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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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三木ヱ門の立ち上がりざまの足刀を叩きこまれた五尺ちょっとの重い衝立は、まるで突風を浴びたような唐突さで、辺りを揺るがせてずずんと床に倒れた。
睨み合う鼻先を割って横蹴りを放たれた雷蔵と兵助がぽかんとする。
衝立の向こうでお椀に薬湯を注ぎ分けていた保健委員たちも唖然として注目している。が、予備のお椀をから拭きしていた左吉はやれやれと言いたげに肩をすくめ、お盆を持って片膝立ちになっていた文次郎は面白がるような表情をした。
「失礼致しました」
ゆっくり足を下ろし、膝を折ってきっちりと座り直して、三木ヱ門は二人の五年生とその他の面々に丁寧に頭を下げた。
「ですが、先輩方の喧嘩を見せつけられるのは、下級生として悲しいです」
「……あー」
「……だよね」
三木ヱ門が真摯な顔を向けると、口々に唸って雷蔵はちらりと兵助に目をやり、兵助は顎を引いて上目遣いに雷蔵を見た。
そこから離れた所では伊作が文次郎に横目をして睨み返されている。
しかし伊作は五年生たちの刺々しいやり取りが聞こえていたらしく、三木ヱ門が医務室の備品を蹴ったことは咎めようとしない。紛糾した予算会議で火器をぶっ放すくらいだから、揉め事を止めるために多少荒っぽい手段をとるくらい予想の内、と思っているのかいないのか。
……あとで謝っておかなくちゃ。
「言い争いの内容については伺いません。――久々知先輩」
「はい」
改まって名前を呼ばれた兵助が、背中を伸ばして正座した。
「図書委員会が紙を売るという話は、ご存知ではありませんでしたか」
「知りませんでした」
「……鳥の子玉」
ぴくっと兵助の肩が揺れる。
「は、新しい買い入れ先から購入した火薬で作ったのですか」

「逆ギレやめろよ。自分がそう思ってるんだろ」
切り口上に兵助が言い、ぎゅっと唇を噛んだ雷蔵に向かって更に言い募る。
「委員長代理だからってなんでも思うままになる訳あるか。伊助も三郎次も真面目だしタカ丸さんは隠し事が苦手だ。それを説き付けるのが簡単だと思うか? それに顧問だっているんだ。土井先生に話を通すのは俺だって恐る恐るだった」
「土井先生は安藤先生と確執がある。会計委員会を欺く計画なら、顔には出せなくたって内心は喜んで乗るだろうさ。実際、乗ったんだろう?」
「それを楽々やったと思われちゃたまんねえよ!」
「大声を出すな。医務室だ」
「……」
さっきまでの緩んだ空気はどこへやら、止めどなく膨れ上がる険悪な雰囲気をどうしたらいいのかとうろたえて、三木ヱ門は狭い衝立の内側でやたらにきょろきょろした。普段は大人しかったり温厚だったりする人ほど一度怒ると怖いという一般論を、今まさに身をもって実感しつつ呆然とする。
まさかこの二人が口論をするなんて。
文次郎と留三郎の口諍いなら横目で眺めていられる。でも、この状況は――どうしよう。
お互いに手が出るほど逆上してはいないがそれも時間の問題に思える。悪いことに、雷蔵も兵助も体術はそこそこ使う。
おろおろする三木ヱ門の目が、一点に留まった。
「顧問を引き込んだあとは確かに万事やりやすくなったけどな。新しく火薬の買い入れ先を開拓できたのは、土井先生の人当たりが良くて色々な所に伝手を持ってたお陰だ」
兵助が蓮っ葉にフンと鼻を鳴らし、雷蔵が険相をする。
「持って回った言い方はやめろ。中在家先輩の人柄を貶すのは許さない」
「だから、それも、お前がそう思っているからそう聞こえるんだろう?」
「兵助!」
がたっ、と大きい音を立てて衝立が動いた。

その上、委員長に不誠実な献策をしようとしていたのだから、穴が開いた予算を独力で埋めるくらいのことをしなくちゃ立つ瀬がない。
ただ五年生だというだけで役にも立たない、木偶の坊になってしまうのは嫌だ。
片手で乱暴に目の辺りをこすって雷蔵はぼそぼそとそんなことを呟く。
その様子を眺めつつ、知らず知らずのうちにきちんと座って話を聞いていた三木ヱ門は、内心で「うーん」と唸った。
架橋工事に行った先で村人と揉めた留三郎の助力になろうとしたのに、悪意なく一年坊主と同じ扱いをされて落ち込みきっていた作兵衛と、今の雷蔵がどことなくかぶる。……ちょっと行き過ぎじゃないかと思うくらい雷蔵の独白に共感を覚えている自分も、おそらく。
委員長の助けになりたいと思いながら、足りないことばかりで詰めが甘くて役に立てず、忸怩たる思いをいつも抱えている二番手の憂鬱。作兵衛も雷蔵も、自分も――たぶん、そんなものを感じているのだろうな、と考えた。
……共感できるだけに、実行できなかったとはいえ裏予算案を画策していたことについて、不破先輩を糾弾するのは非常にやりづらくなったな。
「図書委員会はそんなことになってたのか」
妙にのほほんと兵助が言い、三木ヱ門は我に返った。
漉き返し紙のほうは他人事だが、目の前で裏予算案の話が出ているというのに、兵助に慌てている様子はない。不安定にゆらゆら揺れる瞳を雷蔵に向けて、首を傾げる。
「言ってなかったんだ、中在家先輩に」
「……言えるわけ無い」
「計画を立てた時は"乗る"と言ったのにか。危険だけど、俺と三郎は、やったんだぞ」
「火薬も学級委員長も上がいないじゃないか。独断専行できるお前たちと同じようにはいかない」
「そんなの最初から分かってた事だろう。分かっていて中在家先輩を説得するものだと思ってたよ。危ない橋を渡るのが嫌なら、初めから参加しなければ良かったんだ」
「私が臆病者だと言いたいのか?」

「予算不足を補うのに、漉き返し紙を売ることを思いついたのはきり丸なんだ」
私にはその発想がなかった。
指の関節を鳴らすように両手を組み換え組み換えしながら、雷蔵はやや早口になって言う。
確かにきり丸が得意気にそんなことを話していた。販売の段になれば自分の人脈がものを言うのだと、目を銭の形にしていたっけ。
「田村――が、追及しに来た話」
「裏予算案」
言いづらそうに口元を曲げる雷蔵に三木ヱ門がぼそっと言うと、兵助は急にあらぬ方へ視線を飛ばし、雷蔵は悄然と瞬きして「そう、それ」と呟いた。
「そんな話があるって、中在家先輩に言い出しそびれて……その間に、"雀躍集"を買うことになってしまった」
報告書に記載する支出よりも実際に出て行く金額は工夫して低く抑えて、その差額をこっそり貯めておく――という計画は、六年生の長次がいる図書委員会では雷蔵の一存では実行できない。だから、学園長が友人にいい格好をしようと自伝を買い入れる約束をする前に長次に話しておけば、もしかしたら予算を使い切るほどの大量購入は避けられたかもしれない。
「やろうとしていたことは不正だし、意味のない仮定だけど。私の迷い癖のせいで予算不足になった……とも言える、と思う」
「そうでしょうか。……誰が何を言っても、最後は結局、学園長先生が専横を押し通したと思いますが」
「だけじゃなくて」
もどかしげに、雷蔵が組んだ指をきゅっと握る。
「私は以前、修補しようとした本の傷を余計にひどくしたことがあって――当然だけれど、中在家先輩に随分叱られた」
その時に、傷めた本に貼り付けても目立たないような紙を漉こうとして、大量の試作品ができた。きり丸はそれを覚えていて、図書委員会の持つ紙漉きの技術で色々な紙を作ってはどうだろうと皆に提案した。
「……五年生が、情けないじゃないか。一年生が名案を出して、それを考えたきっかけが私の失策だなんて」
私は図書委員会の二番手なのに。

決まり事を違えて皆に隠してまでもっと売れるものを作ろうとするだなんて、真面目な雷蔵らしくもない拙速ぶりだ。
三木ヱ門がぽろりとそんな感想を漏らすと、雷蔵が黙った。
怒らせてしまったのか兵助に潰されて声が出なくなったのか、見た目にはどちらとも分からなかったので、とりあえず兵助の肩を叩いてみた。
「眠ってらっしゃいます?」
「いやー。起きてる」
兵助がぱちりと目を開いた。黒目が不規則にきょときょと動き、自分に話しかけた声の主を探している。
三木ヱ門はその目の前にひらひらと手をかざし、視線を誘導してから、兵助が背中の下敷きにしている雷蔵を示した。
「不破先輩が平たくなってしまいましたよ」
「お」
弾みをつけてぽんと上体を起こした兵助は、重石が取れても前屈したままの雷蔵ではなく、その斜め前にいる三木ヱ門を見て、なぜか咎めるような表情をした。
「お前、雷蔵に何をしてこんなにへこませたんだ?」
「物理的にぺったんこにしたのは久々知先輩です。……と言うか、不破先輩のこの状態って、へこんでらっしゃるんですか」
「……へこんでない」
馬に踏まれたカエルのようになっている雷蔵が反論した。しかし、姿勢といい今にも降り出しそうな曇天の雨雲よりも低く沈んだ声といい、説得力はない。
「そりゃ、焦るよ」
そう言いながら雷蔵ががばっと起き上がった。珍しく少し怒ったような口調になっているが、三木ヱ門に向けた顔は、なんだか泣き出す寸前のように見えた。

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