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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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――嘘を吐いてはいない。肝心なことを話していないだけだ。詭弁だけれど。
それでも文次郎は、何か隠し立てをしているのは明らかな八左ヱ門の襟髪を引きずって医務室へ拉致しようとはしない。
勿論そうして欲しいわけではない。しかし、なぜしないのかが不思議だ。まさか八左ヱ門の代わりに自分が締め上げられるのか、と思い当たって、何もない所で転びそうになった。
「わたたっ」
「危ねぇ」
変な声を上げてばたついた三木ヱ門をひょいと押し返し、「前を見て歩け」と軽い調子で注意する文次郎には、池の端で感じたような刺々しい緊張感はない。かと言って機嫌が良いようでもないがこれはいつものことで、小猿をひと撫でするのを諦めきれない左吉の相手をしつつすたすたと歩いている。
僕の意地や虚勢ぐるみ抱える、と決めたから、もう苛々しない……のかな。
……と思うのは自惚れか。それとも、甘えかな。ことここに至るまで散々悩んだり葛藤したり面倒な目に遭ったりで、何もかもぶん投げたくなったりしたけど、それも全部引き受けると啖呵を切られてすーっと気持ちが軽くなったのは、こんな話を一人で抱え込むのは辛いと心の底では覚悟しきれていなかったからで……やっぱり、甘えか?
情けないな。みっともない泣き方もしちゃったし。
「篭手を付けた上から皮手袋をはめたら、もし噛まれても危なくないですよね!」
「そんな重装備の手で触って楽しいか? 毛並みも何も分からないだろ」
「ふぐう……手段に拘泥して目的が疎かに……」
「……そこまでして撫でたいか。お前でその様子じゃ、あの場に団蔵がいたらと思うと怖ええな。そういや団蔵はどこ行った?」
ひょいと振り返った文次郎は、いやに悲壮な顔つきで足を動かしている三木ヱ門を見て、少しの間固まった。


「山田利吉です。最近学園に寄るたびに土井先生が熱心にお祓いを勧めてきます。肩の後ろになにかいるのかひょっとして」

「夢十夜」第九話掲載しました。
山奥に遺棄された建物跡に なにかがいないわけがない。


<<追記/10.08/22:40>>
書いて消して書いて消しての繰り返しで何だか文章がよろけてるので、次作掲載までに適宜修正入れます…。
若干スプラッタ(要反転)表現があるので閲覧注意付けしました。

生物委員会は網でぐるぐる巻きにした小猿を神輿のように担いで退散した。
その前にこれだけ騒いだんだからひと目なりと拝ませろと文次郎が要求すると、「網から出さずに二間(約3.6m)離れて」との条件付きで、八左ヱ門はこっそり二人に小猿を見せた。
猿と教えられれば猿に、栗鼠だと誰かが言えば栗鼠に、ちょっと変わった猫かと思えば猫に見える、奇妙な姿形をした小猿は、取り返した飾りを真剣そうな顔つきで両手に抱え持ちながら、大人しく捕まっていた。興味深そうに自分を観察している人間を逆に眺め返し、大口を開けてあくびをした口の中には、小粒ながら鋭く尖った歯が並んでいるのが見えた。
「あれに噛まれたらうなじが削げてたな」
医務室へ向かって歩きながら、今更ながら首筋をさすって文次郎がこぼす。
「変な猿でしたね。あんなの見たことない。可愛かったけど」
撫でてみたいとうずうずする手を、虎若と三治郎と孫次郎の三人がかりで押さえ込まれた左吉が、まだ名残惜しそうにちょっと後ろを振り返る。
「檻に戻したら、また見に行っていいかなあ。ちょっとくらい触ってみたいな」
「預かり物だっつってたからな。部外者があんまり構うのは良くねえだろ。それに異国から持ち込んだ動物なら、未知の怖い病気を持っているかも知れんぞ」
脅すようなことを言って左吉を震え上がらせる文次郎の横、少し下がった位置に付いて歩きながら、三木ヱ門は黙っていた。
飼育小屋に引き上げて大至急檻の補強にかかる、と生物委員会が立ち去ったあと、それを見送った文次郎は「嘘を言いやがって」とぼそりと呟いた。
独り言だったらしい。
どきっとした三木ヱ門がさり気なく横顔を窺うと、生物委員たちの背中を見ている文次郎の表情は怒ってはいなかった。

豪華な首輪を小猿に与えたのが誰なのかは知らないけれど――と考えて、三木ヱ門はちょっと両手で左右の肘をさすった。
そのものの値段自体が高いのは勿論、「どこそこの誰々が珍しい猿のために大枚をはたいて特別に誂えた」という付加要素付きの逸品を紛失していたら、弁償は……金銭で済むものだろうか。誰のせいでもない、他でもない猿自身がどこかで落としてしまったという事実は、この場合関係ない。重要なのは、愛玩物のために金と手間を掛けることを惜しまないと世間に宣伝したい、「えらいひと」の体面とやらだ。
……もしかしてこの首、結構、風前の灯火だった?
ゾワッと来た。
「なんだ。寒いのか」
一瞬で三木ヱ門の腕に浮いた鳥肌を見て文次郎が言う。手に持っていた手拭いを慌てて顔に押し付けて鼻をかむ振りをしながら、はい少し、と頷いた。
八左ヱ門は山の中で木下から小猿を受け取った時点で首輪がなくなっていることに気付き、その事が引き起こすだろう事態を承知していたはずだ。それをおくびにも出さないで、小猿の確保を最優先に奔走したのは、深い事情を知らない一年生たちを動揺させない為――だろうか。
常に何かに慌てているような気がしていたが、その実、結構な胆力だ。
八左ヱ門はしっかり合わせた両手を目の高さに上げ、拝むように軽く揺すった。
「首輪が返って来たから、これでもう逃げないといいんですが……檻の鍵を替えて、三重くらい掛けたほうがいいな」
「そんなに大事なもんならしっかり閉じ込めとけ。――で、俺らは医務室だ」
泥を払って立ち上がった文次郎が、三木ヱ門の手首を取って無造作に引っ張り上げた。
「あそこなら暖かいし、――訊問が待ってる」

「どんな酔狂だよ。……それなら、これは竹谷に渡せばいいのか?」
三木ヱ門と八左ヱ門の両方に文次郎が尋ね、2人同時に首肯した。
「お預かりします。ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「手拭いはタカ丸さんからの借り物です。そちらは私が」
「ん」
文次郎は八左ヱ門が差し出した手のひらに慎重な手付きで飾りを移すと、手拭いの方はきちんと角を合せて畳んで、三木ヱ門に差し出した。そのついでのように三木ヱ門の目を覗き、「止まったな」とぶっきらぼうに言った。
言われてみれば、涙腺に押し寄せた大波は知らないうちに落ち着いている。
塩気でぺたぺたする頬を袖で拭ってぺこりと頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしました」
「別に迷惑じゃねえ」
そう言って文次郎は、その金輪も返してやれと顎で三木ヱ門の手元を指す。
受け取った金の蟹鐶と、玉の飾りを並べて載せた手をしっかりと握って、八左ヱ門はいかにも安堵した様子で深呼吸をした。
「はーあ……。弁償する羽目にならなくて良かった」
「あの猿が脱走したのは、もしかしてそれを探す為だったんじゃないか」
一平に抱えられたままでまた鳴き始めた小猿を肩越しに振り返り、文次郎が言う。そうかも知れないと八左ヱ門が頷き、右手の上に左手で蓋をしたのを掲げてみせると、一年生たちは控えめにどよめいた。


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