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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「外が気になる? 人の顔の見分けはつくかい」
でも今はこっちを向いて、と肩を叩く伊作を振り向かずに、雷蔵が言った。
「彼らは本当に風邪なんですか?」
伊作が凍った。
――ように、三木ヱ門には見えた。真冬に外の日陰へ出しておいた桶の水をちょっとつついたら一瞬で結氷した経験を思い出し、頭からお湯をかけたら溶けるかなと、宙に上げた手もそのままに動きが止まっている伊作を観察する。
熱視線を浴びたからでもないだろうが、三木ヱ門が見ているうちに伊作はかたかたと動き出した。
「くしゃみと咳と熱が出てぼんやりするのは風邪の初期症状だろう」
反論不要とばかりにきっぱり伊作が言い切る。しかし雷蔵はかくんと首を傾げた。
「ですが、ただくしゃみと咳がしんどいばっかりで、誰も頭痛や吐き気を訴えていないようなので。私は風邪の引き始めは胃に来るし、三郎は頭が痛いと言い出します」
「……」
もう一度伊作が停止する。
風邪をひいたかなという予兆は人それぞれなのに、症状が一律過ぎるのは何かおかしい――と、この状態の雷蔵がよく気付いたものだ。一点集中で関心を注ぎ込むという只今の思考の働きが観察眼を鋭くしたのか。
その時、くるっと雷蔵が振り返った。
そこに座っている三木ヱ門に目を留め、三木ヱ門の目から喉の辺りに何度か視線を往復させて、また首をひねる。
「白目が赤いな。最近、泣いた?」
「……えー、あー、はあ……」
「伊作先輩、田村は今日、私と会うたびに泣いています」
「んん? 文次郎が意地悪をしたのか?」
関心の的がずれたと安心したのか、伊作は雷蔵が何を言い出すのかとあわあわしている三木ヱ門に、からかうような顔をした。
「違います! 不破先輩に行き会う時は毎回、たまたま埃でくしゃみが止まらなくなってるだけです」
「それも不運だねえ……」
「表で薬湯を待っているみんなはその時の田村に似ています」
息をして鼻の中や喉にぺとぺとと張り付いた埃のせいで、滂沱の鼻水と涙と咳くしゃみ。それが続けば頭もぼうっとして来る。
外のみんなの症状の原因も、風邪ではない別の何かなのでは?

「とりあえず、口喧嘩の遺恨は残らなそうで良かったです」
風に煽られる髪を必死で押さえながら、三木ヱ門は競うように団扇を動かす五年生たちを見た。
雷蔵と兵助は根が善人寄り(単純に「優しい良い人」ではないと今の三木ヱ門は知ってしまった)だからあの程度の放言で済んでいるのだろうが、「腹に一物」型の人間に喜八郎作のぬるぬるを浴びせたら、丑三つ時の怪談話よりゾッとする体験ができそうだ。
それこそ"鼻薬"を隠している伊作なら何を喋るのか非常に興味はある。
「暑がってるなら、薬が効いてきたかな。――扇ぐのはちょっとやめて、失礼するよ」
すり鉢を置いて近付いて来た伊作が屈み込み、まず兵助の顔を捕まえて、右目の上下のまぶたを押し広げた。爪を立てる気かと一瞬驚くような至近距離で瞳に指先を突き付け、その指を遠ざけたり近付けたり左右へ動かしたりしながら、黒目の動きを観察している。
「ふーん」
小さく唸り、くりんと兵助の顔を捻って、外の光が差す戸口の方へ向けさせる。
「眩しい? 普通?」
「普通に明るいです」
夕方の日差しが映っている障子紙はほんのり明るいが、目を細めるほど眩しくはない。顔を掴まれていることに特に異議を唱えず兵助が答え、伊作は頷いた。
「目はもう大丈夫だな。――薬湯の準備はできた? じゃあ外のみんなに配って、使った後のお椀は医務室に入れないで、廊下の端へ重ねておくようにね」
「はい」
用意を整えて待機していた下級生たちに指示を出し、数馬が返事をすると、伊作はもう一度頷いて今度は雷蔵を手招きした。
しかし反応がない。
雷蔵は兵助たちから目を離し、開いた引き戸の向こうにわらわらと集まって来た風邪っぴきたちを見ていた。

「気が済んだか」
「ここ暑いですね」
たった今自分が質問を畳み掛けたのを忘れたような態度で、ぱたぱたと手で自分の顔を扇いで兵助が真顔で言う。
投げた言葉が宙ぶらりんになった文次郎は手にしているお盆を見下ろした。左右に持ち手が付いた、何かの廃材の再利用と思しき分厚い板の角盆の上には、熱い薬湯の入ったお椀が並んでいる。
「ぶっ掛けるなよ。外で病人が待ってる」
「いや、この盆の底で久々知の頭の天辺ひっぱたきてえ。……元に戻るかも」
不穏な気配を察して釘を刺した伊作は、文次郎のその返事に、「へえ」と軽く目を瞠った。
「分かるんだ」
「分からいでか。おかしいだろ、どう見ても」
「どういうことですか?」
暑いな暑いね暑いだろうと言いながら壁に寄せて置いてあった団扇でバタバタ扇いでくれる兵助と雷蔵に辟易しながら、三木ヱ門が口を挟む。
「その二人が被ってた粘着剤の成分の中に、どうも認知回路を狂わせる物質が入ってたらしい。それが何かは詳しく調べてみないと分からないけど」
喜八郎言うところのダークマター製のぬるぬるのことだ。
それはそれとして、このあと訊問が控えているというのに、伊作がわざと口元を強張らせてこみ上げる笑いを噛み殺しているのが気になる。髪をざんばらに吹き乱される姿がそんなに面白いのかと、三木ヱ門は内心でちょっとしょげた。
「簡単に言うと、関心が一方向にしか向かなくてしかも長続きしないんだ。だから思考が浅くなって、言うことやることに脈絡がないし、考えていることがすぐ口に出る。関心が別のものに移ったあとは、それまでの言動が記憶から抜け落ちる――らしい」
さっきの口論ももう覚えていないと思うよ、と伊作が言う。確かに猛烈な勢いで団扇を扇ぐ二人の息は合っている。
「面っ倒くせえ!」
大声で言って嘆息した文次郎が、呆れたように首を振る。
「自分が言ったことも会話が終わるたびに忘れるってことじゃねえか。田村、お前よくそんなのと話を続けられたな」
「……素材を特定してうまく成分を抽出できたら、自白剤が作れる……ふふふ」
「よし分かった黙ってろサイコメディック」


問い質されながら、兵助は三木ヱ門をじっと見詰めている。
気後れした様子はないが、かと言って反抗的な態度で睨みつけているのでもない。日向ぼっこ中の亀とか巣の底に潜んだアリジゴクとか、そういうものを観察しているような目だ。
そして口を開かない。
今さら黙秘されてもな――と三木ヱ門が次の手を考えていると、一瞬すうっと横に流れた兵助の黒目が、もう一度正面で止まった。
「潮江先輩はどうして髪型が変わってるんだ?」
「……へ?」
「あ?」
「あ、本当だ」
兵助の唐突な質問に三木ヱ門は間の抜けた声を上げ、なぜ自分の名前が出て来るのだと文次郎は不審そうに首を巡らし、寸前まで叱られた子犬のようになっていた雷蔵は無心に驚いている。
「焔硝蔵でお見かけした時は引っ詰め髪でしたよね」
二の句が継げずに固まった三木ヱ門からは答えが聞けないと思ったのか、兵助はちょっと首を伸ばして、遠くの文次郎に直接尋ねた。
さっきの左吉と文次郎のように、今度は左近と伊作が呆れと好奇心の表情をそれぞれに浮かべる。後頭部でざっと結わえた髪の束をちょいと摘んで、文次郎はじろりと兵助を見た。
「これがどうかしたのか」
「どうもしませんけれども」
混ぜ返すでもなくしゃあしゃあと兵助が言い、文次郎は怒るより先に呆気にとられた様子で「はあ?」と声を高くした。
「じゃあ、なんで聞いた」
「何となく気になったので。頭巾をつけていらっしゃらないのも珍しいので。首に飾り結びを巻いていらしたのも不思議だったので」
「……元結がほどけて適当に結び直しただけで、頭巾はさっき駄目になって、その頭巾を使った飾り結びは田村の作だ」
「へー」
のでのでと連発した割に、兵助はいちいち答える文次郎に無関心そうな相槌を打った。

もーのーすーごーくー久々に「小話」戯話を更新しました。
日常←→非日常やら安心←→不安やら本心←→演技やらが交錯する座標軸上で「鉢屋三郎」の位置を見失いかけている三郎は、任務先でなにか嫌なことがあったらしい。
雷蔵三郎の二人が長屋で同室の描写は原作にはなかった筈なのでそこは捏造です。

前回の通常更新が半年前の5/1という事実に衝撃を受けました。
書きかけフォルダに中途半端なブツが溜まる一方なのはまだしも、ネタ帳テキストに今となっては意味不明な一語が残ってたりして何が何だか。「底抜け永久機関」はたぶん小平太のことで、「エトピリカ ゆめぴりか くちばし」で何を書くつもりだったんだ。


以下は蛇足の解説と鉢屋三郎感をちょぼちょぼと。


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