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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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その反応に、三木ヱ門の方も目をぱちくりさせた。
「……何か、おかしなことを言いました?」
はい、と言っただけなのに。
瞬いた目を指先でこすって、文次郎は少し困ったような顔をした。しかし口元は笑おうとしている。声を上げる呵々大笑ではなく、ふとした拍子に自然とこぼれる小さくて穏やかな笑みだ。
珍しい……じゃなくて、何か、笑われるようなことをしたっけ?
そちらにも心当りがない。
結局、どっちつかずの困り笑いの表情になって、文次郎が言った。
「素直だな」
「私がですか」
三木ヱ門は思わず自分の鼻を指差した。そりゃまあ陰険ではないつもりだし、ひねくれ過ぎてもいないという自負はあるけれど。
「猿は二回逃げた」
二、と言いながら文次郎が右手の指を二本立てる。それを見て三木ヱ門ももう一度頷く。
「はい。そうでした」
「――ってことを、どうして俺が知っていると思うんだ?」
「へ?」

ずれるどころか大幅に迂回した挙句迷路に突っ込んだような心持ちになっていた三木ヱ門は、話が本筋に帰って来たらしいことにほっとしつつ、手を上げて乱れた髪を撫でつけようとした。
はたとその手が止まる。
ほっとしている場合ではない。
小猿の素性についてはとうとう口を割らなかった八左ヱ門は、文次郎に真実すべてを語ってはいないが、その代わり嘘も言ってはいない。しかし、ようやくのことで小猿を捕獲した生物委員たちを見送った文次郎が「嘘を言いやがって」と呟いた時、三木ヱ門は心臓が縮むほどどきりとした。真相から遠ざけようという意図を持って口を閉ざすのも「嘘」の一種ならば、文次郎はそのことに気付いているのかと思ったからだ。
「竹谷先輩は……、稀有なくらい真っ正直な方だと思いますが」
そんな人が嘘なんてつきますか、と反意を含んで言ってみる。
束ねた髪を扱くように引っ張りながら、文次郎が頷く。
「そうだな。良くも悪くもあいつは捻れたところがない」
「捻れていないことは、悪くもありますか」
「正直過ぎるのも考えものだ。忍者でなければ美徳だが。猿はニ回逃げたんだろう?」
「はい」
さらりと尋ねられた三木ヱ門がこっくりすると、文次郎は一瞬、つと目を瞠った。
ごく軽く叩くように、頬に指先が触れる。
三木ヱ門は反射的に息を詰め、ぎゅっと目をつぶった。
顔の輪郭を滑り鼻先へ落ちかかる前髪をすっと払い除けて額にほの温かい手が添えられ――その手が動いて、警戒で髪が逆立ちそうになっている頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「うえ?」
予想していなかった突飛な出来事に、三木ヱ門の口から変な声が漏れる。しかし文次郎はお構いなしに、荒っぽいくせにどこか優しげな手つきでぐらぐらと頭を揺らす。
それでもまだびくつきながら三木ヱ門がそおっと目を開いてみると、文次郎は妙に真面目くさった顔をして三木ヱ門を見ていた。
こましゃくれたことを言う左吉を撫でた時、手は伸ばしながら「お前を撫でるのは何か違う」と言って、途中でやめたのに。
戸惑う三木ヱ門の表情を見て取ったのか、文次郎がにやりとした。
「何をされると思った」
「え」
口に出せる訳がない。
「……。ぶ、ぶたれるのかな、と」
「そんなに暴力的な印象か、俺は」
信用がねえなと苦笑交じりにこぼす。
「田村に信用して貰うのはなかなか難しいな」
「え!? いやっ、あの、してます。しています!」
「ああ、うん。お前の言わんとすることは分かる。そうだけど、そうじゃねえ」
言葉遊びのようなことを言い、まあいい、と問答を終わりにしてしまう。つむじの辺りをとんとひとつ小突いて、撫で回していた手も離れた。
「話がずれた。嘘を言った、ってのは竹谷のことだ」

焚き火に放り込んだ何かが思いがけず大きな音を立てて爆ぜたので、何がどうなったのだと、くすぶる落ち葉の山を恐る恐る覗き込んでみる。
そんな様子で文次郎は引いたまま三木ヱ門を窺っている。
棒立ちになった三木ヱ門はのろのろ両手を上げて顔を押さえ、呻いた。
「……私は欲張りになりました」
文次郎が訝しげに目を細める。
「なんか急に欲しいものでも思い付いたのか」
「そうです――いえ、そうじゃないけど、欲しいもの……なのかな……です、はい」
「それにしたって叫ぶこたぁねえだろうよ」
呆れたように文次郎が言うが、これが大声を出さずにいられようか。
委員長の右腕とまでは言わない、しかしいずれは有用な戦力として認めて欲しい、という謙虚な願いを抱いていたのはほんの何刻か前までの話だ。それが「信用している」「頼りにしている」の言葉を貰って感激した途端、今度はそれが自分に――自分だけに――向けられるものではないことに不満を感じるなんて。
……先輩の信用を独り占めしたい、特別扱いされたい、とか考えていたなんて。これも食満先輩が言うところの独占欲なのか?
「うわ……」
もう一度叫びそうになって、寸前で踏みとどまった。
役に立てている確証がなくてぐだぐだ悩んでいたのに比べれば、信頼を得ている後輩のひとりという立場が分かっただけでも十分じゃないか。
と頭では考えているのに感情がついていかない。やだやだやだ、と三つの幼子のように駄々をこねている。
「百面相になってんぞ」
自分の顔をちょいと指して文次郎が言う。頬に手を当てて三木ヱ門が眉を下げる。
「……自分が情けないです」
「ふーん。……言葉だけじゃ足らねえか」
「え?」
きょろきょろと辺りを見回して周囲に人気がないのを確認すると、文次郎は三木ヱ門に向かって腕を伸ばした。
「あの猿が人に懐く予感は全然しねぇが」
手のひらで肩を叩き、その手で首をさする。
「竹谷のことだ。何だかんだ言っても、うまく計らうだろ」
三木ヱ門は文次郎を見上げてぱちぱちと瞬きする。
「信用?」
「信用」
首を傾けつつ三木ヱ門が尋ね、それに応じた文次郎は同じ言葉を口にして顎を引く。
只今のところ疑惑のかたまりである兵助をあっさり解放した時も文次郎はそう言っていた。不正に不正を重ねるようなことはしないと信じる、という言葉は、三木ヱ門にはずいぶんと甘い対応のように思えた。
……先輩って意外と簡単に他人を信じるのかな。そうすると、「お前を信用しているし――」っていうのも……実は先輩にとっては、そんなに重い台詞じゃなかったりして?
ごちゃごちゃと考え出した三木ヱ門をよそに、軽い口調で文次郎が付け加える。
「まぁ、嘘は言うがな」
「嘘なんですか!?」
「んっ?」
凄い勢いで頭を上げた三木ヱ門に文次郎が面食らう。そのぽかんとした表情を見て、三木ヱ門の方も一瞬「あれ、何の話だっけ」ときょとんとした。
「田村、お前また一人相撲をしてないか」
「かもしれません……だといいんですけど」
「それでまた煮詰まってたら世話ねぇよ。内圧が膨れて破裂する前に適当に喋れ――あー、喋れることなら、だが」
そう言われても、と三木ヱ門は身を縮める。
自分の尻尾を追いかける子犬のように埒もないことをぐるぐる考えていたら、つまりこれは焼きもちだと思い当たってしまった。三木ヱ門が他の委員会の五・六年生とつるんでいるのを見るのは面白くない、とぶちまけた文次郎の裏返しで、文次郎が自分以外の誰かに信頼を表明するのを見るのは気が揉める――
「わー!!!」
三木ヱ門が突然大声で叫び、文次郎はぎょっと身を引いた。

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