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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「あれ。これ、竹谷先輩の物なんですか?」
質問に質問で返す形になったが、微かに首を横に振ってみせた八左ヱ門は食い入るように飾りを見詰めたまま言葉が出ない。その顔色が潮の引くように白くなったかと思うと、喉に当てていた手を鳩尾の辺りまでずるずる滑らせて、そこをぐっと押し込んだ。
「俺のじゃないけど持ち主は知っている。それに、その金具は確かにこれの付属品だ。組紐の両端に付いてたやつだ」
びくつこうとする腹を無理矢理に据わらせたらしい。いつもと同じ明朗な声で喋り出し、三木ヱ門がつまんでいる金の蟹鐶を指差す。
「それじゃ、揃えて返せるんですね。良かった」
「ああ、良かった。本当に良かった」
いやに感慨深そうに繰り返す八左ヱ門を、文次郎が怪訝そうに見る。
その視線に八左ヱ門は苦笑いを返した。どこか開き直ったように見える、しかし何に対して居直ったのか分からない、そんな不思議な笑みだ。
「持ち主はあの小猿です。先輩がそれを持っていたから、怒って取り返そうとして噛み付いたんでしょう」
殊更に声をひそめるでもなくするりと言う。対照的に、三木ヱ門と文次郎は仰け反るほど驚いた。
「これが猿の? 猿って……、だって、猿だろ」
どうして動物がこんな贅沢な飾り物を、と爪の先で飾りをつつき文次郎が呆れ顔をする。
「首輪です。首飾り、と言ったほうが合っているかもしれませんが」
「こんなものが買えるような予算は出してねえぞ」
「あの猿は一時的な預かり物なんです。元々の飼い主が趣味で付けてやったんでしょう」
八左ヱ門はためらいなくそう口にして、自分もそっと組紐の端に触れる。
自分を一瞥もしないことに何かの意図を感じ、話を遮らねばと一瞬身構えた三木ヱ門は、握った拳で軽く膝を抑えて思い止まった。


「拾い物で、何に使うのか分からない物です」
「なんだそりゃ。何でそれを用具が持っていて、お前に返すんだ」
「鹿子の中に落ちていたのを作兵衛に見せるはずだったので、預かって頂いていました。それは結局左門が解決したので不要になって、それでお返し下さったんだと思います」
「なるほど。分からん」
事実を並べて簡潔な説明をする三木ヱ門に、文次郎は真顔で言って頷いた。
その事実に付随するあれこれを全て述べ立てたら、語り終わる頃には真夜中になってしまう。面倒は省こうと、三木ヱ門は目で包みを指した。
「先輩も見て頂けますか」
「開けていいのか。――あっちには見せねえほうが良さそうだ」
「田村、それ、俺も見ていい?」
文次郎が小猿と一年生たちに背中を向けると、三木ヱ門の後ろから這い出した八左ヱ門もそれに並び、壁を作りつつ尋ねた。
「どうぞ。と言うか、お願いします。持ち主が分からなくて往生してるんです。たぶんこれと対になるんだと思うんですが」
手甲の下から金無垢の金具を取り出し、手のひらに載せて掲げて見せると、八左ヱ門の目が丸くなった。
「それ――」
「うわ、すげえなこれ。真珠と玉と、漆に螺鈿……、組紐は絹糸か」
手拭いの中にちんまり収まっていた飾りを指先で摘み上げようとして、思い直したようにその手を引っ込め、ためつすがめつ観察して文次郎が嘆息する。派手な柄の中に紛れそうに小さなそれを覗き込んで、八左ヱ門はもう一段階、目を大きくした。
「タカ丸さんが言うには、若い女性向けの意匠だそうなんですが……生徒の持ち物にしては高価過ぎる、とも。先輩方は、見覚えはありますか」
「俺はない。綺麗だが、確かに使い道が分からねえな」
三木ヱ門の問い掛けに、文次郎は即座に首を振る。
しかし八左ヱ門は喉を押さえて息が止まったような顔をした。そして、何事かと涙で霞む目を向けた三木ヱ門に、囁くような声で尋ねた。
「……なんで、ここにあるんだ?」

「申し訳ありません――でも、泣きたくはないんです。すぐ止めます」
咽び泣きや号泣ではなく、滂沱の涙を流しながらごく普通に口をきく三木ヱ門の手に、文次郎は地面に置いていた破れ手拭いの土を払って押し付けた。
「だから無理に収めるなってんだよ。意思に関係なく涙が出るなら、それより下の所で何か凝(こご)ってるんだろう。とにかく拭け。酷え有様だ」
あとで腫れるからこするなと言われたので、とんとんと軽く叩くようにして目元を拭いてみると、手拭いはたちまちぐっしょり濡れた。どうせ自分のものなんだからと、ついでにチンと鼻もかむ。
身の置き所が無さそうにあちこちへ視線をうろつかせていた文次郎は、ふと何かを思い出した様子で袖の中に手を引っ込め、それをすっと抜き出すと少し身を乗り出した。
「そのままでいい、喋れるか」
「はひ」
鼻声になった。
「もう一回、鼻かんどけ。……この包みなんだが」
「ふふみ?」
タカ丸に借りた派手な手拭いをくるりと丸めたものが文次郎の手のひらに乗っている。
文次郎は小猿の方をちらっと窺い、興味津々の一年生達が一緒に目に入って、慌てて顔を逸らした。
「懐に突っ込んであったのを取り出したとき、畳んだ所が緩んでちょっと中が見えた」
瞬間、頭上から小猿が飛び掛かって来た。
その動きの鋭さは、追手から逃げる最中に目の前にあったものへ無我夢中で飛び移ったのではない、攻撃的な意図を感じた。
「猿の意図がお分かりになるんですか……」
「犬だってしばらく観察してりゃ機嫌が良いか悪いかくらい分かる。って本題はそこじゃねえ。実際、あの小さいのは噛み付いてきやがった」
木の下にたまたま立っていただけで、猿をいじめたことはない。それなのに牙を剥かれたのは、この包みを俺が持っているのが気に入らなかったからのような気がする。
「しかし、興味があるのは手拭いのほうじゃないだろう。これの中身は何なんだ?」

「あ」
「あれ」
小猿までいつの間にか鳴くのをやめて大人しく傍観に徹していた一団がざわざわと騒ぎ始めた。
まっすぐ顔を上げたまましゃくり上げもせずに両目から滝のような涙を流す三木ヱ門と、中途半端な位置に手を上げたまま固まった文次郎に代わる代わる目を向け、この光景は見間違いではないと、お互いの表情から確認する。
首をかしげた三治郎が最初に言った。
「やっぱり泣いてる」
「泣いてるね」
孫次郎が頷き、ぴいと鳴いた小猿を撫でた一平が眉尻を下げる。
「泣いちゃった」
「泣かしたんだ」
虎若の一言が聞こえた文次郎がびくりと肩を揺らした。傾けた桶からこぼれ出る水のように次から次へとあふれる涙を拭うことも思い付かず、ただ頬から顎から雫が滴り落ちるほど水浸しにしている三木ヱ門に、いくらか早口になって尋ねる。
「何が悲しい。それともどこか痛いのか」
「いえ――悲しくないし、痛くないんですが――目が急に、じーんとして」
三木ヱ門の答えに、文次郎が訝しそうな、困ったような顔をする。
しかし三木ヱ門は本当に、勝手に堰が切れた自分の涙腺に戸惑っていた。鼻の奥がつんとすることもないし喉の真ん中が絞られるように痛くもないし、何より、問い掛けに答えた声がまったく湿っていないのが、悲しくて泣いているのではない証拠だ。
「俺のせいか」
ひょいと三木ヱ門の後ろを見た文次郎が小声で言う。
それを受けた八左ヱ門の反応は三木ヱ門には見えなかったが、文次郎は少し鼻白んだ面持ちをした。あー、と唸って乱暴に頭を掻き、片足胡座で立てていた方の膝も倒して、きょとんとする三木ヱ門をすくうように見た。
「気が晴れるまで泣け。流しつくしちまえ。それまで待つ」
「さっき、意味がないと言ったな。真意を問い質しはしない。だが、お前がひとりで全部抱え込むのは越権行為だ。それは許さん」
「……だって、」
「だあああっても蜂の頭もあるか!」
まだ呼吸がおぼつかない三木ヱ門がようやくのことでたどたどしく抗弁しようとすると、文次郎は不意にくわっと目を剥いた。強いて低く抑えていた語調を振り捨て、いつもの調子で一息にまくし立てる。
「お前のことだから、喋らないと言い張るのも何か考えがあっての事だろうさ。だけどなぁ、色々と蚊帳の外に置かれてるのは甘受するが、何も知らねえからと言ってお前がそんな面をしてるのを平気で見ていられる訳がねえだろうが。口は割らないわ事情は分からねぇわで苛々するくらいなら、いっそ丸ごと抱えてやらぁ!」
「ツラ……」
三木ヱ門は思わず自分の頬を両手でぺたりと押さえた。
精々きりっとした表情を作っていたつもりだった。が、一体どんな顔をしていたのだろう。
累が及ぶのを避けたくて文次郎には小猿の件は伝えないと決めた。
厄介に巻き込まれたという思いは勿論強いが、自分が盾になって委員長を守るのだという覚悟をどこか誇らしく感じる気持ちもどこかにあり、それは言い換えれば「自分だって役に立つのだ」と思いたい意地でもある。
しかしその意地もろとも委員長は背負うと言う。
詳しいことは何ひとつ知らないのに、そんなの知ったことかと、肩にのしかかっていた重荷を無造作にもぎ取ってしまった。「そんな面」を見ていられないから、と。
そして肩は、確かに軽くなった。
頬を押した両手に伝わる感触が変わったのを感じたその時、突然、ぱらぱらと生温いものが指先に降りかかった。
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