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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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人の足音がばらばらと複数、その拍子を取るように一定の間隔で馬の足音――
失礼します、と声がかかって出入口の戸が静かに開いた。
「善法寺先輩はいらっしゃいますか」
「ますかー? ……うわあ、甘苦くさい」
八左ヱ門と団蔵の声だ。どこからか名前を呼ばれたことには気が付いた伊作が、重たげな頭をきょろきょろと左右へ振る。
「戸口です」
三木ヱ門がそちらの方角を手で示すと、伊作は衝立の陰からのっそりと上半身だけ乗り出して、「はいよー」と気の抜ける返事をした。
「ご指名ということは、僕に用事かな」
「はい。あの、そんな隅っこで何をされていたんですか」
「吊るし上げをされてました」
戸惑い気味の八左ヱ門に答える伊作はぐだぐだだった呂律がいくらかましになっている。人聞きの悪い事を言うんじゃねえとそれを聞き咎めた文次郎は、まだ危うい。
「潮江先輩もいらっしゃるんですよね。……そちらへ行ってよろしいですか」
「いいかな。いいよね? うん、どーぞー」
会計委員たちの返事を聞く前に伊作が手招きすると、八左ヱ門はやや遠慮がちに衝立の向こうから顔を覗かせた。そのすぐ下に団蔵もひょいと現れ、伊作を囲む面々を見てにっと笑う。
その場で床に膝をつきながら八左ヱ門はちらりと文次郎を見て、それから伊作に向かって頭を下げた。
「善法寺先輩にもご協力頂いた例の"預かり物"が"元の住処"へ帰ることになりましたので、ご報告に上がりました」
「猿か」
ふらりと頭を上げた文次郎がぼそっと言う。
その妙に眠そうな顔つきに八左ヱ門は一瞬面食らった表情をしたが、すぐに目元をくしゃっとさせて、いたずらがばれた子供のように首を縮めてみせた。

自分ひとりの身の上の収まらない事情がくっついているだけに、絶対に事は公にできない。しかし言わずに隠すのは事情を知らぬ者から見れば卑怯そのものだ。どちらを選ぶと言い切れずに伊作が悩んでいる理由を、文次郎は知らない。
知らないはずだが、ただ保身のために悩んでいるのではないことは分かっていた。伊作がそのために決断をためらうような人間ではないと信用しているのだ。
その上で沈黙を守ることに保身以外の解釈があることを示し、伊作もそれを理解した。
信用を裏切ってくれるなよと釘を刺した、と取ることもできるけれど、八左ヱ門から聞き出した猿の一件を喋らないと言い張る三木ヱ門を「黙るだけの理由がある筈だ」と信じて受け入れた構図に少し似ている――
と気付いた瞬間、「田村を信用しているし頼りにしている」と口にした時の文次郎の様子をぱっと思い出し、三木ヱ門は思わず身じろぎした。
「やっぱり田村先輩まで……」
左吉がやれやれと言いたげに眉を下げる。
「だから僕は眠くないって」
「鏡をご覧になってください。ぽおっとしてらっしゃいます」
言い返そうとして即座に言い返された。
ぽおっとなんてしていない――とは言い返せなかった。
しかしここで言葉が出ないのも上級生の沽券に関わる、と三木ヱ門が懸命に頭を巡らせていると、表から軽やかな足音が近付いて来た。

「馬鹿正直」
大儀そうに口を動かして文次郎が訂正する。
「……が、正しい、とは」
左吉とにらめっこしている三木ヱ門の方へわずかに目が向いたものの、半分落ちたまぶたのせいで、その動きは誰にも見えていない。
「限らない」
ふう、と息をついた。言い終えたのではなく中休みのようで、しばしの間の後、再度口が開く。
「葉公、孔子に語りて曰く、……飛ばして、直きこと其の内に在り、だ」
もごもごと不鮮明な論語の一節を聞いた伊作は、溶けかけた餅のような有様なりに神妙そうな顔になった。二度、三度、首を揺らすようにして頷き、四度目にはかくんと深めに首を垂れる。眠ってしまったかと窺ってみれば、半分開いている目は床の上の一点をじっと見つめている。
やがて顔を上げた。
「……うん」
文次郎を見てもう一度顎を引き、やや気弱そうにへにゃっと笑ってみせた。
一体どんな意思疎通が行われたんだと、左吉が戸惑い顔で三木ヱ門に目配せする。なんとなく察するところはあったが、訳知り顔で左吉に向かって視線を返しながら、三木ヱ門も心の底で驚いていた。
文次郎が言い掛けて中略したのは本来は親子の情のあり方についての説話だが、今この場での主題は「本当の正直はその心の中にある」の部分で――全部をぶちまけて皆から非難を浴びることだけではなく、ひとりで胸の内に抱え込みその重さに耐えるのも反省の方法のひとつだ、と示唆した。

己の首はとっくに俎上に載せている伊作は、当然小猿の来歴を承知しているはずだ。自分の良心が咎めるからといって大勢を巻き込む軽率な行動はするまい。……と期待したい。体力増強剤の治験で既にして多くの人に迷惑をかけているが、それだけに。
しかし文次郎は知らないのだ。
忍術学園の内部に司法府はない。「悪いこと」をした誰かを裁くのは勿論、よってたかって吊るし上げることもしない。事情を知った先生に叱られたり、「悪いこと」の被害にあった者から剣突を食らったりして、当事者が自主的に反省するのを待つのみだ。
理由はどうあれやってしまったことは覆せない以上、隠し立てせず事を公にして皆から浴びせられる視線を以て自省しろ、と――文次郎が考えていてもおかしくない。
それを「とても人には言えない話なのだから黙り通してしまえ」と横から伊作に助言してしまうのは……たぶん、まずい。
「田村先輩?」
ぐるぐると考えている三木ヱ門が半眼になったまま黙り込んだので、左吉がこそりと袖を引いた。六年生ふたりだけでなく四年生まで眠気と綱引きを始めてしまったら大変だ、と少々慌てている。
「大丈夫だ。僕は眠っていない」
「……その台詞、作業で徹夜になると神崎先輩が眠りながらおっしゃいますよね」
「眠ってないってば」
ほら、と左吉に向かってぱっちり目を開いてみせる。
対照的に今や重いまぶたをどうにも持て余している様子の文次郎が、逡巡する伊作からちょっと目を逸らしてぼそっと何か言った。
「……今、馬鹿って言った?」
伊作がぷくっと片頬を膨らませる。

……他の人にそう言ったら、あの委員長に染まって来たなと呆れられるか、可哀想にと憐れまれるかも知れないけれど。
嬉しい。
「田村がご機嫌」
なぜかそこだけしっかりした口調になって伊作がもそりと言い、三木ヱ門は慌てて口元を引き締めた。
今は文次郎がふよふよして大変な時だ。四年生の自分が緩んでいてはいけない。
「自発的に自白、かあ……」
呟いて、あちこち散らばる考えを探しているように伊作が目をふらふらと泳がせる。
保健委員長である私はこんな事をしでかしてしまいました申し訳ありませんでした――と全校に向けて公にしてしまえば潔い。しかし、それを聞かされたところで一体自分たちにどうしろと、と戸惑う生徒もいるだろう。幸運にも生き物たちが振り撒く塵や埃よりも身体のほうが強くて、偽風邪の被害を受けていない者は特に。
更に伊作が大々的に罪を告白したら、必定、伊作と共謀し且つ秘密を共有している生物委員会も道連れだ。八左ヱ門が死に物狂いで皆の目から隠し通そうとした小猿の素性も晴れて天下にさらされ、ということは学園中の首という首が万一の時はことごとく落ちる、という訳で――
「だ、」
飛び出しそうになった声を、三木ヱ門は慌てて口を押さえて止める。
伊作の目がちらっと三木ヱ門を見てそのまま素通りする。
黙っていてくださいとこの場で言ってしまうのは、伊作の為したあれこれを隠すのに協力すると表明するのに等しい。それは文次郎が繰り返し説く「正心」に背くことになるんじゃないか?


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