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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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試しに掴み返してみると、軽く曲げて三木ヱ門の手のひらに引っ掛かっていた文次郎の指は呆気なく押し負けて、簡単に指先を握り込めた。
「いま先輩と腕相撲をしたらギリギリで勝てそうな気がします」
「気がするだけ、な。でもこの状態から指が抜けないんだよ」
「あ、本当だ。動いてない」
「感覚は普通にあるんだよなぁ」
文次郎はそう言いながら、刀の柄を握る要領で三木ヱ門にしっかり押さえ込まれた指を動かそうと試みるものの、それこそ掴まれたひよこが迷惑がって身じろぎしたような感触しか伝わってこない。蒸気を吸い込んだだけでこれだけ効果があるとは恐ろしい、腕相撲はギリギリでも指相撲なら勝てる、いつまでこのままなんだコレ、ところで眠気はもう大丈夫ですか、などと他愛も無いことを言い合っていると、ちょうど対向から歩いて来た二人連れが、三木ヱ門と文次郎の姿を見て足を止めた。
「……何、この状況」
唐輪髷と下ろし髪の風体で手を取り合っているふたりをやや引き気味に眺め、訝しさに満ちた口調で呟いたのは、こちらはこちらで作兵衛に右腕を小脇に掻い込まれた留三郎だった。
「おー。逃亡アヒルじゃねぇか」
「俺をアヒルと呼ぶな。……いや、なんでお前らこんな所で手を繋いでるんだ、野郎同士で。下級生ならともかく四年と六年で」
「何か?」
「変か?」
「え、おかしいの俺なの?」
会計委員たちに真顔で言い返された留三郎が動揺すると、会釈したあとは慎ましく黙っていた作兵衛は困ったような顔をして、抱えている留三郎の腕にちらっと目を落とした。
左門か三之助の片方だけを連れている時の作兵衛は、級友が急に駆け出してはぐれないよう、しばしばこうしてがっちり腕を捕まえている。してみるに、留三郎のジャイロはまだ壊れているらしい。

「田村、紐か紙を持ってないか」
「手拭いのを切れ端で良ければ」
ふくら雀に押し込んでいた、猿に噛み破られた手拭いは畳んで懐に入れてある。三木ヱ門はそれを引っ張り出すと縁を噛んで手早くひとすじ裂き、くるくると撚って文次郎に渡した。
「悪い。もうボロボロだな、その手拭い……それで鼻をかんでたよな」
「その部分は避けてますよ。髪、結びましょうか」
三木ヱ門の申し出に、文次郎は指先に持った急拵えの紐と後輩の顔を何度か見比べる。そして肩を竦め、「遠慮する」と素っ気なく言って両手で髪をざっと梳き流した。
「お前に任せたら稚児輪にでもされそうだ」
「その手がありましたか」
「よせ、冗談に聞こえない」
わざと苦い顔をした文次郎はそう言って紐を口にくわえた。片手で取りまとめた髪の根を何度か持ち変えながら位置を直し、紐をきちきちと巻き付けて、いつもの見慣れた茶筅髷に結い直す。
が、すぐにばらりと解けてしまった。
「……思ったより握力が戻ってねえな」
右手を何度か開閉して、忌々しげに文次郎がこぼす。
「唐輪髷は作れたのに」
「巻いて結んだだけだからな、それは」
「握力がないって、手が痺れている感じですか?」
「いや。思うように力が入らない」
全力でもこんなざまだと、文次郎はひょいと三木ヱ門の左手を握った。
なるほど、手の内でひよこでも掴んでいるようなやんわりした圧しか感じない。

タカ丸に聞いた話では、元結を高く取って思い切り良くうなじをさらした唐輪髷は、大陸の女性を真似た髪型なのだそうだ。髪を結い上げるという見た目の華やかさと異国情緒が受けて、貿易船が立ち寄る港や大きな町で、一部の女性の間に流行り始めているとか。
当世人気の文物をいち早く知るのも忍者の能力のうちだから、文次郎がそうと知っていて三木ヱ門の髪をいじったのは間違いない。
つまり唐輪髷は女の人向けの結い方で、ラリっているのか遊び心なのか意地悪なのか、十三歳の男の髪をその形に作ったうえに可愛らしく飾り結びまでして下さったわけで……しかし、いざ「解いていい」と言われると――
なんだか勿体ない。
「……変ではないですか?」
五弁花を崩さないようにそおっと花結びに触れながら三木ヱ門が尋ねると、文次郎は無責任にも「何が?」と尋ね返した。
「その……見た目が」
「俺の結い方が下手だって話か」
「違います! 私がこの髪型をしていてもおかしくないですよね、と言いたいんです」
「おかしくない事はない」
「ややこしいなぁ!」
「でも、変じゃねぇだろ」
結び残して首元に垂れた頭巾の裾をちょいと引いて形を直し、文次郎が言う。これがいくらかでも笑いを含んだ声なら「悪ふざけはやめてください!」と紙縒りを外してしまうこともできるのに、文次郎の口調はごく真当で、何も言えなくなった三木ヱ門はむうと口をつぐんだ。
「もう何でもいいですから、早く土井先生の所に行きましょう」
「あ。紙縒りが無え」
つんけんと三木ヱ門に促されて歩き出しながら、自分のざんばら髪の先をつまんだ文次郎が今更なことを言う。

髪の毛の間にするすると指を滑らせて梳き、「柔らかいな」と独り言を言う。
「へ?」
「やり辛い」
「えええええ」
首の後ろの結び目を解いて頭巾を外された。
一体何が起きるのかと三木ヱ門が頭の中を真っ白にしている間に、文次郎は束ねた髪の房を持ち上げてくるりと輪を作り、元結に房のしっぽを巻き付けて留め、摘んでいた紙縒りをそこに結び付ける。
地面に落ちる自分の影の形と、恐る恐る伸ばした手に触れたたっぷりした髷に、三木ヱ門はきょとんとした。
「これ――唐輪髷というやつですか」
「おお。知ってたか」
「タカ丸さんから聞いたことがあります。けど、これって」
「少し髪の長さが足らなかった」
言いながら文次郎は三木ヱ門の紫の頭巾を細長く折り、元結にふんわりと五弁の花結びに結ぶ。さすがは六年生、武骨に見えても手先は器用だ。
じゃなくて!
「……さっきの五年生の先輩方みたいに薬湯の湯気でラリっていらっしゃる……」
「いや、まともに手が動いたからそこそこ正常だと思うぞ」
「ならどうして急に……」
「お前の髪を見ていたらできそうだと思ったから」
「でも、何も、これから土井先生の所へ乗り込む今じゃなくても」
「あぁ。解いていいぞ」
「え」
あっさりと言われた三木ヱ門は結い上げられた髷を庇うように、つい頭に手をやった。


風に吹かれた三木ヱ門が思わず両手で腕をさすると、それを見た文次郎が何か言いかけたが、急にくるっと顔を逸らした。何だろうと思う間もなく、くしゃん! と小さいくしゃみが破裂する。
「それも偽風邪ですか?」
鼻の頭をこすりつつ向き直った文次郎にそう尋ねてみると、「分からん」とぶっきらぼうな答えが返って来た。頭の後ろに手を回して結髪の根元の紙縒りを引き抜き、手櫛で髪を梳きながらしかめっ面をしている。
これくらいで寒いなどと騒ぐなと言おうとしたら、自分がくしゃみをしてしまって機を逸した――のだろう、たぶん。格好の付かなさと決まり悪さが相半ばしてひどく不機嫌そうな表情になっている文次郎を横目に、ふと思いついた。
「医務室で生姜湯を貰って来ましょうか」
「あそこに戻るのは嫌だ。このうえ伊作に何をされるか分かったもんじゃねえ」
「はは……」
本気で嫌がっているのがありありと分かり、三木ヱ門は苦笑いに紛らせて言葉を濁した。ここに左吉がいたら、また何か的確だけれど余計なことを言って妙な雰囲気になったところだ。
と考えて、はたと気付いた。
鹿子と作兵衛をきっかけに心ならずも東奔西走したこの放課後、色々な出来事に出くわしてきたが、そう言えば文次郎と――思い出すだけでもこの場でしゃがみ込みたくなるようなやり取りをした後の文次郎と、二人きりの状況になるのは今日これが初めてだ。
ふくら雀を首に結んだ時は、まだのんびりしていたけれど。
そう意識した途端に、三木ヱ門は何もない所でつまづきそうになった。
「で、でも、本当の風邪も、この気候じゃ近いうちに流行り始めてしまうかもしれませんね。今日は生姜湯がよく売れると乱太郎が言っていましたから」
橋を架けに行って水に入った用具委員たちと、頭から浴びた消毒薬の気化熱で冷えてしまった斜堂先生と、びしょ濡れのままで村の人と睨み合いをしていた食満先輩と――と、早口に言いながら指折り数える。
「学園に戻って来たばかりの食満先輩にたまたまお会いしたら、派手にくしゃみをしてらっしゃいましたし。熱があるようだと言うのも、怪我のせいじゃなくてもしかしたら風邪のひき始めで――わあ!」
並んで歩きながら取り留めのない話を聞いている風情だった文次郎が、不意に三木ヱ門の元結をくいと引っ張った。

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