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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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さっきの今で兵助をまた呼び付けるのもまどろっこしい。
「土井先生だな」
鍵をあけるついでに会計委員会へ虚偽報告をするのに顧問が協力したことについても尋ねておこうと、「野菜を買うついでに魚も買って来よう」と言うくらいの気軽さで文次郎が言う。
そんなに簡単に済む話ではないのは承知の上の諧謔だ。たとえ相手が教師でも――教師なればこそ――会計委員長の追求は厳しい。
「でしたら、たぶん今頃は自室にいらっしゃると思います」
外の日の傾きかたを見て現時刻に当たりをつけ、三木ヱ門は教員長屋の方角を手で示した。庄左ヱ門ときり丸以外の居残り組が書き終えて持ち込んで来た作文を、胃を痛めながら採点しているはずだ。
衝立に手を掛けて文次郎が立ち上がる。その拍子に少し足元がふらつくと、忌々しそうに額をごつんと衝立の角にぶつけた。
「医務室の備品を壊さないでよ」
「……蹴り倒して申し訳ありませんでした」
「日が落ちる前に行くぞ。焔硝蔵じゃ明かりが灯せない」
抗議する伊作に、五年生たちの諍いの仲裁に衝立を蹴った三木ヱ門が謝り、そのやり取りを無視して文次郎は三木ヱ門の腕を引く。
顔は洗わないでねと念を押す伊作の声を背に、医務室の外へ出て戸を閉めた。
「うわあ、寒っ」
火鉢に火を熾して大量にお湯を沸かしていた医務室は暑いくらいに暖かかったのだと、一歩廊下へ出た途端に思い出した。

「この後、火薬の監査に行くんだった」
「……そう言えばそうでしたね」
三木ヱ門も忘れていたが、裏予算と「鳥の子玉代」の説明は後日でいいとしても、伊作の訊問が終わったらすぐに焔硝蔵を調査すると兵助に宣言していたのだ。それなのに一年生たちは小猿見学へ行かせてしまい、文次郎は薬湯の湯気の影響でふらふらで、左門は長屋の自室から動かせない。まともに動ける会計委員は三木ヱ門ひとりだけだ。
「左門は――頑丈な縄さえあればどうにかならないでも無いかもしれませんが」
それと、今日はなんとしても作兵衛に手間をとらせないという本人の強い意志があれば、ひょっとしてもしかして迷子にならずに収まるかもしれない、かもしれない。
仮定に希望を重ねて曖昧な予測を立てる三木ヱ門に、文次郎はあっさり首を振った。
「どうにかなるものでもないだろ、あれは」
「……。ですね」
「あー……仕方ねえ、下級生は抜きだ。俺は顔を洗って目を覚ましてくる」
「だーめー」
立ち上がろうとした文次郎を伊作が阻止する。
「洗顔料の効果を見なくちゃいけないんだから、明日の朝までそのままにしておいてよ」
「態度がでけえよ」
表皮が毛羽立っている頬をつんつんと押す伊作の手を叩き落とし、俺には洗顔の自由もねえのかと文次郎が睨むと、伊作はしれっとした表情で頷いた。
「売れる洗顔料が作れたら、保健委員会に回す予算を幾らかカットできるかもしれないじゃない? 協力してくれよ」
「それ、自分の首を絞める発言だって分かってるか」
「だから、かもしれない、だよ。まだ赤剥けになるだけかも分かんないし。文次郎がぽやぽやしてても大丈夫でしょ、田村はいるんだから」
気楽そうに言って伊作がぽんと三木ヱ門の肩を叩く。
どんな表情をしたらいいのか分からなくて、三木ヱ門はとりあえず「焔硝蔵の開錠は誰に頼みましょうか」と文次郎に水を向けた。

つい数刻前に殺気すら帯びた石礫を投げつけた者と、その攻撃から辛くも逃げ延びた者が顔を合わせている割には、あの一件はもう終わったことだと伊作も八左ヱ門も互いに承知しているのか場の雰囲気は刺々しくない。
これもお二人の性分――基本的には穏やかで大らかだ――のせいかな、と三木ヱ門はちらりと考えた。その瞬間まで何の因縁もなくても相手が視界に入るなり待ったなしで臨戦態勢になる文次郎と留三郎とは随分な違いだ。
もっともその二人にしても、反りは合わなくとも本当に険悪な仲のようには見えないのだけど。
「でしたら戻り次第、お伺いしましょうか」
見えない時間割を確認するように視線を泳がせて八左ヱ門がそう言うと、伊作は「うん」と唸った。
「でも、今日は遅くなるよね?」
「そう……ですね」
引き渡しの際に小猿の身体検査とか学園で預かっていた間の報告とか色々煩雑な手続きがあるのだろうが、八左ヱ門は言葉を濁す。
伊作は長屋の方角へ視線を向け、きゅっと眉をしかめた。
「竹谷が戻る頃には医務室は閉めちゃってるかな。長屋の僕の部屋に来て貰いたいところだけど、今日の夜は留三郎が人に見せられない状態になるから、明日の放課後に手が空いたら医務室へ来てくれるかい」
「分かりました……え? 人に見せられない、って……え?」
頷きかけた八左ヱ門がどぎまぎすると、伊作が仏頂面で「明日は留三郎も同席するかも」と付け加え、八左ヱ門はますます目を白黒させた。
「色々あって死にかけてるアヒルが医務室から逃げたから折檻するんだとよ」
「アヒル? 水練池のですか?」
文次郎の言葉足らず過ぎる説明で混乱に拍車がかかったらしい八左ヱ門は、何があったか存じませんが動物虐待はいけませんと真顔で忠告した。
「動物なんて可愛いもんじゃねえからいいんだよ。竹谷、急ぐんだろ」
「そうでした」
目をキラキラさせる団蔵と左吉を左右の袖にぶら下げるような格好になりながら、最後にもう一度ぺこりと一礼して、八左ヱ門が医務室から出て行く。
その後姿を見送る伊作がもそもそと何か口の中で言う。歌のような節が付いたそれは、三木ヱ門には「勇気と覚悟」と聞こえた。
と、目をこすっていた文次郎が「あぁ、しまった」と呟いた。

※昨日分は書きかけの状態で公開していました。大変失礼いたしましたー!!!

適役ですときっぱり言って、八左ヱ門は少し笑った。
「例えば三郎みたいな――要領がいいやつは得だよなぁ、と思うことはありますが、性分ですから」
「そう言やぁ今日の鉢屋は竹谷だったな」
向かい合う八左ヱ門の顔を半眼になりながらじいっと眺めて、文次郎は「ムカつくぐらいそっくりだ」と呟いた。三郎が変装していた八左ヱ門にそうと気付かずに詰め寄ったのを思い出したのか、わずかに口元を歪める。
「けど、お前はそれで助かってる」
「……と、仰いますと」
「ひとつ目は俺がお前と間違えて鉢屋を吊り上げた。二つ目は、お前の代わりに鉢屋が仙蔵にひっくくられた。今頃は長屋で伸びているらしいが」
「うわぁ」
大分滑舌が治って来た文次郎の言葉に、あながち冗談でもない悲鳴を上げ、片手を顔に当てて八左ヱ門が身を引いた。
三郎が解放されたということは、忍雀に八左ヱ門の"顔"を覚えさせるのは済んだということだ――と、ふと三木ヱ門は思い当たった。これからのち八左ヱ門は間諜の雀による監視生活が始まるのか。しかし小猿は今日で返してしまうのだから、もう生物委員たちがこそこそする必要はないわけで、そうすると仙蔵は一歩遅かったと……
その八つ当たりが同室の同級生に向かわないといいんだけど。
「ええと……馬借の清八さんに待って頂いているので、一年生たちを連れて行ってもよろしいですか」
「あ。あのさ、竹谷」
腰を上げようとした八左ヱ門の背中を伊作がひょいと掴んだ。口を尖らせたり横に伸ばしたりしばらくむぐむぐしてから、「あとで、でいいんだけど」と小さい声で言う。
「今は忙しいんだよね? だから、ほんと、後で」
「何かご用がおありでしたか」
「……ちょっと真面目な話があります」
思い詰めたような伊作の口調に、八左ヱ門が不思議そうな顔をした。


その間に伊作は八左ヱ門の結髪を小房に分けてちまちま編み込み、まるでタコの足のような髪型を作って満足げな顔をしている。それに気付いた八左ヱ門は縄状に綯われた自分の髪に触れて、「器用ですね」と苦笑いした。
「……今はあれも大人しくしてるし、まあ、対面くらいなら大丈夫かなあ」
「わあい!」
編まれた髪をねじりつつ八左ヱ門が言うと、左吉と団蔵はぱちんと手を打ち合せて歓声を上げた。
"小猿"と言い切るのは飽くまで避けながら、大きな声を出さないこと、目の前で急に動いて驚かせないこと、生物委員の注意を聞くこと、と早くもそわそわしている一年生たちに言い含めてから、八左ヱ門は文次郎に正対してきちんと膝を揃えた。
そのまま無言で頭を下げる。
沈黙の中に万感の思いを込めた座礼は、傍で見ている三木ヱ門がつられて姿勢を正すほど粛然としていた。
しかし下げた頭の上でぴんぴんと八方に広がるタコの足がどう見ても台無しだ。
ふ、と空気の漏れるような声で文次郎が笑った。
「どうにも格好がつかねぇな」
「私はそういう役回りなんです」
顔を上げろと編んだ髪の一房を引かれた八左ヱ門は、冗談とも本気ともつかない表情でするりとそう口にした。
文次郎が首を傾げる。
「それが損だと思うか?」
「いいえ」


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