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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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図書委員会で漉き返し紙を作って売るということに話はまとまったものの、製作に慣れるまでは「丁寧に漉く」のを目標にして、手の込んだこと――色を付けるとか、押し花や押し葉をあしらってみるとか、手間と予算の掛かることはしないとも決めた。色気を出すのは安定的に大量生産できる体制が整ってから、というわけで、当面は保健委員会に落とし紙を卸すのが主になりそうな成り行きだった。
しかし高くは売れない。売る方は勿論、買う方だって予算の余裕はないのだ。
それでは「雀躍集」に費やした予算の回収にいつまでかかるか分からない。
だから思い切って、落とし紙よりも良い値で売れそうな、色を載せた紙を作ろうとした。それは約束破りだから、委員長や下級生たちには黙っていた。
脈絡なく話が逸れたり行きつ戻りつしながら、雷蔵は大筋でそんなことをくぐもった声で喋った。
「……怪我の功名でできた変わり染めの紙を切り出して懐紙にして、北石先生を通じて天賦忍者協会のくの一やそのご友人……、女の人に、試してもらった……ってことで、いいんですね?」
どうにか聞き終わった時には、三木ヱ門はひれ伏すような姿勢になってぐったりしていた。
兵助は完全に雷蔵に背中を預けて目をつぶっている。
「紅色は若い女の人向けだなー、と思ってさ。学園のくの一だとバレるし、いざ売り物にしても買い叩かれそうだし」
手頃な値段でこれこのようなきれいな懐紙が買えます、となったら、財布の中身とにらめっこしながらも持ち物に凝りたい人たちがどんな反応を見せるか。実際に使ってみて、使い心地はどうか。ここがもっとこうだったらいいのに、という意見はあるか。
北石には対象者に試作品と共に、それらの事どもを尋ねる質問表も渡してくれるよう頼んであった。そして今日、北石は回収したそれを持って学園を訪れたという訳だ。
「待ち合わせ場所に来てくれないと困る、と大きい声で独り言を仰っていましたが、これは……」
「遅れたのは北石先生だもの。いらっしゃらないから、待とうかどうしようか迷って、探しに行こうとして、つづらを見つけて」
「あ。校舎裏の渡り廊下?」
雷蔵がそこで待っていたとき北石は落とし穴の底にいたか、腕の包帯から察するに、救出されて医務室にいたかだ。とにかくそこを脱して渡り廊下へ足を向けた頃には、雷蔵は立ち去ってしまっていた。
「事情はあらまし分かりましたが……、随分と、焦ったことをなさったんですね」

"あい"という音に、咄嗟に漢字を当てられなくて、三木ヱ門は一瞬戸惑った。
その間に兵助はもたれかかっていた雷蔵の背中をぐいぐいと押し始めた。
「愛をくらえー」
「え、それですか!?」
いやいやそうじゃない、色の話をしているのだから哀や愛ではなく藍だと三木ヱ門が気付いた時には、ゆるい胡座で座っていた雷蔵は、柔軟運動をしているかのようにぺったりと上半身を伏せていた。
額ではなく胸と腹が床についているあたり、結構身体が柔らかい。
「あはは。愛が重い」
「愛こそみんなの仕事だからな!」
雷蔵の背中の上でそっくり返った兵助が自信満々に意味の分からないことを言う。
兵助を頭が良くて頼りになる委員長代理と慕う火薬委員たちにこの光景を見せてみたい、と囁く内なる自分を黙殺して、三木ヱ門は床すれすれまで頭を下げて雷蔵を覗き込んだ。
「藍色の染料がなかったんですか?」
「紅はあったのにね」
「紫のひともとゆえに武蔵野の……、詠み人知らず、のみつくされぬ」
また兵助がいらぬ口を挟む。
と思ったが、確かに藍色と紅色を合わせると紫になるから、繰り言の後半はさて置き話題に沿った発言ではある。雷蔵も平べったくなったまま「そうそう」と頷いている。
「紫にしたかったんだ」
「紙を?」
「紙を。藍がないから、紅だけ混ぜたら、むら雲染めになっちゃって」
おそらく溶かした反古紙に染料を加える時、少量ずつ馴染ませながら――ではなく、大雑把な雷蔵らしくざっくりといったのだろう。
大雑把と不器用と粗忽の違いってなんだろう。
「……それが結構、きれいでね。薄めに漉けた所を選んで、懐紙にしてみた」
他の図書委員には内緒で、ともごもご雷蔵が言う。

会話はできると左近は言ったのに、いつもなら打てば響く雷蔵も兵助も、ひとたび打つと明後日の方でカコーンと調子外れな音が鳴るかのようだ。
「あぁぁのですねえぇ」
とりあえず髪を梳くのをやめて貰おうと、頭に乗せられた雷蔵の手を捕まえて指を押し開き、両手で床の上にしっかりと抑え込んだ。
雷蔵は特に嫌がりもせずされるがままで、書状を片手にニコニコしている。
「図書委員会は反古紙で作った漉き返し紙を売って予算を補填すると、きり丸と久作から聞きましたが、その通りですか」
「そうだよー」
一語一語区切って念を押す三木ヱ門に、柳に風の風情の雷蔵がゆらりと顎を引く。
「落とし紙を作って、保健委員会がそれを買ったのは間違いありませんか」
「うん。兵助、重い」
三木ヱ門に知識の披露を遮られた上に会話の外に置かれて拗ねた――のかこれは――兵助が、雷蔵と背中合わせの位置に移動してきて、どさっと座り込むとわざと体重をかけて寄りかかって来た。
「軽いだろ、これくらい。あー、ぬくい背もたれ」
「やーだー」
「きり丸は、ゆくゆくは色々な用途の紙を作って販売しようと目論んでいましたけれど、北石先生にお渡しになった試作品というのもそのひとつですか」
これに突っ込んだらまた話が止まると思った三木ヱ門は、じゃれているのか本当に嫌がっているのか今いち分からない雷蔵に向かって、あえて質問を続けた。
「色を、」
ごりごり押し付けてくる兵助の頭を身体をよじってかわそうとしつつ、質問の答えなのか否か、雷蔵がふわふわと口を開く。
「混ぜると、別の色になるって、あるだろう」
「黄色に青を加えると緑色ができる、というような?」
「大豆と枝豆を混ぜた豆腐はうすみどり……」
「久々知先輩、その話はあとで伺います」
「でも、私は、あいがない」
そう呟いた雷蔵は、眉を下げてちょっと悲しそうな顔をした。

「質問表ですか」
「うん。何人分かお願いしててね、試作品の感想を集めて、調べて、改良して、売るんだ」
「売る……、何をお作りになったんです?」
図書委員会が反古紙で漉き返し紙を作って、保健委員会に落とし紙として売ったという話はきり丸たちから聞いている。しかし、そんなものをわざわざ部外者の北石に渡すとは思えないし、ものがものだけに若い女性に感想を聞くというのも考えづらい。
他の図書委員が知らないところで、漉き返し紙ではないものを作って売る――と言うのか。
「……ん、ふふ。髪の毛さらっさらだー。ふふふ、ふふ、いいなぁ。いいなぁ」
身構える三木ヱ門をよそに、指にくるくると三木ヱ門の髪をまとわせては梳き流して雷蔵が遊び始める。
「あの、不破先輩、改良するのは、紙ですか」
髪を引っ張られて頭をぐらぐらさせながら、三木ヱ門は真っ向から言ってみた。
もしかするとこの質問が刺激になって我に返るだろうかと危惧したが、雷蔵はへなっと首を垂らして頷いた。
「かみ、だよ。うん、改良する……したい」
「反古紙で作った漉き返し紙を、ですね」
「かみ……の毛。湿気で爆発するの、困るんだ。三木ヱ門、さらさらなの、いいな」
「……教えますから、手入れの方法、教えますから! いいの知ってますから! 大豆トリートメントとか!」
「大豆はマメ科の一年草で種子は食用になり、油や黄粉・醤油・味噌等に加工されるほか蒸して発酵させることで納豆に、破砕・加熱して得た豆乳に苦汁を加えてたんぱく質を凝固させると豆腐に――」
「久々知先輩はだぁっててください!」
滔々と語り出した兵助に向かって、思わず巻き舌になって声を荒らげた。
上級生になんて態度を、と瞬時に後悔したが、怒鳴りつけられた当の兵助は平然としているし雷蔵はまだ機嫌良さそうに三木ヱ門の髪をいじっている。
「……もー!!!」
もうホントめんどくさいこの人たち!
「これを不破先輩に渡すようにと、北石先生からお預かりしました」
「私が、何?」
「きたいし……」
自分を指さした雷蔵がニコニコと笑い、記憶の引き出しが開かなかったらしい兵助は「末法の到来を食い止める方法を示せ」とでも言われたかのような深刻な表情になって首をひねる。
三木ヱ門はふと、自分が手にしている書状に雷蔵が目を向けていることに気が付いた。
試しに軽く左右へ振ってみると雷蔵の瞳もそれを追って動く。全く目が見えていないのではなく、焦点を合わせづらいようで、三木ヱ門の手元を視線がさまよっている。
「不破先輩、私が何者かお分かりになりますか」
試しに尋ねてみると、ふらふらと揺れていた雷蔵は不意にぐっと身を乗り出して詰め寄り、手を上げて三木ヱ門の頭をぐしゃぐしゃ撫で回した。
「分かるよー。田村だよー」
「はい、そうで……」
「会計委員で、四年生で、火器マニアで、厳しくて、意地っ張りで、できる子だよ―。今日はよく泣いてる、今は泣いてないね、潮江先輩にいじめられてない?」
「……られてません」
やりづらい。
本心を韜晦した狸モードで来られるのもやりづらいが、触れた場所みなツルツル滑って途方に暮れるほど掴み所が無いのは、さらに輪をかけてやりづらい。……下手な洒落を言うつもりはないんだけど、何このふわっふわ振り。
「俺がなんだって?」
衝立の向こうから訝しそうな文次郎の声がした。
「潮江せんぱーい。田村に意地悪して泣かせては駄目ですよぉ」
三木ヱ門が言い訳をするより早く、雷蔵は実に朗らかに言い放った。
文次郎が沈黙した。くすん、と小さく吹き出したのは左吉だろうか。
「その話はいいですから! これ受け取って下さい! 大事なものですから! ね!!」
文次郎の心中を想像しないようにしながら、三木ヱ門は雷蔵の手を掴むとその中へぐいぐいと書状を押し付けた。
「お使いありがとー。えらいえらい」
かいぐりかいぐり、と唱えながら雷蔵がまた頭を撫でてくる。
ひょっとして、「強硬手段で止められるまで同じ仕草をし続ける」なんて作用の神経毒があるんだろうか。喜八郎は本当に一体何の材料であのぬるぬるを作ったんだ?
「これ、体験調査の質問表なんだー」
たとえフリでも雷蔵に殴りかかるのは気が引ける、と三木ヱ門が撫でられながら悩んでいると、書状をもてあそびながら雷蔵がさらりと言った。

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