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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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ぶつぶつ呟きながら東西南北を確かめようとしていた留三郎は、その途中で首を捻り傾いた頭をとんとんと叩いた。
「そんなことをしては、怪我に障りますよ」
「俺の中のジャイロがずれたらしい……」
「叩くと直るんですか。それで方向音痴が治るなら左門にも試します」
その時、異界妖号に頭をかじられていた団蔵がはたと目を覚ました。結い上げた髪の房をもしゃもしゃと食む異界妖号の顎を苦労してこじ開け、べとべとになった髪を撫で付けつつ、まだ少々ふらつく視線を三木ヱ門に向ける。
「たぶら……、田村先輩」
「誰がインドの太鼓だ?」
「……混ざっちゃった。田村先輩が他の五年生や六年生と仲良くしてるのが、潮江先輩には田村先輩がたぶらかされてるように見えて、それが面白く無いんだ、と僕と左吉は思いました」
「作文か」
それも一文の間に朱墨の修正がびっしり入るような。
三木ヱ門が苦い顔をすると、耳の上の辺りをこつこつ叩いていた留三郎が不意に笑い出した。
「そうか、妬いてる自覚はあるけどそれを認めるのが嫌なんだなあの馬鹿……あああ、やっぱり笑うと痛ってぇ!」
「メモリの辺りも叩いておいた方が良いのでは」
「まあ、そういじめるなよ。しかしこいつぁ面白い事になった」
声を出して笑うのはやめたが、悪い顔をしてニヤニヤする。
三木ヱ門は目を半眼にした。
「私は医務室に戻られるのをお勧めしますが、今から長屋へ向かわれますか」
「ああ。戻るのが遅かれ早かれ、伊作に叱られるのは間違いないし」
「……団蔵、異界妖号と一緒に食満先輩を長屋までお連れして差し上げろ」
今の先輩の方向認識力は左門以下だから、と三木ヱ門が言うと、異界妖号が歯を剥き出してブフンと鼻を鳴らした。
「情けない仕儀だが、しばらく俺が戦力外になるから今後のことを作兵衛と相談しようと思ってな。小平太がぶち抜いた長屋の廊下の様子も確認しておきたいし」
包帯まみれの自分を指し、その割にはけろっとして留三郎が言う。
三木ヱ門は眉をひそめた。
「では、医務室から長屋へ行かれる途中なのですね?」
「そう」
留三郎が子供のようにこっくりと頷く。三木ヱ門は寄せた眉の間がきりきりしてくるのを感じた。
「――長屋は向こうです。この地点からきっかり90度、ずれてます」
右腕をまっすぐ真横に伸ばして遠くを指差す。
首をねじり、その方向を見遣った留三郎は、「うえ?」と戸惑った声を漏らした。
「……ここ、どこだ」
「このまま進めば倉庫、戻れば庭と校舎、左は焔硝蔵で、先輩は我々の右後方からおいでになりました」
「て事は……医務室を出て、なんで迂回してるんだ、俺は?」
「私に聞かれましても」
「あれぇ?」
きょろきょろと辺りを見回しながら、周囲の様子を初めて気に留めたらしい留三郎はしきりに訝しがっている。その顔色をつくづく見れば、包帯の色と相まって紅白だんだらの様相だ。
強張った眉間を揉んで、三木ヱ門は嘆息した。
方角を誤って進路がずれたのに気付かないまま進んだのか、頭では長屋へ行くつもりで無意識に倉庫へ足が向いたのかは知らないが、ひとつだけ確かなことはある。
今日はもう駄目だこの人。

もっとも、それらしく見える状況だった「だけ」ってことは奴も分かってるんだろうけど、と笑いじゃっくりをしながら留三郎が言う。
「それでも、もともと面白くねぇ気分でいる所に持って来てそれだからな。今頃は感情の遣り場に困ってるだろうよ」
「感情、とは」
「色々ひっくるめて"焼きもち"だな」
「……はぁ」
したり顔で留三郎が言った言葉で急速に意気がしぼんで、三木ヱ門は気の抜けた声を出した。
どうして皆、揃いもそろって同じことを言うんだ?
傍から見れば、会計委員会を切り回す委員長とその補佐役の上級生筆頭、と一括りにまとめたくなるかもしれないけれど、実際はそんな大層なものじゃない。せめて委員長の邪魔をしないように努め、できることならちょっとばかりの助力になりたいと精一杯な、力不足の四年生だ。
いや勿論、潜在能力はあるつもりだし、それを目覚めさせる努力は怠っていないと自負がある。
ただ、現在のところでは、委員長の右腕と呼ばれる立場を当然のものと受け止めるには役者不足だと自覚している。
即ち、文次郎にとって、田村三木ヱ門という後輩の存在は結構軽いのだろう――と思う。だからヘコむ、と言うわけではなく、いつかは今より重くなりたいと希う動機付けになっているのだが。
……このあたりの思考を他人に説明するのは難しい。それに、なんだか恥ずかしい。
「とにかく私は、食満先輩にたぶらかされてもいないし、竹谷先輩とも話をしていただけ、ということです」
「強引にまとめたな」
「それよりも、先輩は医務室を抜け出して何をなさるおつもりです?」

「何言ってんの!? ほんと何言ってんのお前!?」
「簡単な言葉にしましたあああぁぁ目が回るううぅ」
「その挙句が剛速球で大暴投のビーンボールだ馬鹿ぁあ!」
「……、……、……痛てぇ……く、くくっ……」
「怪我を押してまで爆笑しないで下さい食満先輩!!」
団蔵の頭を掴み上げて振り回しながら、三木ヱ門はその場にへたり込んで寿命寸前の蝉のように引きつっている留三郎に怒鳴った。
笑い過ぎて息絶え絶えの留三郎は三木ヱ門の狼藉を止めようとする意志はあるようだが、口から出る声は全て吹きそこねの笛の音になって意味を成さない。辛うじて手だけ伸ばし、三木ヱ門の袴を掴んでくいくいと引く。
「……あー、はぁ……ひひ、耳年増って怖ぇなぁ。田村ー、大丈夫だ、分かってっから」
「何をどのように!?」
「竹谷と断袖のなんとやらがあったとは思わねえよ。誤解と語弊があんだろ」
うちの一年坊主たちもよくやらかす、と留三郎が目をこする。窒息する勢いで笑い転げたせいかそのために怪我が痛むのか、目尻からこぼれるほど涙が滲んでいる。
くらくらと頭の周りに星を飛ばしている団蔵を異界妖号に預けて、三木ヱ門は留三郎の正面にきちっと正座した。
「確かにそれらしく見えるような状況ではありましたが断じて何もありません!」
「俺に宣言してどうすんだ、それを。あの馬鹿に言ってやれ」


「え……いや、それって、どういうことでしょう」
真顔で首をひねる三木ヱ門に、今度は留三郎が目を丸くする。
「……本気でそれを言ってるならお前こそ朴念仁だぞ」
「えーと……何人かにそれらしいことは言われましたけど……しかし、そんなことある筈が」
「田村先輩。ヤゴの時もです」
蹴鞠の儀式を観覧する見物人のように上級生たちの間で大人しく首を左右へ振り向けていた団蔵が、唐突に口を挟んだ。
「トンボの幼虫がどうかしたのか」
訝しげに留三郎が尋ねる。団蔵は「そうではないです」とぶんぶん首を振り、三木ヱ門に顔を向けた。
「一年生の僕と左吉でも、これはアレだなってなんとなく分かりました」
「アレってなんだよ」
「だって、潮江先輩が見ちゃったから――水練池の端で竹谷先輩と、とこ」
「止まれ!!」
団蔵の頭を両手でがっきり掴んで三木ヱ門が凄むと、団蔵はほとんど反射のように即座に両手を挙げた。その頭を手の中でぎりぎりと揉み転がしながら低い声を出す。
「……言葉は……選べ……」
「はひー」
「なんだか分からんが田村、下級生に乱暴はやめろ」
「あー、だいじょーぶです」
頭を絞られている当の団蔵がそう答えたので、割って入ろうとした留三郎は不承不承に手を引っこめる。そして般若のごとき表情を崩さない三木ヱ門に、やや戸惑い気味に目を向ける。
「と……じゃなくて、うーんと、ええっと、そう、そうそうそう!」
うまい言い方を思いついた顔で、団蔵が頭を押さえつける三木ヱ門の手首を掴む。
「田村先輩が、竹谷先輩と、」
「と?」
「寝かけた!」
元気に言い放ったその一言に、留三郎が凄い勢いで吹いた。

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