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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「竹谷が何を隠してるんだ?」
事のついでに文次郎がそう尋ねると、兵助はもごもごと「新しく来た生き物」と答えた。
「預かりものだからって、見せてくれません」
「見たいのか」
左吉がちらりと文次郎と兵助を見比べて、首をすくめる。
「見たい。善法寺先輩は知っている、のに」
なぜかそこだけ敬語ではないはっきりした口調で言って、兵助はそれきり黙る。しばらく見ているうち、伏せた頭が一定の拍子で小さく上下し始めた。
「……本当に寝やがった」
寝ろと言ったら寝るって催眠術かよと、指先で頬を掻いて文次郎が呆れ顔をする。
ずっと張り詰めっぱなしだった反動で、粘着剤の成分でラリッたせいで必要以上に気が緩んで、それでこの有り様なんじゃないかと三木ヱ門はふと思った。焔硝蔵で"伊助"と密談をしている所へ文次郎が通り掛かり、疑心暗鬼で焦って駆け回っている――と言ったのは本人だ。
「面白れえな。……生物委員会が珍しい獣を預かったのは、俺らは巻き込まれたから知ってるが、お前はどこで知ったんだ」
地雷を撒かれた上に発言者にフォローもなく寝落ちされた伊作は、平和な寝息を立てている兵助にいくらか恨みがましい視線を向けた。
「話が逸れてるんじゃないか? 小平太が作りかけの薬をくすねて、それは生物委員会に頼まれたものだったって話だろう? うん、確かに竹谷に頼まれて生物用の滋養強壮薬を作ったよ」
「ゼロヨンラットレースのねずみに使うドーピングですね。用具委員会がとばっちりを受けて大変なことになっていますけれど、ご存知ですよね」
すらりと三木ヱ門が言うと、伊作は苦い表情をした。

去年の夏にブログを始めてから初「雁の翼に(十七)」更新のお知らせ。
連載と言うのが口幅ったいので連作と自称していたら「連載」と「連作」は意味が違ってました。知らんかった。

連載未読の方へ簡単に説明しますと
土井と風鬼が兵庫水軍の領内に現れた胡散臭い第三勢力に対抗するために一時手を組む話です。
「素で昼行灯だけど忍者の仕事は普通にできる風鬼」が 書きたかった。
ので、ここでの風鬼は作中作「悪徳忍者八方斎」に出て来るほうの風鬼かもしれない。


また、この話は室町時代後期の日本を舞台とした完全フィクションで、史実に言及している部分もありますが実在の人物・団体・事件等には一切関係ありません。
最初はよく読んだら年代が特定できるという遊び要素を入れようと企んでいました(そして諦めた)。

かこん。
お盆と床板がぶつかり合って硬い音を立てる。
む、と口をへの字にして顎を引いた伊作を見たまま、「田村」と文次郎が声を掛ける。
「小平太が廊下をぶち破った話を聞かせてやれ」
「はいっ」
返事をして三木ヱ門がつと膝を進めると、伊作はまず目だけ動かしてそちらを見て、それからじわりと首を巡らせた。
見ているだけで肩が凝りそうな緊張感がみなぎっている。それを見つめながら三木ヱ門は話し出した。
「今日の放課後、地下を掘り進んできた七松先輩が長屋の廊下を下から破りました」
「……あいつ最近、前にも増して元気だからね。鍛錬の効果だよね」
「ええ、それもあるのでしょう。下級生たちが言うには、このひと月あまり、七松先輩の体力がいよいよ人間離れして来たという話で――これはご本人から聞いたのですが、七松先輩は一ヶ月ほど前、医務室の隅にあった蜜漬けの壷から木の実をひとつ失敬したそうです」
三木ヱ門がそう言うと、笑っているような曖昧な表情を作っていた伊作の顔の部品がばらばらに動いた。右眉が下がり、左眉は上がり、目は細められ、口は開いたのち尖って、鼻にぎゅっとしわが寄る。
「その蜜漬けは、」
以前に三郎がした奇妙な変装(と言うよりイタズラ)で、これといった特徴のない造作の顔を十秒間見ていると突如として目鼻口の位置が勝手にずれていく、というものがあった。今の伊作の顔はそれに似ているなと思いながら、三木ヱ門は続ける。
「生物委員会が都合してきた貴重な薬草を用いて、生物委員会の依頼を受けて作られたものだと――こちらは竹谷先輩に伺った話です」
「八左ヱ門?」
兵助と並んで体育座りで控えていた雷蔵が、級友の名前に反応してきょとんと首をかしげる。
「八左ヱ門はいま忙しい……よ」
「さっき会った。確かに忙しそうだ。報告ありがとうよ」
いいから寝てろと文次郎に手を振られた雷蔵は、素直に抱えた膝頭に額を付けた。
「近頃の八左ヱ門は秘密主義だ……」
「ん?」
雷蔵にならって顔を伏せた兵助が呟いた。

空になったお盆を持った文次郎がのっそりと伊作の背後に立った。
「……えー……」
肩越しに振り仰いで低い声を漏らす伊作に、一瞥して逃亡したくなるような笑みを向ける。
「俺も混ぜてくれよ」
「……おー……」
とても了承には聞こえないその呻きを曲げて取り、文次郎は衝立を引きずって伊作の退路を断つと、自分はその正面へ回り込んでどっかりと腰を下ろした。使い慣れた得物の算盤代わりか、床に突いた角盆に片肘を乗せてのっけから長期戦の態勢に入る。
文次郎の右隣に並ぶ形になった三木ヱ門が、衝立の陰から控えめに顔を覗かせた左吉に目配せすると、左吉は心得顔に伊作の右手側を塞ぐ位置に座を占めた。
「こちらのお二人はどうしましょう」
後ろを衝立に、前と右を会計委員三人に阻まれて冷や汗を浮かべる伊作をよそに、雷蔵と兵助は何やら始めそうな四人をぽやぽやと見比べている。
雷蔵はもう既にあらかたのことを話した。火薬委員会の「鳥の子玉代」のことを追及したいが、今の兵助では複雑な話はおろか一問一答も難しい。
「置いておけ」
三木ヱ門の質問に文次郎は短く答え、さて、と口火を切った。
「お前が今日の放課後あちこちに撒いた薬は何だ」
「……防虫剤だよ。最近、長屋を中心に虫が増えた。全部が害虫ではないけど、虫が媒介する病気は多いから、防疫のためだ」
それが悪いと言うなら、保健委員会は学園の衛生を保つために必要な仕事ができない。
やや強張りながらも伊作ははっきりと抗弁した。文次郎は眉ひとつ動かさずに浅く頷く。
「虫が増えたのは確かにそうだな。だがそれ以上に、虫や小動物の活動の仕方が異様だ。その原因に心当たりは」
「――ない」
「とは言わせねえ」


「ああ、そう言えば――」
ここへ来るまでに見聞きしたことをふと思い出した三木ヱ門が呟くと、伊作が凄い勢いで振り向いた。遠心力で振り回された結い髪の先が雷蔵の顔にぺちんと当たったのに気付きもせず、瞳孔が開いたような目で三木ヱ門を無言のままじっと見る。
今日はいやに咳をしたり声が嗄れている人が多かったっけ。
勘右衛門は長次が喋っていると勘違いするほどのぼそぼそ声になっていたし、斜堂は短い立ち話の間にしきりに咳をしていた。八左ヱ門は山狩りのせいだと言ったけれど、それを差し引いても酷くがらがらに荒れた声だった。それに文次郎も、小猿に飛びかかられる直前、急に声を掠れさせている。
伊作からさり気なく視線を外し、三木ヱ門は頭の中で数え上げた。
空気が乾いて埃っぽいせいだと思っていたけれど――と言うよりも、善法寺先輩がこんな怪しい反応をしなければ特に気にもならなかったんだけど。
みんなが一斉に風邪っぽい症状を起こした原因を知っていますと宣言しているようなものだ。
「薬湯じゃなくて解毒剤だったりして」
鼻と口を三角巾で覆い、群がる患者に手際よくお椀を配っていく保健委員たちは、まさに誠心誠意を体現したような態度で立ち回っている。
その一方で保健委員長は、三木ヱ門の声の大きい独り言に顔色を変えている。
と、雷蔵がぱっと明るい表情をした。
「医務室には今、いい鼻の薬があるのですよね?」
「……あー……」
「それを使えば、みんなすぐに良くなりますよね」
「……いー……」
「あの薬湯はその薬ですよね!」
「……うー……」
唸るしかできない伊作を雷蔵はにこにこと追い詰める。
無邪気最強って一年生の専売特許じゃないんだなと、三木ヱ門は正座したまま右往左往しそうな勢いの伊作を見てつくづく思った。
「面白そうな話になってんな」


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