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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「馬鹿なやつだ」
期せずして文次郎と伊作の声が重なった。文次郎は呆れたように、伊作は怒り顔で、衝立の後ろに隠れているカラの寝床に目を向ける。
安静にしていろという保健委員長の言いつけに背いて脱走したところで、留三郎が帰って来るのは伊作と同じ部屋なのだ。戻った途端に怒涛の叱責を浴び、手加減無しの荒療治を受ける羽目になるのは火を見るよりも明らかだ。
「今晩は足腰立たなくしてやる」
ぼそっと言い捨てた伊作の低い声を聞きつけたらしい乱太郎が、汗だくにもかかわらずぶるっと身体を震わせ、別の鍋の前で出涸らしの薬草を掬い上げていた数馬(が居ることに、三木ヱ門は初めて気付いた)は、ぽとりと杓を取り落とした。
言う人間と状況が違えば艶めいた台詞ではあるが、そんな睦言であるはずがない。
「……今の、どういう意味だ?」
それでも乱太郎に尋ねるのは気が引けて、三木ヱ門がひそひそと数馬に耳打ちすると、鍋に沈みそうになった杓を慌てて拾った数馬も声をひそめた。
「……馬が気絶するぐらい強力な睡眠薬ができちゃった、ってことで察してください」
「わーお」
「使い方を間違えたら目が覚めなくなるかも~」
小振りのお椀を山盛りに伏せたお盆を持った伏木蔵が二人の間からひょいと顔を突き出した。
「あれ? 今日は当番じゃないと言っていなかったか?」
三木ヱ門を見て「どうも、廊下振りです」とぺこりと頭を下げた伏木蔵にびっくり顔を向けると、伏木蔵は器用に引き戸の方をお盆で示した。
「あの通り門前市なので、保健委員全員に召集がかかりましたぁ」
感染力が強い風邪みたいだから、菌を持ち込まないよう患者は医務室に立入禁止にして、喉と鼻に効く薬湯を配るんですとお椀のひとつを取り上げて伏木蔵が言う。
「噂の"鼻薬"を使えばいいのに」
三木ヱ門が小声で言うと、伊作が凄い勢いで振り向いた。
が、その視線をさり気なく避けて、三木ヱ門は部屋の隅を仕切るもうひとつの衝立を目でさした。
「不破先輩と久々知先輩もいらっしゃると外で聞いたけど、あの後ろか? ちょっと話をしても大丈夫かな」
「そーですよー。でも、話せるかな。壊れてらっしゃいますけど」
首を傾げた伏木蔵が不穏なことを言う。

その途端、高湿度の熱気がどっと部屋の内から流れ出した。
真正面からそれを浴びて思わず立ちすくんだ文次郎は勿論、左右から覗き込んでいた三木ヱ門と左吉も、瞬きひとつする間もなく額と言わず首筋と言わずぷつぷつと汗が浮き上がる。まるで釜風呂か湯元にでも踏み込んだかのような暑さだ。
「あったかい……」
「しめっぽい……」
乾燥して寒い廊下に転がっていた人の群れが、漂ってきた湿気と温もりに惹かれてのそのそと戸口へ這い寄ろうとする。
が、医務室の奥から伊作の声が飛んで来た。
「薬待ちの人は入っちゃ駄目! それ以外の用の人は入ってすぐ閉めて!」
戸の敷居に手をかけようとしていた一人の手が止まる。
その隙に文次郎は三木ヱ門と左吉を掴んで室内へ放り込み、自分も素早く中へ踏み入ると、後ろ手にぴしゃりと引き戸を閉じた。
一体何が起きているのかと見れば、ありったけの火鉢に気前よく炭を熾した上に更に大小の鍋釜を総動員して、ぐらぐらと大量のお湯を沸かしている。微かに甘苦い匂いがするのは、その鍋で薬湯を煮出しているからだ。
鍋から立ち昇る蒸気の衝立の向こう側に、伊作の姿がぼんやりと見えた。
「だれ、来たの?」
足の間に薬草を摺る大きなすり鉢を抱え込み、手を動かしながら顔も上げずに伊作が尋ねる。
一番手前の火鉢に載せた大鍋を杓(しゃく)でかき回していた乱太郎が、肘の上までまくり上げた袖で眼鏡のくもりと汗を拭いながらちらりと戸口を見て、早口に答えた。
「潮江先輩と、田村先輩と、左吉です」
擂り粉木の音がぴたりと止まる。
「……瀕死のアヒルがいねえな」
隅に寄せて置かれている衝立の内側を上から覗いた文次郎が言うと、すり鉢を抱えてのっそりと立ち上がった伊作が、「逃げたよ」と苦い顔をした。

誰を助けたのか聞くまでもない。
「出られなかったのか、不破先輩と久々知先輩……」
「頑張れば脱出できる構造にしてあるのにねー。頑張る気力がくじけたみたい」
穴の底から吊り縄で引き上げられたぬるぬるベタベタまみれの二人は精魂尽き果てた風情で、その光景は全てを投げ出したナメクジのようだったと喜八郎は言う。
ふてくされて地面に転がる人間大の軟体動物を想像してみようとして、三木ヱ門は早々に諦めた。
「怪我はしてなかったけど、すごく気分が悪そうだったから連れて来たんだ」
「そりゃそうだろうな」
「そしたら"ばっちい"って入室拒否だよ」
その得体の知れない粘着剤を表で落としてから来いと伊作に言い渡され、この寒いのに井戸端でざぶざぶと水をかぶっているうち自棄になって桶で水を掛け合い始め、全身ずぶ濡れでから笑いをし出した時点で保健委員に回収された。
滅入っているところから一気にタガが外れたとは言え、普段はごく常識的な言動をする雷蔵と兵助らしからぬ行動に、伊作の診立ては「二人ともラリってる」だった。
「今は中で大人しくなってるみたいだけど、処置が済んだら責任持って長屋へ連れて行けって言われて、僕はここで待機中。だから宿題ができない」
「ラリってるって……あのぬるぬる、何で出来てるんだよ」
「主にダークマター」
「答える気ないだろお前」
「……話がまるで分からねえが、中に不破と久々知がいるんだな?」
ぴったり閉ざされている引き戸を文次郎が指差すと、喜八郎は「いますよー」と興味がなさそうに頷いた。廊下にごろごろしている風邪っぴきたちは他人の会話に首を突っ込む元気もないのか、誰も話を聞いている気配がない。
「丁度いい。役者が揃ったじゃねえか」
不敵に笑って廊下へ飛び乗った文次郎は、胡乱げに顔を向けてくる人波を跨ぎ越え、パンと勢い良く戸を開け放った。

「タソガレドキ忍者隊忍組頭の雑渡昆奈門ですが諸泉が自分から営倉にこもって出て来ないのは反抗期ですか。替えの包帯の場所が分からなくて困る」

※営倉=軍隊で言うところの反省室のようなもの

先日県内の山間部で初雪が降りました。
さすがに例年より早かったけど、そんな時期になってようやく夏企画「夢十夜」の最終話となる第十話を掲載しました。
予想以上のかたつむり更新になってしまった企画にお付き合い頂き、ありがとうございました!

モロな描写はないけど生首(要反転)が出て来るのと、諸泉が病んでいる(要反転)ようにも読めるので、少し考えて閲覧注意付きにしました。
合言葉は陶淵明の「帰去来辞」で、役所勤めをリタイアして田舎に引っ込むおっちゃん(41歳)の心境を表した漢詩です。西暦405年の作だから著作権余裕でクリアー。


以下かたつむりになった見苦しい言い訳。
「すずめ……、ああ。ほどけちまった」
喜八郎の目線を辿り、文次郎は自分の首にするりと手を回して、首に結んだふくら雀を見られていたのかと苦笑した。
くりくりと目を動かした喜八郎が溜め息混じりに嘆く。
「勿体ないですねぇ」
「まあ……な」
「あれ三木ヱ門が作ったんでしょ?」
「喜八郎、文脈がおかしい」
三木ヱ門の方を向いて当然のように残念そうな顔をしてみせる喜八郎に、三木ヱ門は首を振りつつ指摘する。それではまるで、僕が結んだふくら雀がほどけたのが勿体ないと言っているように聞こえるじゃないか、と。
斜め後ろ下を向いた文次郎がぼそっと何か言った。
「……"あってる"?」
「おぉ!?」
上級生たちの会話に割り込まないよう後ろに控えていた左吉が、文次郎の小声を聞き止めて首をかしげた。まさかそこに一年生がいるとは思わなかったらしい文次郎は驚き、その声に驚いて飛び上がった左吉の首根っこを掴んで、ぐいと前へ押し出した。
「俺らも急患だ。急いでいる」
「左吉、元気そうですけど」
「喜八郎はなんでここにいるんだ?」
気を逸らそうとして三木ヱ門が袖を引くと、んー、と唸って暫く考えた喜八郎は、「人命救助?」と疑問形で答えた。
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