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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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「左吉、猿を見たの?」
「うん。離れた所から」
「いいなー! 竹谷先輩、僕も撫でたいです」
異界妖号の背に乗って走り過ぎた小猿をちらっと目にしただけでちゃんとご対面していない。だけど一瞬見えた姿は変わっていたけど可愛かった。異国の動物に触れる機会なんて滅多にないのだから、是非ともひと撫でしてみたい!
右袖を左吉、左袖を団蔵、髪を伊作に取られて前後左右に揺さぶられながら八左ヱ門があわあわする。
「ちょっと待って目が回る……部外者に触らせるのはちょっとまずいんだ。脱走させておいてこう言うのもなんだけど、本当は乳母日傘で扱わなきゃいけない預かり物なんだよ、あいつ」
「でも、逞しいですよ」
「だけど図太いですよ」
一年生たちが即座に反論する。
そこにいれば安穏は保障される檻を破ってどこかでなくした首飾りを探しに行き、手に入れた食べ物を角場でかじりつつ左門と格闘しつつ捕獲されてもう一度逃げ出し、馬を操りきみこに追われながら木の上から潮江先輩に飛びかかって、ついには目当てのものを取り返す――うん、確かに逞しくて図太い。
八左ヱ門は困ったように三木ヱ門の方を見るが、頭の中で小猿の行動をなぞってみた三木ヱ門は、一年坊主たちの言う通りだと納得してしまった。
「止めてくれよ田村……あのな、それに、小さいけど結構凶暴なんだ。噛んだり引っ掻いたりするし」
「……生物の一年たちは、平気で触ってた」
ふらつきながら話は聞いていたのか、文次郎がのろのろと口を開く。
「うちのちびたちはあれでも生き物の扱いに慣れてます」
「一平が抱えても大人しくしていたが……でも、嫌なら嫌がるだろ」
触らせるか触らせないかは小猿の判断に任せるとして、こいつらを猿に会わせてやってくれねぇかと文次郎が頼むと、八左ヱ門はしばし考え込んだ。

言うだけ言った文次郎はまぶたを押さえて下を向き、伊作は若干錯乱していた時の雷蔵のように、八左ヱ門の髪をすくい上げて意味もなくくるくるとねじっている。
「……先輩たち、なんか変だな。これってどういう状況なんですか?」
髪を引っ張られて首をぐらぐらさせている八左ヱ門を横目に、団蔵がひそひそ声で尋ねる。三木ヱ門は肩をすくめ、自分の喉を指差した。
「鼻と喉に効く薬湯の蒸気を吸い込んだせいですごく眠くなっちゃって、ぼんやりしてらっしゃるんだ」
「この匂いがそれ? うわぁ、おっかないな」
おどけた仕草で鼻を覆い隠しつつ、八左ヱ門は俯いている文次郎をしげしげと見た。それから三木ヱ門と左吉と団蔵の方を向いて苦笑いのような表情を浮かべ、もう一段声を落として、ぼそっと言う。
「君らの委員長は格好良いな」
「はい」
「はいって言ったよこの子」
「竹谷先輩、あの猿はもう帰っちゃうんですか?」
俺もがんばろ、と呟く八左ヱ門の袖を引いて左吉が真剣な顔をする。
「そうだよ。この後すぐ出る――」
「お願いですから、一度だけ撫でさせていただけませんか」
「んん?」
「今この機会を逃したら僕の一生の悔いとして残ります!」
何を大げさな――と一笑に付せない真摯さで左吉が訴える。八左ヱ門は目をぱちくりさせ、三木ヱ門は「そんなにあの猿が気に入ったのか」と半ば呆れながら感心し、団蔵はきらりと目を輝かせた。

生物委員会では委員長代理でも、お前は五年生で、上にはまだ六年がいる。
「お前なりの矜持も意地もあんだろうが――、それを蔑ろにする気は更々ねぇが、」
話すにつれて文次郎の声は段々と小さくなり、それを聞き取ろうとする八左ヱ門は次第に前のめりになる。
「……ひとりじゃ手に余るなら余った分は上に投げろ。最上級生だからと威張っている目の上の瘤の――」
そこまで言って文次郎が不意に目を上げた。いつの間にか近付いて顔を寄せていた八左ヱ門は間近でばちっと視線が合い、思わずのように逃げ腰になった。
その首根っこを掴まえて、文次郎はにいっと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「――手並みを拝見させてやる」
八左ヱ門の目の焦点が一瞬飛んだ。それが戻って来る前に、伊作が「回りくどいなぁ」と文句を言う。
「つまり文次郎は"下級生が困っているなら助けたいから隠さないで頼れ"って言いたいんだ」
「あの……あの、ええと、はい、あの」
言わずもがなの補足までつけた伊作の通訳に、ひどくどぎまぎした様子で八左ヱ門が口ごもる。文次郎に掴まれたままなのを後ろから引っ張って救出して、伊作はむずかる子供をなだめるように、とんとんと八左ヱ門の背中を叩いた。
「時々妙に男前なことを言うんだよね、こいつは。びっくりしちゃうよ」
「びっくり……しました、けど」
しきりに瞬きしつつ八左ヱ門がちらりと三木ヱ門を見たので、三木ヱ門はこっそり首を左右に振った。何もかも承知の上のようなことを仰ったけれど、小猿の身の上のことは潮江先輩に何も話していません――と目顔で伝える。

迷子にさせると手間がかかる――という文次郎の言葉になぜか絶句した八左ヱ門は、次の瞬間床に片方の拳をつき、首領から密命を申し付けられた間者のようなきっちりした礼をした。
「……重々気を付けます。潮江先輩にも、それに田村と左吉にも、ご迷惑おかけしました」
五年生に折り目正しく頭を下げられて、文次郎は鷹揚に構えているが、三木ヱ門と左吉は少々うろたえた。
「えーと……とにかくこれで、生物委員会関係の面倒事はおしまいなんですよね?」
小猿が無事に忍術学園を出て帰路についてくれれば三木ヱ門としては万事解決、大事な首は晴れて元通り自分の手の中に返ってくる。小猿の素性を黙っていればその見返りに火薬や火器を融通してくれると八左ヱ門は言ったが、その尻馬に乗ってあれこれねだれるほど三木ヱ門は図太くない。
「面倒とはひどいな。いやまぁ、確かに"面倒"だったけどさ」
念を押す三木ヱ門に八左ヱ門は頭を掻きつつ苦笑いする。話を知った以上は首を懸けろと池の端で凄んでから、まだそれほどの時間は経っていない。
「たぁ、けや」
「はいっ」
妙なところで名前を区切って文次郎に呼ばれた八左ヱ門がびしっと背中を伸ばした。
文次郎は胡座をかいた膝の上に右肘を置き、その腕で頬杖をついて頭が揺れないように固定して、下から掬い上げるように八左ヱ門の顔を見た。
「……どうしても足らなけりゃ、次からは、言え」
「へ?」
きょとんとする八左ヱ門に、文次郎は「予算」とぶつりと言う。
「余剰は無え。が、予備費は……それも大して無え、が」
それがないと二進も三進も行かなくなるような事情がある、是が非でも必要な予算ならば、
「学園長を逆さに振ってでも学園の金蔵から引き出してやる。……から、てめえひとりでごちゃごちゃするんじゃねえ」

しかし「そうです」とは言わない。今となっては公然の秘密になってしまったので忘れがちだが、小猿の存在は秘密なのだ。
「元の住処に……ですか?」
その秘密の深部まで知る三木ヱ門が言うと、八左ヱ門は三木ヱ門に控えめに安堵の笑顔を向けた。
「うん。木下先生の所に、連れて帰る準備ができたって手紙が届いた」
最初の飼い主である、動物の飼育が趣味の国持大名のもとへ戻る――という意味では、勿論、ない。もともと小猿が生息していたという南の国へ帰してやるための準備が整ったと、最終的に小猿の身柄を預けられた、そちらの方面へ伝手がある貿易商から連絡が来たのだろう。
それで思い出した。
喜八郎が掘ったアナンダ二号に落ちている北石を見て何事か黙考している木下に出くわした時、その場で共にタコツボを覗いていた清八が、届け物だと言って南蛮風の封蝋をした手紙を渡していたっけ。あれがきっとその知らせだったんだ。
……もう少し早く先生があれを開封して、小猿は間もなくいなくなると分かっていたら、この騒動は半分くらいの規模で済んでいたような気がする。まあ、いずれにしても、
「良かったですね」
そう口に出すと、三木ヱ門も自然と頬がゆるゆるとほぐれた。小猿の一挙一動で首が寒くなる面々の為だけでなく、突然まったく環境の違う異国へ放り込まれた当の小猿にとっても、生まれ育った場所へ帰れるのは良いことに違いない。
望んでもいないのに連れて来られた場所で上下左右へたらい回しにされた挙句、束の間の自由を得た二度の脱走もあっという間に終わった小猿の身になってみれば、この地での思い出は決して楽しいものではないだろう。それでも、文次郎に噛み付いてでも取り返そうとしたあの首飾りは大事に抱えていくのだろうけれど。
「異界妖号と清八が合流できたから、馬借特急便でこれから返しに行くんです」
な、と団蔵が開けたままの戸口の方を振り向くと、清八の声はしなかったが、馬が鼻を鳴らす音が聞こえた。
「……もっとも、箱詰めして荷物扱いにする訳にはいかないので私も同道します。なので、ご協力ありがとうございましたとお礼方々、御役御免のお知らせに」
「御典医はおしまいかあ」
伊作が残念そうに言うと、八左ヱ門はもう一度軽く頭を下げ、それから文次郎にも向き直ってぺこりとした。
小猿の隠匿に文次郎が何の役目を負っていたわけでもない。しかし、その低頭に色々な思いが篭っているのを三木ヱ門は感じた。
「竹谷」
「はい」
その気配を知ってか知らずか、文次郎がぶっきらぼうに八左ヱ門を呼び、八左ヱ門はかしこまって顔を上げた。
「"三度目"の脱走はさせるなよ」

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