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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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少しは怪しまれるかと思ったのに、「分かりました」と簡単に頷いた八左ヱ門のあまりの素直さに拍子抜けしたくらいだ。
とにかくさっさと普通の栄養剤と入れ替えてしまおうと、取り戻した壷の中身を別の器にあけた。
「……」
そこまで話して、壷を傾ける仕草をしたまま伊作がぴたっと止まった。漆喰が乾くように見る間に目の周りが強張り、そこから血の気が引いて白くなっていく。
文次郎がこつんとお盆を鳴らした。
「続きはどうした」
「……」
「おい」
「……言うの嫌だ」
「あん?」
何を今更、と不審な顔をする文次郎と左吉から強いて目を逸らして、伊作は両手で膝を掴んでぐっと口を結んでしまう。
「やだ、じゃねえよ。これは質問じゃない、既に訊問に変わっているんだぜ」
声を低くして文次郎が凄むが、伊作は体育座りで並んで居眠りしている五年生たちを観察するふりをしながら、返事をしようとしない。
だんまりを決め込む伊作に、左吉が困ったように文次郎を見る。
文次郎はお盆を床に倒して胸高に腕を組むと、ふんと鼻を鳴らした。
「お前がここで黙秘を通すなら、次の会計監査と来月の予算会議は一切手加減しねえぞ」
会計委員会の伝家の宝刀を抜く。
そして文次郎がそうと口にした以上、ただの脅しでは済まない。もとから監査や予算申請に手心を加えるような甘さは備えていない所に持ってきて、非情の却下が次々と実行されることは必至だ。さすがにびくりと肩を引いた伊作は、ぶたれた子犬のように身体を縮め、「だって、言ったら文次郎が怒る……」と床に向かって言い訳をした。
「内容によっちゃお前を怒る。言わなきゃ保健委員会が困る。どっちを選ぶ」
さあ、と伊作に詰め寄ろうとする文次郎の袖を、不意に三木ヱ門が引っ張った。

「"三ヶ月"が鍵なんですね。三ヶ月……」
したたかな笑い顔をする伊作とそれを斜に見る文次郎には構わず、ふむふむと頷きながら左吉が復唱する。
蜜漬けの体力増強剤は、人が服用すると三ヶ月の間効果が続く。
蜜漬けの体力増強剤は、なにもしないで放っておけば、三ヶ月で薬の成分が薄れてただのおやつになる。そう説明をつけた上で生物委員会の手に渡り、今もそこにある。
ただし三ヶ月経つ前に誰かが口に入れてしまったら殆ど毒に等しい"薬"として作用するので、薬種の販路を遮断されたり留三郎に絶交されたりするのを避けたい伊作としては、今すぐ回収したい。
「まとめるとこういうことですね」
まっすぐ左吉に見上げられた伊作が、その瞳の真摯さが眩しいかのように目を細くする。
「いやあの、勿論、一番の理由はみんなの健康が心配だからだよ? どんな拍子に人の口に入るか分からないし、いくらでも身体が動くとなったら際限なく動き続けるのがいるから」
「ちょっと待て、そう言えば小平太は大丈夫なのか? ここ最近の奴はヒトの活動限界を超えてるって聞いたぞ」
「んー……ひと月前に漬けてあった木の実をひとつ囓った、というのが本当なら、そんなに深刻な事にはならないと思う。木の実は蜜の方へ成分が滲み出したあとの出がらしだし、煮詰める前の蜜は、ひと口くらいじゃ大した効果は出ないはずだ」
「じゃあ等身大の地下道をひとりで掘ったとか、長屋の廊下をぶち抜いて飛び出したとかいうのは……」
「大部分が自力、プラスアルファで薬の効果、ってとこかな。元々の体力が桁違いだから少量でも抜群に効いたのかも」
手で土を掻く真似をしながら伊作が言う。
文次郎は床に突いて肘を乗せたお盆をかたかた揺らし、悔しそうに口を尖らせた。
「似たような鍛錬してんのにな……似たような、じゃ駄目なのか」
「会計委員会まで穴を掘るようになったら、食満先輩の胃に穴が開いてしまいます」
恐る恐る進言する左吉に「やらねえよ」と無造作に言い返して、文次郎はじろっと伊作を睨む。
「で? 竹谷に薬を返せと言い出せなくて、なんで屋根の上まで追いかけ回す事態になったって?」
「……それは、えーと……もう少し穏やかな効き目に改良したいと言ってみたら、壷ごと返してはくれたんだ」

「……凄まじいな」
興味をそそられた顔つきになった文次郎が、不意に自分の頬をぱんと平手で叩いた。ひどく痛そうな音がした。
そわそわと床に目を落としている伊作は文次郎のしかめっ面には気付かず、やや早口になって続ける。
「勝ったけど、メダカは身体の内も外もぼろぼろだよ。でも薬のせいで行動は元気なんだ。メダカとヒトの体重比と投薬量を考え合わせると、人間がお椀一杯の薬を飲んだら効果は三ヶ月持続して、その効果が切れる前に負荷がかかり過ぎた身体が壊れてしまう」
だから大部分を使い残しているはずの蜜漬け薬を生物委員会から取り返し、こっそり破棄するつもりだった。
実はこういう危険があると分かったのでこちらへ渡してくれと、八左ヱ門に正面から言うことはできなかった。
「不完全なシロモノを掴ませたと竹谷にばれたら、せっかく手に入れた伝手が反故になるからか」
叩いた頬を手で抑えたまま文次郎が言うと、伊作は正直にも「その心配もなかったとは言わない」と眉を下げた。
「それよりも寧ろ、薬効がなかなか切れないことが分かっちゃったら、"生物委員会の手元に僕が作った薬がある"って状況があんまりよろしくなかった」
蜜漬け薬の存在は、生物委員会にとって伊作に薬種の販路をねだられる根拠となる枷である一方、伊作から見れば生物委員会のずるい工作に手を貸した証でもある。
迂闊に「薬を返して」と言えば、八左ヱ門はきっとその裏を読み、自分たちが手にしている証拠品の活用の仕方に気が付く。
絶対に公にできない裏工作のために文次郎から「瀕死のアヒル」呼ばわりされるほど大きな被害を被っているのは、六年は組のクラスメートにして長屋も同室の用具委員会委員長、食満留三郎その人である。
「例えばだけど――僕が竹谷に要求を突き付け過ぎて怒らせたりした場合、自爆覚悟にはなるけど、あの薬は留三郎に僕の裏切りを告発する切り札になる。そんな話が留三郎に知れたら六年かけて培った友情もこれまでだ。それはかなり嫌だよ」
「言葉の割には悲壮感がねえツラだな」
文次郎の指摘に、そうかな、と伊作が口元をもごもごさせる。
「……お前、もしこの事がばれてあいつがどんなに怒り狂っても結局最後は許して貰える、って自信があるだろ」
「ふへへ」

ふへへ、と冗談めかして伊作がおどける。
しかし目が暗い。
釣り込まれて笑おうとはしない会計委員たちを見回し、「ふう」と溜息を落とす。
「蜜漬けの配合を少し、ほんのすこーし間違えてね、予想外の効果があることが後から分かって」
「案の定かよ」
呻いた文次郎が指で瞼を押さえた。その効果とは一体なんだと尋ねるのも嫌そうに、三白眼をして無言で伊作を見上げる。
居づらそうに伊作が身動ぎすると、左吉が折り目正しい動作で右手を挙げた。
「質問です。そもそも薬ひとつで特訓もなく体力増強ができるって、どんな仕組みなんですか?」
「……一時的にリミッターを壊すんだよ」
「りみったー?」
「火事場の馬鹿力ってあるだろ。自分の力で自分の身体を壊さないように、日常では無意識に制御がかかってるんだけど、薬を使うことで特に危機に直面していない状況でもその馬鹿力を出せるようにしたわけ」
「なんだか身体に悪そうですね」
ドーピングの弊害をずばりと言い当てながら、そんな薬が作れるなんて凄いと左吉は感心している。ちょっと舐めるくらいなら試してみたいな。
伊作は首を縮め、文次郎は片方の眉をぐいと吊り上げた。
「バカタレ。本当に身になる力をつけたいなら、ただひたすらに己の身体を使って鍛錬あるのみだ」
「……うん。この点は文次郎が正しい。だから、回収しようとしたんだ」
蜜漬け薬はレース用のねずみに与えるだけの量があれば十分だったのだが、そんな少量は作れないので、小さな壷いっぱい分を八左ヱ門に渡した。うんと薄めて使えば体力が落ちている生き物の滋養の薬にもなるし、三ヶ月以上経てば薬効が薄れるから人間のおやつにしたっていいよと、気楽な言葉を添えて。
しかし。
「試しに投薬したメダカを観察していたら、一週間もあれば直るはずのリミッターが、最低三ヶ月はそのままになるようなんだ……」
そうと知らずに蜜漬けを口にした者が、三ヶ月もの間、限界以上の体力を発揮し続けたら。
「そのメダカはどうなったんだ」
「昨日、一騎打ちでザリガニに勝った」

ブログ連載#351-370を掲載しました。
話中の小ネタをリンクで補足。永井真理子って若い人は知らないだろなー。

・「キルロイ参上の真似じゃないよな」
・「愛をくらえー」と「愛こそみんなの仕事だからな!」
・「黙ってろサイコメディック


あと戯話も更新しました。例によってアップした後であちこち手直ししてます。
わりと最近だと思っていた「がんばれワカゾー」がカロリーメイトのキャッチコピーだったのは2000-2002年…だと…

身近にカッコいい大人がいるというのは実はとっても運の良いことだと思います。そしてたぶん私は山本さんに夢を見過ぎている。
古い話題ついでにもうひとつ加えると雑渡さんはなんとなくキャラがパトレイバーの後藤隊長っぽい と言って分かって下さる奇特な方はいらっしゃいませんかーーー。


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