうよー。いいのかなー」
「……このやろう」
お前の首を救ってやるためなのだぞと胸倉をつかんで振り回したい衝動をこらえ、人間の限界聴力ギリギリまで落とした声で三木ヱ門が呟くと、団蔵がびくっとした。

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