さっきの今で兵助をまた呼び付けるのもまどろっこしい。
「土井先生だな」
鍵をあけるついでに会計委員会へ虚偽報告をするのに顧問が協力したことについても尋ねておこうと、「野菜を買うついでに魚も買って来よう」と言うくらいの気軽さで文次郎が言う。
そんなに簡単に済む話ではないのは承知の上の諧謔だ。たとえ相手が教師でも――教師なればこそ――会計委員長の追求は厳しい。
「でしたら、たぶん今頃は自室にいらっしゃると思います」
外の日の傾きかたを見て現時刻に当たりをつけ、三木ヱ門は教員長屋の方角を手で示した。庄左ヱ門ときり丸以外の居残り組が書き終えて持ち込んで来た作文を、胃を痛めながら採点しているはずだ。
衝立に手を掛けて文次郎が立ち上がる。その拍子に少し足元がふらつくと、忌々しそうに額をごつんと衝立の角にぶつけた。
「医務室の備品を壊さないでよ」
「……蹴り倒して申し訳ありませんでした」
「日が落ちる前に行くぞ。焔硝蔵じゃ明かりが灯せない」
抗議する伊作に、五年生たちの諍いの仲裁に衝立を蹴った三木ヱ門が謝り、そのやり取りを無視して文次郎は三木ヱ門の腕を引く。
顔は洗わないでねと念を押す伊作の声を背に、医務室の外へ出て戸を閉めた。
「うわあ、寒っ」
火鉢に火を熾して大量にお湯を沸かしていた医務室は暑いくらいに暖かかったのだと、一歩廊下へ出た途端に思い出した。