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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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――黙。

巨大なその一文字が三人の真ん中に出現して居座った。
無言の空間を梢が風にさざめく音がさやさやと埋める。
音を遮断されるついでに頭も固定されている左吉は目だけ動かして先輩たちの様子を窺おうとするが、ぽかんとした三木ヱ門が見えるばかりで背後の文次郎がどんな顔をしているのか分からず、やきもきしたように足踏みしている。
軽い羽音がした。
左下から右上へ飛び去って行ったその音ではっと我に返り、三木ヱ門は忙しく瞬きをした。
「あの、今のは、」
「言うな、聞き返すな、二度は言わん」
大上段からの拝み打ちに似た勢いで文次郎は三木ヱ門の問い掛けを阻止した。
今日の放課後、最初に会った時のようにきつく眉間を狭めている。漆喰のように塗られていた白粉は既に落としているし、目の周りと唇に引いていた緋色も消えている。なのに、文次郎の目元はうっすら赤らんで見える。
……と言うことは、これは不機嫌なのじゃなくて、決まり悪さが極まった時の表情なのか。
……つまり、今の台詞はそれほど口に出すのが照れくさかったのか。
……信用して、頼りにしてくださって、そして、
……「面白くねえ」って?
「わあー……」
ゆるゆると浸透してきた言葉は頭ではなく胸に響いた。そう言えばさっき強く叩かれた。それとは多分関係ない。関係ないけど。

本当に焼きもちだったよ!

叫びたいような噛み締めたいような気持ちで三木ヱ門は胸を抑えた。
目に映る極上の苦虫を噛み締めて味わっているような表情の文次郎と、耳に入ってきた言葉がうまく連結しなかった。
「ええと……、……、はい?」
小首を傾げて三木ヱ門が困り顔をすると、言葉に詰まった文次郎が「むぐ」と唸った。
「先輩。先輩、潮江先輩」
首を揺らされていた左吉が、頭の上に乗せられた文次郎の右手をとんとんと叩く。秀才然とした聡明な目で六年生を見上げ、いかにもこれから重要な事を話すのだと言わんばかりに勿体をつけてから、「以前、厚木先生から伺ったお話なのですが」と口を開いた。
「お釈迦さまが八万人の前で説法をしている途中に黙って珍しい花をかざしてみせた時、その意味が分かったのはただ一人だけで、その人には言葉無しに意思が伝わったから正法を授けた、と」
「拈華微笑……だったっけ。金波羅華の話か?」
あまり自信がなさそうに文次郎が呟く。
細部の記憶は曖昧なのか、左吉も同じく心もとなさそうな顔で頭を掻いた。
「こんばらか、とか、こんぱらか、って言葉も出て来たと思います。で、厚木先生が仰るには、特別鋭いひとりに以心伝心したからと言って、残りの七万九千九百九十九人は"仏法の道に見込みなし"と言うわけではない、教師としてはむしろそちらの方にこそ分かり易い言葉と誠意を以て正しい法を伝える努力をするべきだと思う、というお話で」
一年生とくの一教室の合同授業の時、一を聞いて十を忘れる一年は組の生徒を安藤がからかい、嫌そうな顔をするは組の担任たちに「その点い組は実に察しが良くて」と続けようとした所へ厚木が横から茶々を入れたのだそうだ。
話の腰を折られて安藤が絶句すると、一緒に聞いていた山本も厚木の話に乗った。
「その話をくの一教室流に表すと、"察してちゃんは面倒臭い"と言うのだそうです」
曖昧な言葉やはっきりしない態度から真意を汲み取って欲しいと期待されても――、ねえ?
「ですから、伝えたいことがおありなら明瞭な言葉で……わあ!」
六年生相手に説教を始めようかという勢いだった左吉の耳を、文次郎が両手で塞いだ。
そしてゆらりともたげた顔は、依然としてしかめっ面だった。
「……聞け」
「は……、はい」
地の底から響くような声に気圧されて、三木ヱ門はがくがく頷いた。
「俺は田村を信用してるし、頼りにしている」
「へ」
「――から、知らんうちに他の委員会の五・六年とつるんでるのを見るのは面白くねえ」


「お前がどこで何をして来たのか、正直、気にならねぇ訳じゃない」
そこまで言って文次郎はなぜか少し目を逸らし、口の中で何か呟いた。
もの問いたげな顔をした三木ヱ門を横目で睨む。そして、"渋々"とはこういうものだと見本になりそうなくらい渋々と、
「正確に言やぁ、"気にしねぇ訳じゃない"」
と早口に言った。
「気に――?」
「それでも」
オウム返ししようとした三木ヱ門をやや語気を強めて遮り、右手で左吉の頭をぐらぐらさせながら、そしてやっぱり視線は明後日の方に逸れたまま、一気にぶちまける。
「お前があれやこれや解決しようとしてガンバッて駆け回っていたことぐらい分かる。んでその中にどうしても伏せなきゃならねえ事柄があったとして、その一点を以てお前の頑張りは全部チャラか。そうじゃねえだろ。頭と体力を使って色々と調べ上げて来たことは事実だろう。お前が伏せるべきだと判断したことを俺がぐちぐち言ったらその努力を汚すことになる。それは――」
適切な言葉を探しあぐねたように、数秒、間が空いた。
口を開いて目をうろつかせる文次郎の表情が、珍しいのでなんとなく面白い。そう思って呆気にとられつつ三木ヱ門が観察していると、文次郎は一度ぐっと口をへの字に結んで、
「……俺が情けない」
と低い声を押し出した。

知っているけど喋りません、と貝になったのを当てこすられたような気になって、三木ヱ門は二の句に迷った。
持って回った嫌味を言う人物ではないからこれは被害妄想だ。
つまり文次郎に隠し事をした上、それを追及しないと言われて安堵したことが、思っている以上に後ろめたいのだ。
「……あのなぁ」
あー、えー、と口を濁しながら落ち着きなく目を泳がせる三木ヱ門に、文次郎が溜息をついた。
「俺は信用がないのか?」
「ひぇ!?」
氷の塊でも吸い込んだような声が出た。三木ヱ門が慌ててぶんぶんと首を横に振ると、左吉も何故かそれに倣った。
「とんでもない。潮江先輩はとっても頼りになります」
「そうか。それはありがたい」
左吉の短い髷を掻き回すようにぐしゃぐしゃと頭のてっぺんを撫でる。そして、左吉に先を越されて所在無さ気に佇んでいる三木ヱ門を見て、文次郎は空いている方の手を上げた。
「田村も撫でてやろうか」
「えっ!? いいえ、その、私は四年生ですから、遠慮します」
皿を割るぞと脅された河童さながら、思わず頭の上を両手で隠して後ずさった。そしてすぐに、ただの軽口を強く拒絶し過ぎたかとひやりとする。
と思ったら、目の前にすっと文次郎の手が伸びた。
「痛っ」
指先で強く額を弾かれた。
「だよな。お前を撫でるのは何か違う」
「……だからでこピンですか?」
「いや、すまん。それはノリだ」
ひりつく額をさする三木ヱ門に軽く謝って、しかしな、と文次郎は続ける。

「……はい、何でしょう? すいません、ぼんやりしてました」
足を止めて訝しげに自分を見ている文次郎が目に入って、三木ヱ門は慌てて頭を下げた。
「いや、いいけどよ。ぼーっとしてコケるなよ」
「気を付けます」
「それと、もう少し前へ出ろ」
左吉がいるのと反対側の左手で文次郎が手招きする。おっかなびっくりの体で三木ヱ門が横に並ぶと、「別に噛み付きやしねえ」と苦笑いした。
「収支報告書の件で分かったことを、今のうちに教えてくれ。先にはきり丸がいたから聞けなかった」
「きり丸が? ――ああ」
焔硝蔵で兵助に煙にまかれて、その後の行き先を見失っていた時のことだ。いかにも秘密めかしてきり丸がチーム牡羊座とか言い出したものだから、留三郎と何をやっているのかと文次郎に問い質されて、答えに窮して「内緒です」なんて下手を打ったのだっけ。
歩きながら報告と言っても、掴んだ情報が頭の中でごちゃごちゃと絡まり合っていてどこから話したものか迷う。
考えをまとめようと、口を閉じて、軽く眉間にしわを寄せて顎を引く。
「話せることだけでいい」
深刻そうな表情になった三木ヱ門に向かって、文次郎はそう付け加えた。

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