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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「中にいたのは鉢屋先輩です」
兵助が立ち直る前に三木ヱ門は横から口を挟んだ。
文次郎はゆっくりと、兵助は素早く、首を回して三木ヱ門に注目する。
「本物の伊助はその頃、一年は組の教室で雑巾を縫っていました。――と鉢屋先輩ご本人が仰ったのは覚えておられますね、久々知先輩?」
団蔵と二人がかりで雷蔵を囲んだつもりが五年生三人に囲まれた際に、三郎がそう軽口を叩いたのはその場にいた皆(居眠りしていた団蔵は定かではない)が聞いている。雑費の節約のために――"つづら代"を計上するために庄左ヱ門と伊助に雑巾づくりを頼んだ、そして文次郎が焔硝蔵の前へ来かかった時「兵助と中と外で喋っていた」と、あまり出来の良くない冗談を上機嫌に喋るような口調で確かにそう言った。
「ああ? ――ああ、あー、そっか……うん、言ってたなあいつめ……」
渋々頷いた兵助は、片目を細めて無言で威圧する文次郎に「そういうわけで伊助ではありませんでした」とぺこりと頭を下げた。
伊助がいると嘘をついたことに文次郎は気付いているかもしれないと、自分に負い目があるからこそ不安になったと三木ヱ門には素直に白状したが、当の文次郎にはそこまで言いたくないのか、兵助はちょっと拗ねたような表情をしてさり気なく三木ヱ門に目配せした。
疑心暗鬼にかられて先回りして手を打とうとあれこれやってましたと吐いたら、傍らで聞いているだけで心臓が縮む文次郎の怒涛の説教再演確実だ。
「その辺りの事情は後ほど私が説明します」
今にも兵助にヘッドロックをかけようかという雰囲気を放っていた文次郎は、三木ヱ門がそう執り成すと、ふーんと妙に間延びした声を出した。

追及されなかったことで逆に不安を覚えたのか、兵助の眉のあたりがちらりと曇った。余裕のある態度を保とうとしているが、きちんとした姿勢で正座をしているのに、重心の落ち着け場所が定まらないかのように何度か小さく腰を浮かせて座り直す。
そんな兵助の様子を横目に見ながら三木ヱ門は考えた。
土井が持って来た伝手、というのはおそらく本当だ。裏予算案を実行しそこなった雷蔵を詰り口論になった時、「顧問を引き込んだ」「新しく買い入れ先を開拓できた」と口走ったのが、図らずも裏付けになっている。その辺の記憶がないということは、三木ヱ門に確信を与えた自覚もないのだろうけれど、脳が溶けそうな会話に付き合った甲斐が少しはあったというものだ。
……すると、鳥の子玉の制作費として計上した予算はそのままプール金になって「つづら」の中――という流れはやはり土井も承知している、と考えられる。作った鳥の子玉は全て誤って破裂させましたという土井の署名付きの一筆は、顧問による裏予算案への加担だ。
虚偽記載、というか虚偽報告になるのかな? そこを突っ込むなら、鳥の子玉を作ったというのがそもそも嘘だという証拠を会計が上げないとならないけれど、無いものが「無い」ことを証明するのは途轍もなく難儀だ。タカ丸さんを揺さぶったらぼろぼろ吐きそうではあるものの、自白証拠だけでは後になって「脅されて仕方なくそう言った」と言い抜けられる可能性がある。学生の自治に教師が嘴を突っ込んできた、と論点をずらして非難しそこから捻じ曲げて本題へ持ち込むという戦法は――事態がややこしくなるだけだろう。
難しい。
「俺からもひとつ聞く」
黙ってしまった三木ヱ門の代わりに、文次郎が口を開いた。
兵助の目がぎくりと揺れる。
「……何でしょうか」
「俺が焔硝蔵の前を通った時、お前は扉の前に立っていて、中にいるやつと話していたな」
「はい。在庫を調べている途中でしたので」
「中には誰がいたんだ」
「伊助です。あの時もそう答えました」
「誰がいたんだ」
文次郎が抑揚のない声を重ねると、兵助は正直にもわずかに言い淀んだ。

雷蔵と同様、互いに問い詰め、問い詰められた一幕は覚えているようだ。そして落とし穴に嵌まってぬるぬるべたべたになった時点から現在までの記憶がすっぽ抜けている。
喜八郎が仕掛けたダークマター製の「何か」はひょっとして惑乱作用だけではなく、人の脳内にある記憶を貯める場所に蓋をしてしまう効果もあるのではないだろうか。そこまで狙って作ったとはあまり思いたくないが、伊作は目をきらきらと輝かせて兵助を上から下まで何度も眺め回している。
その熱っぽい視線を戸惑いながら避けつつ、兵助は三木ヱ門を促した。
「寝起きだからまともに答えられるかどうか分からないけど、それでいいならどうぞ」
早々に布石を打ってきた。
では、と語調を改めて三木ヱ門もかしこまる。
「焔硝蔵で先にお会いした時、今までとは違うルートから多少安価で火薬を購入したと伺いました」
「うん、話したな。報告書にもその通りに記入した覚えがある」
「はい。まだ精査はしていませんが、領収書と支出の記述はほぼ一致していたと思います――が、その新しい買い入れ先は、どうやって探されたのですか」
「シャムに現地法人を置いてる南蛮商人の伝手が火薬委員会顧問の土井先生から回って来た」
生産者と販売者の間に中間業者が介入しない分、売価が少しだけ安くなるという仕組みだ。
「でも、先生がその伝手をどこから持って来たのかまでは個人的な交友関係の範囲だから、生徒は誰も知らないよ。――さしもの会計委員会もそこまでは追わないでしょう?」
「そうだな。守備範囲外だ」
やや皮肉っぽく尋ねる兵助に、文次郎はあっさり認めた。
ただし会計委員長の頭の中にある「胡散臭いものリスト」の書き付けは増えたに違いない。

「久々知、頭は大丈夫?」
ところで何故俺は医務室にいるのだろうと首をひねっている兵助に、また紛らわしい言い方で伊作が尋ねる。
「それは中身がですか。それとも外側ですか」
「ああ、君はそう来るか」
真顔で問い返す兵助に苦笑して「両方」と伊作が言うと、兵助は後頭部をひと撫でして、自分の頭の中を覗くようにくるりと目を動かした。
「今はすっきりしてます――でも、どうしてここに体育座りで寝ていたのか覚えていません。私は自分でここに来たんですか」
「いや、綾部が引きずってきた。それより頭は痛くない? 内側の頭痛でも、打撲痛でも」
「それは大丈夫です。……引きずって?」
その問答を耳にしつつ、ふらつきながらようやく上体を起こした文次郎が「この石頭」と口の端で愚痴る。
頭突きで木の幹を抉る人にそうと言われたくはないだろう、と三木ヱ門はちらりと思った。してみるに、木の強度に打ち勝つ文次郎の頭部を一撃で無力化した兵助は、確かに石頭なのかもしれない。
そんなことを考えていたら無意識に諧謔が口をついた。
「豆腐の角に――」
「ん?」
素早く振り返った兵助とまっすぐに目が合う。
――頭をぶつけて死んじまえ、という物騒な後半の文句は口の中でもぐもぐとごまかして、その代わりに「寝起きに申し訳ありませんが」と兵助に向き直った。
「二、三、質問があります」
何気ない仕草のふりをして、は組の教室で兵助に抑えられた首の後ろにちょっと手を当ててみせると、訝しげにしていた兵助の表情が一瞬動いた。

勢い良く跳ね起きた兵助の後ろ頭で顎を突き上げられた文次郎が仰け反る。
「あ、入った」
伊作が呟き、咄嗟に床に手を突いた途端に文次郎の体が肘から崩れ落ちた。
「わあ、潮江先輩しっかり!」
「あれ? 今の何?」
慌てて文次郎に取りすがる三木ヱ門と左吉と目をぱちくりさせてきょろきょろする兵助を、笑いを噛み殺しながら見比べて、仙蔵は床でうずくまる文次郎に声を掛ける。
「ギブアップ?」
「ノー!」
「駄目。ドクターストップ」
ふらふらと頭を起こした文次郎が噛み付くように言い返したが、まだ抱えていたお盆の底をコーンと叩いて伊作が割り込む。強烈なアッパーカットの一撃で脳震盪を起こしている証拠に、沸騰した鍋の中に放り込んだ豆のように揺れている文次郎の黒目を覗いて、仙蔵が宣言した。
「開始4秒TKO負け、だ」
「ちくしょー……いや、何の勝負だよ」
「ノッたくせに」
「負けず嫌いだからな、こいつは」
「あのー?」
「せっかく目を覚ましたが、残念ながらここに豆腐は無いぞ」
事態が把握できない様子できょとんとしていた兵助は、にまにま笑いの仙蔵にさらりと言われて少し眉をひそめた。
「ええまあ、医務室に豆腐があるとは思いませんが……その言い方では、私が寝ても覚めても豆腐に焦がれているみたいじゃないですか」
概ね合っている、と思う。
とは言えず三木ヱ門が口をつぐむと、隣では左吉が両手で口を押さえていた。


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