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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「二度手間だ……」
がっくり肩を落として伊作が呻く。
「そりゃこっちの台詞だ。後々の参考にするために文書で記録に残しておくものを、口頭で済ませたら意味がねぇだろうが」
「記録は大事だけどさ、将来、先例主義に凝り固まる温床になるかもしれないよ。それは先々の忍術学園の生徒の為にあんまり良くないよ。飛躍的な発想って大事だよ」
ここしばらく動揺したり開き直ったりそらとぼけたり忙しい伊作は、今はどうでも屁理屈をこねたい気分であるようで、正論を吐く文次郎にぶつぶつと気の長い文句をぶつける。
三木ヱ門の目には拗ねる保健委員長というのは珍しいが、六年生には見慣れた光景なのか、仙蔵はわざわざ執り成そうとはしないし文次郎は余計に機嫌を損ねる様子もない。
「飛躍するより今は足元を見ろ」
言いながら文次郎が床を指さす。釣り込まれるように自分が腰を下ろしているその場所に目を落とし、伊作は溜息をついた。
「足元は崖っぷちだって、気付かないうちは気楽だったな」
固い床板をお盆のふちでこつんと叩き、三木ヱ門を見て苦笑いする。
座ったまま姿勢を正した三木ヱ門は丁寧な所作で深く頭を下げた。
保健のところでしょ、という一言を三木ヱ門が聞き逃していたら、伊作にとってここまで面倒な事にはならなかったのだ。元をただせば保健委員会それ自体に関わる疑問は「雀用薬餌代とは何のことだ」という一点のみで、薬種を巡り生物委員会と脅迫に近い形で協定を結んだのも、屋根を逃げ回る八左ヱ門の危険なトレイサーも(しかも追い掛けた理由は逆切れに近いときた)、下級生長屋周囲に元気過ぎる生き物をはびこらせた犯人のひとりも、すべてすべて保健委員長だ。
それは厄介事に下級生を巻き込むのを避けて全部ひとりで背負おうとせんが為の配慮だった――と取るのは、意外と策士だった善法寺先輩という人物を、まだ甘く見積もり過ぎた想像かな。
「ところで、まだ寝てんのか」
呆れたような文次郎の声にふっと意識を引き戻されて、三木ヱ門は左吉を隣に従えて自分の膝にうつ伏せる兵助の方を見た。
「さっきの大声でも目を覚まさないとはなぁ。こいつ、夜に眠れていないんじゃないか」
つくづくと兵助を覗き込む仙蔵をちょいと押しやり、少し身を乗り出した文次郎がやや強い声を出す。
「おい、久々知! いい加減で起きねぇと、お前の豆腐を食っちまうぞ」
言い終わる前に、ごん! と鈍い音がした。


きり丸は物売りのバイトをした時に中途半端な数だけ売れ残ったものをあれこれ行李の中に溜めていた。売るあてもなく死蔵していたのではなく、例えば五枚組の皿を売ったあとしばらく間をおいてから「割れたり欠けたりしていませんか」と補充の御用聞きに行ったり、まとめ買いするような物が急ぎで少量必要になった人にすり寄って「いいものありますよ」と囁いたりする為だそうで、それでも手元に残る場合は何種類かづつ袋に詰めて「余り物に福袋」として売る計画だというが、それはともかく。
「そういうストック品を少しと、きり丸が山菜採りのついでに採って来たっていう薬草と、図書委員会が試作した落とし紙を買ったんだけど、それぞれに会計印付きの領収書を発行したら、それは"乱発"になる――と思った」
なるよね? と言いたげに伊作が首をかしげると、文次郎はそれに直接答えず三木ヱ門を呼んだ。
「俺はまだ詳しく見てねぇが、保健の収支報告書や添付の領収書に"雀用薬餌代"ってやつの内訳は記載してあったか」
尋ねられて、頭の中でぺらぺらと帳面をめくり直してみる。
三木ヱ門も首をひねった。
「ありませんでした。保健委員会がすずめの餌、という点に引っ掛かったので、それ以外のことが書いてあれば記憶に残ったと思います」
「詳細は監査の時に口頭で、じゃ、駄目かな」
「三日以内に再提出しろ」
手加減を期待する伊作を、文次郎はすっぱり斬り捨てた。
「一緒に提出した領収書で、印を押した手書きのやつが幾つかあっただろ。流しの商人からちょっとだけ買い物をすると面倒臭がって領収書を出してくれない人もいるから、そういう場合も、確か手書きのを自分で発行していいんだったよね?」
「乱発しなければな」
外部から招聘した特別講師や客人に渡す"講演料""お車代"のような領収書が出ない支出に関しては、会計委員会の認証印が入った手書き領収書が特例で認められている。それの拡大解釈だが、会計委員長はぶっきらぼうに認めた。
「……で、そういう支払いの中に、山を抜けて来た商人じゃない人がたまたま摘んでいた薬草を譲ってもらった分も混ざってて。それがその、さっき話した試薬の原料にもなったから……"すずめの薬代"って言ってもいいだろ?」
「不破先輩が、先ほど」
しかめっ面をした文次郎が返事をする前に三木ヱ門が滑り込むと、伊作は思わずのようにぱっと体の前へお盆をかざした。
「図書委員会が反古紙で作った落とし紙を保健委員会が買った、と仰っていましたが、その購入費の名目はどれに当たりますか」
三木ヱ門がそれが雀用薬餌代の正体だと思っていた。
その質問に、伊作は困ったようにくるくると目を動かした。話したくない訳ではなく言って言えなくはないが言いづらい、そんな様子でしばらく迷っていたが、文次郎と目が合った途端にしゃきっと背中を伸ばした。
「それも、薬餌代に入れた」
「落とし紙と薬草ではだいぶ違います」
「……売り手が一緒なんだよ」
「図書委員会は薬草や油紙も売ったんですか?」
「と言うより、きり丸が、ね」


額をさすりながら、伊作は目に見えてしおれた。
この機に乗じてというつもりでもなかったが、ふと保健委員会が提出した収支報告書のことを思い出し、三木ヱ門は「お伺いしますが」としょげ返る伊作に呼び掛けた。
「なーに」
自力で出られない落とし穴の底に落ち込んだような表情と声で顔を上げる。
文次郎の叱責が効いたのか工作が明るみに出て絶望しているのか、その両方なのか今ひとつ分からないが、まともに見るとちょっと背筋が寒くなるほど暗い目が怖い。視線を合わせっぱなしにしていたら唐突に甲高い悲鳴を上げるんじゃないかと、三木ヱ門は妙な想像をした。
ぷるぷると首を振ってそれを打ち消し、改めて尋ねる。
「保健委員会でもすずめを飼ったという話は聞きませんが、報告書にあった雀用薬餌代という名目の出費は、どういう使途なのですか」
「"でも"」
仙蔵が意味深長に呟き、聞きとがめた文次郎が不審げな目を級友に向ける。
「何の為に天井裏ですずめを飼ってたんだ、お前は」
「追々知ることになる」
にんまりと笑って仙蔵は軽く受け流す。そして三木ヱ門の方を見て、三木ヱ門の注意をしっかり引いてから、もう一度思わせ振りににっこりしてみせる。
大量の薬湯を煎じていた医務室の中は湿っぽいのに、思わず乾いた咳が出た。
「……失礼しました。文字通りに読めば、怪我か病気で弱ったすずめ用の餌代と取れますけれど」
「あー、それは……つまり雑費だよ」
油紙十枚とか晒し木綿六尺とか、一括購入とは別の細々した支出をひとまとめにしたものだ、とあまり臆したふうもなく伊作が言う。
忍者たれば知謀計策を以て活動するを旨とし中には人倫にもとり白日に憚るものもあろうが心の不正な時はいかなる謀を巡らせようともその企みは自ずと露見し武勇ありとて剛ならず、また知謀ありとて計ならず、そんな無様を晒さぬ為にも忠義の道に始まり生死の道理を弁え他人の嘲笑を買おうとも志を強く持って誠と知を尽くすことに励み、己の為すあらゆる事象あらゆる技倆の本源たる正心を心身の礎に据えつけることが忍者なるもののいろはの「い」、

「で、あるのにだ! 六年生のお前が! 保健委員の職務を通じて得た医薬医術の知識を私利私欲に転用しちまちまと保身に奔走していやがるとは何事だ!?」
雷声一発、長台詞を一度も噛まずに言い切った文次郎が、つつかれたかたつむりのように身を縮める伊作をぎろりと睨み据える。
会計委員の三木ヱ門と左吉は委員長が大音声を上げるのには慣れているが、この時ばかりは凄まじい剣幕に度肝を抜かれてその場で竦んだ。それどころか、文次郎と付き合いが長いはずの仙蔵でさえ、目ばかりぱちぱちさせて固まっている。
やっぱり怒った――と、伊作が蚊の鳴くような声で呟いた。
「文次郎にばれたらものすごく怒られるだろうなとは思ってた……」
「ばれなければ問題なかったのにな」
ぱちんと最後にひとつ瞬きした仙蔵が混ぜ返すような事を言う。
また文次郎が怒鳴るかと三木ヱ門はひやっとしたが、仙蔵が「なあ?」と同意を求めると、文次郎は眉間のしわを深くして横を向いた。
「それも正心が確固じゃねぇからだ」
やろうとすることの正邪はひとまず脇にのけても、揺らがない信念を柱に気合を入れて隠しに掛かっていないから、どこかで綻びが出て尻尾を掴まれるのだ。伊作の場合、それは不用意に下級生に言った「鼻薬」という言葉だった。
「何より、お前が竹谷に一言謝ってりゃいいだけの話だ」
「それはそうだけど、さ……体面とかなんとか、色々と面倒な建前が僕にだってあるんだ」
ぼそっと伊作が抗弁する。
文次郎は不意に腕を伸ばし、はっと身構える伊作の額を拳でゴンと小突いた。
「ごめんで済んだら追捕使はいらねぇが、ごめんが言えれば追捕使がいらねぇ場面はいくらでもある」

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