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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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屋外で発生した怪我人や病人をすぐに運び込めるよう、医務室は校庭に面した位置に間口を大きく取った引き違い戸が設えてある。
その出入口の前には、いざという時には何人かまとめて寝かせておけるくらい幅の広い廊下がある。
今がその「いざ」って時か?
「野戦病院か、ここは」
うずくまって座っていたり横になって丸まっていたり、吹きさらしの廊下にわだかまる人の群れを見た文次郎が呆気に取られて呟く。学園のあちこちを右往左往している間にひょっとして敵の襲撃でもあったのかと身構えた三木ヱ門は、その割には誰も怠そうなだけでケガひとつない、と気付いてたちまち緊張が解けた。
「おや、三木ヱ門だ」
廊下の端に腰掛けて足をぶらぶらさせていた喜八郎が同級生の姿を見つけて手を振る。そのすぐ隣で膝を抱えているのは勘右衛門で、以前に見た時よりも随分と不景気な顔つきでどんより縮こまり、腫れぼったい目をしばしばさせている。
隣り合っているが、連れではないらしい。ぽんと立ち上がった喜八郎は、勘右衛門に断るでもなくてくてく三木ヱ門に近付いて来ると、「まだ宿題ができないよ」と不満そうに頬をふくらませた。
「やる気はあるのに状況が邪魔をするんだ」
「この死屍累々は何事?」
「みんな風邪っぽいね。鼻と喉に来るやつが急に流行って、」
言われてみれば、誰かがくしゃみをしたり咳をしたりする音はひっきりなしに聞こえるが、これだけ人数がいるのに話し声は全くしない。喉が枯れて声を出すのも億劫でひたすら押し黙っているのだ。
「医務室にいい"鼻の薬"があるって噂を頼りに、集まってきたみたい」
「……」
喜八郎の言葉に三木ヱ門が横目で左吉を見ると、左吉はにーっと口を横に広げてみせた。
「お前は元気そうだな」
「あ、潮江先輩。すずめ逃げちゃったんですか」
横から声を掛けた文次郎に喜八郎が妙なことを言う。

「……何だったんだ今の。一年担当の教生が、五年の不破に何の用なんだ?」
三木ヱ門の手元に残った書状と、たった今まで北石が立っていた場所を不審そうに見比べて、文次郎が首をひねる。そう言われたところで三木ヱ門にも思い当たるふしはなく、一緒になって頭を傾ける。
「まさか不破先輩が天賦忍者協会に仕事を依頼した訳はないでしょうし……、ん?」
どこからか場違いに甘い匂いがする――と思ってくんくんと辺りを嗅ぐと、左吉が目を白黒させながら一生懸命になって口を動かしている。三木ヱ門がきょとんとして見ているのに気付いた左吉は頭を大きく上下させて口の中のものを無理やり飲み下し、胸を叩いて咳き込んだ。
「ああ、喉に詰まるかと思った……すみません。お饅頭が飛んで来ました」
「ピンポイントでか」
さすが実戦経験豊富で優秀なくの一、と感心するべきか。饅頭を投擲する実戦場面がそうそうあるとも思えないが。
「今の北石先生って、実習で五年生の授業も持ったのか?」
文次郎が尋ねると、左吉はけふんともうひとつ咳をしてから、首を横に振った。
「していない筈です。あの時は小松田さんの暗殺騒動があって、まともな授業もできなかったくらいですから」
「ふーん……なら、個人的な用か? 分かんねえな」
納得した様子はないものの詮索するつもりも無いようで、ついでに強制的に中断された三木ヱ門との歯の浮くような応酬も再開する気は無いのか、さっさと医務室へ行くぞと言って文次郎が歩き出す。
それについて行こうとする左吉に、三木ヱ門はこそっと話し掛けた。
「今の、順番が逆だったぞ」
「逆……、何の順番ですか?」
「人を引き会わせる時は身内から先に紹介するんだよ。今の場合なら生徒の潮江先輩が先で、部外者の北石先生が後」
「えっ、そうなんですか? しまった……」
「いま覚えればいい」
ぎゅっと顔をしかめる左吉の頭をぽんと叩き、三木ヱ門が急いで文次郎に追いつくと、文次郎の口元は何故か小さく笑っていた。

「そ。行き違っちゃったのよね」
「私がお預かりして良いものなら、お預かりします」
そう応じながら、北石と雷蔵に一体どんな接点があるのかという疑問があからさまに顔に出た。北石は見た目よりも持ち重りのする書状を三木ヱ門の手にポンと乗せると、わざとらしく謎めいた笑い方をして、「中を見ちゃ嫌よ。絶対に本人に渡してね」と念を押した。
何とも返しようがない。
目をぱちくりさせて三木ヱ門が「はい」と答えると、北石は急につまらなそうな顔になって身を引いた。
「って言っても、別に色っぽい文(ふみ)じゃないわよ」
「……あ、そうですか」
「五年生と北石先生では年齢差がもががが」
「それに、忍術学園に仇為すものでもない、とも言っておく。内容を私が勝手に喋る訳にはいかないけど、それは確かよ。だからそう睨まないでよ」
面白くもない冗談に容赦なく突っ込もうとした左吉の口へ正確に何かを投げ込み、警戒するように北石を眺め回す文次郎に向かって、今度はやや挑発的な視線を投げた。文句があるならかかって来なさいとばかりに、北石のまとう明るく軽い雰囲気がじわりと変質する。
「不破は今時分なら図書室辺りにいるかと思いますが、お寄りにならないのですか」
丁寧な口調で刺を包んで文次郎が言う。
いいえたぶん図書室にはいらっしゃいません、と三木ヱ門は思ったが、それは言っても詮無いことだ。アナンダ2号なんちゃらの得体の知れないぬるぬるトラップから雷蔵と兵助は抜け出せただろうか。
北石はひょいと肩を竦めた。
「遠慮するわ。自分がここでは歓迎されない立場だってことくらい弁えてるもの、あんまりうろつき回るのは、ね」
そう言いながら無造作に腕を動かし、何気ない手あそびの仕草で着物の左袖をたくし上げる。ちらりと見えた肘に新しい包帯が巻いてあるのは、落とし穴に落ちた時に擦りむいたのだろう。
「だから待ち合わせ場所に来てくれないと困るのよねー。……これは独り言だからね。それじゃお使いよろしく。私は失礼するわ」
言いたいことだけ言って北石はひらひらと手を振るとそのまま踵を返し、あっという間に姿を消した。

耳慣れない若い女の声に救われた思いでそちらの方を見ると、ちょうど北石が植え込みの向こうから抜け出したところだった。
朱が差した仏頂面で突っ立っている六年生と、泣いた後の赤い目で頬を紅潮させている四年生と、六年生に頭を挟み付けられてバタバタしている一年生を不審げに見回して、至極もっともな質問をする。
「なあに、これ。どういう状況?」
「北石先生、こんにちは。お久し振りです」
北石が現れたのに気付いた左吉が、耳を塞がれたまま律儀に挨拶する。はいこんにちは、と軽く答えてから、北石は文次郎に向かって自分の耳を指差してみせた。
「何があったのか知らないけど、悪いイタズラをしたお仕置きじゃないなら、その手を離してやってくれないかしら。頭蓋骨が歪むわよ」
「え、はあ」
「ところで君、誰だっけ」
物騒なことを言われて慌てて左吉の頭から手をどけた文次郎をしげしげと見て、北石が首を傾げた。
教育実習やら何やらで関わりがあるのは一年生ばかりだから、それ以外の学年の生徒はあまり面識がないのだ。そう思い当たった三木ヱ門が、滅多にされない質問をされてさぞ面食らっているかと文次郎をそっと窺うと、こちらはこちらで「誰だこいつは」と露骨に訝しむ表情をしている。
互いに誰何し合うその雰囲気を左吉も察したらしく、北石と文次郎の間へ進み出ると、幾分気取った様子で片手を上げた。
「潮江先輩、こちらは以前に一年い組の教育実習にいらした北石照代先生です」
「どーもー。北石です」
「こちらは六年い組、会計委員会委員長の潮江文次郎先輩です」
「あら、それじゃ左吉の先輩か。君もそうね? さっき縄梯子を取って来てくれたわね」
文次郎が名乗りの挨拶をする前に北石が声を上げ、三木ヱ門の方を向いてニッと笑う。
「ちょうど良かった。一緒に落とし穴を覗いてた五年生にこれを渡しておいてくれない?」
「不破先輩……ですか?」
目の前に差し出された分厚い書状に意表を突かれ、三木ヱ門は尋ね返した。

嬉しくて面映ゆくて恥ずかしくてホッとして照れ臭くて、やっぱり嬉しい、でも、この身の置きどころのなさと言ったら。なんでもいいから何か言わないと、この場から今すぐ大声を上げて駆け出したくなりそうだ。
「私、は」
「……うん」
つっかえながら三木ヱ門が言い出すと、何を言うのかと若干警戒した様子で文次郎が軽く頷いた。
「会計委員会で、二番目に上級生です」
「うん」
「四年生の中にいると、私は鼻持ちならない自信家でいられます」
「口ばっかりじゃねえからいいだろ」
「が、委員会の中では、二番手として先輩のお役に立っているのかと、不安が自負を上回るばかりです」
「立ってるよ、十二分に」
「……ので、ので、頼りにしていると、仰って下さったのが、」
何か重みのある格好のいい言葉で締めたいのに、頭の中の引き出しは開けるそばから中身が蒸発して、その代わりに、「察してちゃんはメンドくさい」と言った時の山本の表情が見てもいないのに瞼に浮かぶ。
――えーい、どうとでもなれ。
「とてもとても、とおっても、嬉しいです!」
自棄になって直球で吐露した三木ヱ門の語勢に、文次郎が面食らったように口をぱくぱくさせる。
たぶん先輩と同じくらい自分も赤くなっているのだろうなとか、状況が分からない左吉はさぞかし気が揉めていることだろうなと、自分の中で吹き荒れるつむじ風に煽られよろめき、三木ヱ門は考えるともなく考えた。
再びの沈黙のさなか、どこからか草木をかき分ける音が近づいて来た――と思った途端、突然、あっけらかんとした声が横から割り込んだ。
「お取り込み中ごめんなさいねー」

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