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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「……え、見てたの?」
質問返しが肯定になっている。
が、こちらは隠すつもりはないらしい。屋根の上なんて駆け回ってたらそりゃ目立つよねと一人合点している。
「善法寺先輩の姿はお見かけしていませんが、竹谷先輩が転がり落ちて来た下に私と左門がいました」
今日の天気は晴れ、所により竹谷先輩。
そんなことを左門が言い、一体何事かと思っている間に、地面の上を逃げ惑う八左ヱ門めがけて石礫が降って来た。そして八左ヱ門はその攻撃者に向かって「それも忍術です」と叫んでいた。
では、優しくて面倒見が良いと評判の伊作の怒髪天を衝かせ石を取らせた、八左ヱ門の言う「それ」とは何なのか。
「置くと言ったばかりで何ですが、生物委員会から"鼻薬"を受け取る一方で、委員長代理とやり合っていたのは何故です? 価格や品質に偽りがあったのですか」
「あー……ねえ。"鼻薬"のことは、そっちは問題ないんだ」
「無い訳じゃねえけどな」
言いづらそうにする伊作に文次郎がくちばしを入れる。
支給する予算が変わっていないのに医務室には大量の薬草があるということは、以前より安価に買えるようになったということで、その点について今月の収支報告書を精査する必要が大いにある。今後の予算編成にも再考の余地がありそうだ。
伊作がちょっと傾いた。
「勘弁してくれよ……。ええと、薬草の方は竹谷もちゃんと約束を守ったし、先方も間違いのないものを提供してくれてる、んだけど、その、薬が、ね、問題が出て来て」
「その薬って……、もしかして、体力増強剤の薬のことですか」
「あたりぃ」
三木ヱ門の表情や目の動きから、小猿が面倒な事情を背負わされていることに言及するのはまずいようだと察したらしい。話し終えた伊作は、何しろ訊問中なので「涼しい顔」と言えるほど飄々としてはいないものの、いかにも反省しているように見えるごく自然な態度でちんまり座っている。
一方、頬に手を当てて黙っている文次郎は、何か考えている表情ではあるが、伊作の弁解に反駁しようとはしない。
薬草の伝手はどこから出て来たんだとか、あの小さな猿になぜそんなに金がかかるんだとか、追及したいことは山とあるはずだ。しかし、生物委員会と三木ヱ門が共有し尚且つ隠している事柄について「問い質さない」と宣言した通り、口をつぐんでいる。
――俺は田村を信用してるし、頼りにしている。
まるで怒っているように言った文次郎の声が耳の中に蘇った。
空咳を飲み込んで、三木ヱ門はしおらしくしている伊作にやや硬い声を掛けた。
「生物委員会に協力した代わりに高――、ええと、手に入れにくい薬草を手に入れる頼りができて、その為に今、医務室は薬が潤沢にあるということですね」
「うん」
こっくりと伊作が頷く。
「それを善法寺先輩は"鼻薬"と称していらした」
「ドーピングのことを他言しない代償に生物委員会を強請りました、とはさすがに下級生には言いづらいかったんだよね……」
それを文字通りに受け取った乱太郎や伏木蔵が、他の生徒に"鼻の薬"を勧めていたのは予想外だったと頭を掻く。
うちの後輩たちは仕事熱心なんだ。不運だけど。
「では、"鼻薬"に関してはここで置きます」
「まだある? ――あるよね、そりゃ、うん」
「長屋の屋根の上で竹谷先輩を追いかけていたのは善法寺先輩ですか?」

今なら色々と作れるし、と独り言のように言い添える。
「生物委員会に協力した見返りに、竹谷が薬草を手に入れて来た伝手を分けて貰ったから」
「……」
八左ヱ門が「善法寺先輩はこわい人だ」と暗い目をして吐き出した経緯を思いっ切り省略して煮詰めればそんな言葉に落ち着かせることもできなくもない。小猿の詳細を話したくなくて険しい態度をした八左ヱ門に目を輝かせて詰め寄ったと言う伊作の姿を想像して、それから、三木ヱ門はあっと声を上げそうになった。
伊作は小猿の素性と、それにまつわる理不尽な責任を知っている。
その上で軽く「おっけー」と言い放ったと八左ヱ門が呆れていたが、文次郎の前で無防備にその話をされるのはまずい。
「……で、試してみたいけど材料がなかった薬を、あれこれ試作できる」
後ろを向いていた伊作がのろのろと顔を正面に戻す。
その途中で視線が三木ヱ門の目の上を通った。
「えーとね……生物委員会がズルをしたのを知って、それを盾に多少強引なやり方で竹谷に販路を紹介させたし、おかげで保健委員会は潤ってるけど、その恩恵を独り占めしようって訳じゃないんだ」
文次郎の方を見た伊作の目が三木ヱ門に戻り、軽く首をかしげる。
「各種の薬をいつでも作れる体制が整っていれば、誰がいつどんな怪我をしてもすぐ対応できる」
「"怪我"って限定すんじゃねえよ」
医務室常備の傷薬と湿布薬の消費量が群を抜いて多い文次郎がぶすっと言う。
「自覚があるなら自重しろよ、お前も留三郎も。それは置いといて、僕が何を言いたいかって言うと、医務室の薬棚が充実しているということはひいては学園の役に立つってことだから、生物委員会に手を貸したのは個人的な利益の為だけじゃないんだよ、ってこと。――以上、言い訳」
八左ヱ門が高価な薬草を簡単に用意できた経緯は伏せたまま、伊作はそう言葉を締めた。

落ち着かなげに続きを促す伊作を三木ヱ門がそうかわすと、「自白したほうが罪が軽くなるのかな?」と自虐的な軽口を叩いて、伊作は顎に手を当てた。
「うーん……」
ありがたい仏像の半跏思惟像に似たポーズだが、眉間にしわが寄った渋い表情と相まって、只今熟考中と言うより歯が痛くて唸っているように見える。
何気なく姿勢を変える動きに紛らわせて、文次郎が肘で軽く三木ヱ門を突いた。
三木ヱ門も気付いている。
――語るに落ちている。
自白うんぬんの冗談が出るということは、罪に問われるような――その言い方が大げさなら、少なくとも人に知られたら咎められるようなことをやらかしていると、認めたも同然だ。
屋根から落ちたり落とし穴に落ちたりするだけでは飽き足らず……と少々意地悪いことを考えながら悩む伊作を見守っていると、「人」から「入」へずるずると体勢を入れ替えた雷蔵と兵助のどちらかが、不意にくしゃみをした。
「井戸水をかけ合ってたんだっけか、こいつら。この寒いのに」
くすんくすんと鼻を鳴らす音の出所を探すように二人を交互に見て、文次郎は片手で頬をこする。
「本当に風邪をひいたんじゃないのか」
「服を乾かして薬湯と生姜湯を飲ませたから、心配ない」
「もしもの時は"鼻薬"もあるし?」
文次郎が言うと、保健委員の顔で五年生たちを見回していた伊作が嫌そうな表情をした。
その表情がすぐに崩れて諦め顔になり、衝立で遮られた背後にある薬棚の方を肩越しに見遣る。
「そうだね……うん。もし二人がひどい鼻風邪にかかっていたら、鼻薬で鼻薬を作るよ」

その体力増強剤を使って生物委員会がイカサマレースで勝ち、賭け代の予算を全て持って行かれた用具委員長が委員会の活動資金稼ぎに奔走しているのを、同室の伊作はつぶさに見ているはずだ。日々斜めになっていく級友の背中に伊作はこっそり手を合わせたのか、それとも見えないふりをしたのか、その顔つきからはどちらとも窺えない。
「話は逸れているようで繋がっています」
「……そうかもね」
「預かり物のその珍しい生き物は飼育にとんでもないお金がかかるから、配分された以上の予算がどうしても必要だった、と言うことですが、」
「んーん」
三木ヱ門が話している最中、文次郎が急に鼻にかかった声を出した。何か意見を挟むのかと一斉に注目されて、少し慌てた様子で首を振る。
「何でもねえ。息が変に抜けた」
「そうですか。……話を続けてよろしいですか?」
「ああ」
確認をとる三木ヱ門に一瞬どこか心許ないような表情を見せ、文次郎はすぐいつもの様子に戻る。
小猿の素性を秘匿されていることと、その面倒を見るためにじゃんじゃん予算が飛んで行くことを考え合わせて、何か思う所があったのかもしれない――と、三木ヱ門は内心ひやりとした。自分の先輩は断片的な情報から正解を導き出すのが結構得意だと、今日改めて思い知ったばかりだ。
「本来、無関係な第三者であるはずの善法寺先輩が生物委員会に加担した理由は、」
やや寸詰まりな「人」の字になって居眠りしている五年生たちを横目に見て、一度言葉を切る。
「――理由は?」
「ご自分で仰ってくださいませんか?」

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