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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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しきりと瞬きしながらやたらに目を泳がせ、ごにょごにょと口ごもる。
「上着はあるんですけど、あの、部屋がちょっと大変なことになってて、今は使えなくって……上着がですけど、でも部屋にもここのとこ夜になったら寝に帰るくらいで、それも隅っこでごろ寝で、だから教室に……」
繰り言めいた言葉を並べつつ、三木ヱ門の訝しげな目と目が合うと、えへへと愛想笑いをする。
委員会で徹夜作業になった時、うつらうつらし始めた団蔵を小突くと、ぱっと目を開け大急ぎで頭を上げた後に丁度こんな顔をする。まずかったかな? 叱られちゃう? 怒ってます? お目こぼしを期待してもいいですか?
何を見逃して欲しいんだと横目をしながら、三木ヱ門はもう一度腰に両手を置いて、ちょっと威厳を正す。
「上着の在り処もわからないぐらい部屋が散らかってて足の踏み場もないから、寝る時以外はなるべく部屋に寄り付きたくない、というわけか」
「……はい」
控えめに言うとそうですと、神妙にうなだれた団蔵が小声で付け加える。
三木ヱ門が見ている限り、委員会で何かの作業をする時に同じ一年生の左吉は効率重視で段取りをつけて手際良く進めていくが、団蔵は概要を大掴みに把握したのち攻めやすいと見た箇所からぱっぱっと片付けていく。その結果、難敵はおのずと後回しになって最後には頭を抱える羽目になるとは言え、即断即決即行動の果断実行型ではある。
「それなのに、どうして部屋の片付けについては後回し一択になっちゃうかな」
「"掃除する"とか"洗濯する"って選択肢が、そもそもどっかにすっ飛んじゃったんです」
日々少しずつ増えるまだ洗っていない洗濯物や使った後になんとなく片付けそびれた道具や作りかけの細工物を、次の休み次の休みと唱えながら強いて視界の端に追いやっているうち、いつの間にか景色になじんで気にならなくなってしまった。
「その選択肢はたぶん、溜め込んだ洗濯物の山に押し潰されてる」
そしてこの上の物を早くどけろとじたばたしている。
「ですよねえ」
三木ヱ門の言葉に、団蔵はまたちらりと困り笑いをした。
「……でもなー。山の一番下にコワイものがあるから、手をつけるのも怖くって」
ひと月ほど前、ルームメイトが瓶に入れて持って来た水飴を床の上へ脱ぎ捨ててあった袴に足を取られて部屋中にぶち撒けてしまい、そこらにあった布で慌てて拭いたまでは良かったが、拭いた布を洗って干すのをうっかり忘れた。
そしてとっさに掴んだ布は冬用の羽織りものだった。
甘い匂いを漂わせながら次第にぱりぱりと固まっていく上着の上に肩衣や手拭いや敷布が堆積して、今はもう姿が見えない。
「気候が乾燥してて寒いから、腐ってはないと思うんですけど」
「お前の同室って、確か……」
「虎若です」
生物委員の。



「金時ニンジンの親戚」
「嘘だあ」
「もし手に入ったら馬に食べさせてみろよ。ひと齧りで百里を苦もなく駆けるぞ」
見え見えのはぐらかしをする三木ヱ門に、馬はニンジンだけが好物じゃないですと団蔵が口を尖らせる。ついでに鼻をこすろうとして、上げた右手に墨がついているのを見ると、袖を引っ張ってそれで鼻先を拭いた。
「神埼先輩たちと何かあったんですか?」
廊下の真ん中に空いた穴と渋い顔をした三木ヱ門を順繰りに見て屈託なく尋ねる。もしや猛烈に仲の悪い四年生と三年生に、のっぴきならないいざこざが起きたのかと憂えている顔ではない。ぱっと見は心配顔だが目をきらきらさせて――こういう事態を面白がるのは一年は組の特質か?
「……いや。塹壕掘りをしていた七松先輩が床下から廊下をぶち抜いたところに、たまたま僕と左門が居合わせただけだ」
「そうですか」
だいぶ端折った説明に、団蔵は簡単に納得した。それじゃ屋根を走ってたのは七松先輩かと一人合点して頷いている。
訂正すれば薮蛇になる予感がひしひしとしたのであえて聞かぬふりをして、三木ヱ門はさり気なく別の話題を出した。
「さっき、清八さんが届け物に来ていたぞ。作文を書き終わったのなら会って来たらどうだ?」
「あれっ。そうなんですか」
それを聞いてひょいと伸び上がった団蔵は、その反動で背中を丸めながら首をかしげた。
「なんで僕が作文を書いてたって知ってらっしゃるんです?」
「きり丸が言ってた」
のを、いま思い出した。授業中に終わらなかった作文の清書をしてるんです、あいつ。
しかし団蔵が持っているのは「いろは練習」の書き取りドリルだ。三木ヱ門の視線に気づいた団蔵が恥ずかしそうにそれを身体の後ろへ隠す。
「教室で作文を仕上げて、ついだから、字の練習もして来たんです」
「良いことだ。しかし、教室は寒いだろう」
もともと火鉢や火桶なぞ置いてもいないが、ひと気のない放課後の教室にひとりぽつんといるのはなお寒々しい。自室も寒いに変わりはなくても、ぶるっと来たら上着や上掛けがすぐそこにあるだろうに。
三木ヱ門がそう言うと、団蔵はますます決まり悪そうに首を縮めた。



制服の背中に棒っ切れでも突っ込まれたようにしゃちほこばって、踏み出そうとした右足を床に下ろすこともできずにいる後ろ姿の作兵衛に、三木ヱ門は一転して落ち着いた声で呼び掛けた。
「僕は石火矢に飾りを付けたりしない」
感心なことにぐらつきもせず片足立ちしている作兵衛は、鳥のようにカクカクとほんのわずか首を回した。
「だから、作兵衛がたまたま鹿子の前を通った時にそこで何かがあったとして、僕が怒る理由は何もない」
緑色の頭巾をきちんと被った俯き気味の後ろ頭の上で、子馬の尻尾に似た結髪がさわりと揺れる。
「まあ、無断で鹿子に手をつけた事についてはちょっと覚悟しておけ」
「……あの」
とうとう両足で廊下に立った作兵衛は、それでも随分ためらいながら、一寸刻みにそろりそろりと体ごと振り返った。三木ヱ門と左門とちゃっかり団蔵までそれぞれに子細らしい顔つきを並べてそこに立っているのを見て、やや怯んだ顔つきになる。
「そうおっしゃるということは、事の次第はとうに御存知なんですか」
「紆余曲折して、どうやらな」
「全部全てすりっとまるっと」
「ごりっとどこまでも」
お見通しだー! と三木ヱ門の右で調子づく左門と訳も分からずそれに乗る左の団蔵の頭の天辺に拳骨を落として、目を丸くする作兵衛に「そう言う訳で」と顔を向ける。
「作兵衛は僕から逃げる必要も、何かを申し訳ながって気に病む必要もない」
「……本当にお見通しなんだ」
口の中で呟いた作兵衛は感嘆まじりに溜息をつき、強張りっぱなしだった肩の力をようやく抜いた。
左右の後輩の頭頂部にぐりぐり拳を押し付けながら、ところで、と三木ヱ門は話を変える。
「学園に帰って来てから、食満先輩には会ったか? もう山向こうの村から戻っておられるんだが」
「委員長ですか。……いいえ。会っていません」
「ふむ」
ふと暗い目になって口早に答える作兵衛に、三木ヱ門は小さく頷いた。
留三郎は乱太郎と左近のタッグから逃げ出すのに、思った以上に手間を食ったようだ。仲裁に入ってもらう前に事態は解決してしまった。……だからと言って、"鼻薬"の件がチャラにはならないだろうなぁ。
「――なら、食満先輩に伝言を頼む。急ぎじゃないから、いつでも会った時に伝えてくれればいい」
「はあ」
"なら"って何だ、と一瞬表情に疑問がよぎった作兵衛は気の抜けた声を出してぱちぱちと瞬きし、自分で良ければと殊勝に付け加えた。
「内容はこうだ。――逃げたすずめは懐に入りました、って」
「はあ」
さっきと同じ言葉を、今度は語尾をやや上げて作兵衛が繰り返す。
「それだけ? で、いいんですか?」
「それだけ。ああそうだ、ついでに"朴念仁!"も」
「へ?」
首をひねりすぎて一回転しそうな作兵衛に、くれぐれも食満先輩の顔をしっかり見ながら大声で言うようにと念を押して、行き掛けの駄賃に左門も押し付けて、背中を押し出すようにして追いやる。

どうにかこれで作兵衛の逃走劇は決着したようだ。

「……ボクネンジンって、なに人ですか」
廊下の向こうへ三年生たちが消えるのを見送り、やれやれと両手を腰に当てて一息ついた三木ヱ門の左で、頭をさすりながら団蔵が言った。



廊下の穴をそおっと覗いてみると、既に八左ヱ門の姿はない。本物の八左ヱ門か中身は三郎なのか分からないが、とりあえず逃げおおせたようだ。
「あの状況で」
ぱちんとひとつ瞬きをして、固まっていた左門が喋り出した。
「敬語を使っているのだから、追手は六年生か先生かお客さんの忍者ですね」
「だな」
等間隔で叩き込まれた石つぶての跡を見遣り、三木ヱ門も同意する。狙いと角度と力加減が絶妙に噛み合った見事な投擲だ。
それも忍術です! と攻撃者に向かって叫んだ声は必死の抗弁に聞こえたが、どこか開き直ったような感じも混ざっていた、ような気がする。……用具委員会との勝負にあたって保健委員長からこっそり体力増強剤の支援を受けていたと思しき生物委員会の委員長代理が、逃げ惑いつつも居直った、という状況だとすると。
「あー、止め止め」
考え始めるとまた厄介事の種が増えそうだ。声に出して埒もない思考を打ち切り、左門に結び付けた縄を引く。
「お前の部屋に帰るぞ。……急に駆け出して縄を千切るなよ」
「はい」
今日は作兵衛に捜索の手間を取らせまいとよほど固く決心しているのか、神妙な様子で左門が頷く。
いつもこんなに素直ならどれだけ扱いやすいことか、と三木ヱ門が思わず唸った時、どたばた騒ぎに気付いたらしく廊下を走ってくる足音が入り乱れた。
「今、誰かが屋根の上を走って行ったけど、何かあったんですか?」
書き取りドリルを小脇に抱えて後ろから駆けて来たのは団蔵だ。教室かどこかで字の練習をしていたのか、右手の側面に墨をこすったあとがついている。
「さっきのドカーンて音、何……うわ! なんだこの穴!」
廊下の角からひょいと顔を覗かせたのは、作兵衛だった。
小平太がぶち抜いた廊下の大穴に目を留めて顔をしかめ、その視線がつと穴の近くに立っていた紫色の袴の脚を辿り、三木ヱ門の顔の上まで滑ってそこで凍った。
くるり、と反転する。
「ストーップ!!」
梁や柱がびいんと鳴るほどの三木ヱ門の一喝に、作兵衛だけでなく左門と団蔵まで動きかけた格好のままぴたりと停止した。


軒先から飛び出したそれは空中で辛うじて一回転すると、地面に這いつくばるようにしながらもどうにか足から着地した。
「所により、竹谷先輩」
自分が落ちて来た屋根の上に視線を据えたままぜいぜいと肩で息をする八左ヱ門を指差しかけて、その手を引っ込め、左門が言う。
「いや……鉢屋先輩かも」
髪を乱し埃にまみれて汗びっしょりなのは見て取れるが、見た目だけではどちらか判断できないので、三木ヱ門はもうひとつの可能性を口にする。
その会話が聞こえたのか(暫定で)八左ヱ門はちらと廊下に目をやり、二人の姿を認めると、
「頭を出すな!」
一声叫び後転跳びで一息にその場を飛び退く。
とりあえず言われた通りに軒下から首を引っ込めて壁際に寄り、何が起きているのかと目を丸くした二人は、一瞬前まで八左ヱ門が伏していたまさにその場所へ石つぶてが続けざまに降るのを見た。
同時に、頭の上で屋根板を踏んで走る足音がした。
「曲者ですか!」
「違うっ」
飛び込んだ植え込みの根元で亀のように身を縮めている八左ヱ門は大声で問う左門に即答し、素早く左右に視線を走らせて、絶望的な表情をした。植え込みの後ろに伏せていれば攻撃は避けられるが、屋根の上の誰かには次の動きが丸見えだし、ここから動こうにも身を隠せる遮蔽物が近くにない。
と、屋根を仰いだ八左ヱ門が叫んだ。
「それも忍術です!」
屋根の上で誰かが叫び返すが、大き過ぎてひび割れた声は喋っている言葉が聞き取れない。そして植え込みの緑葉を散らして、再び石が突き刺さる。
誰かに石もて追われる状況になった理由はさっぱり分からないが、八左ヱ門が大ピンチなのは確かだ。
「竹谷先輩――」
両手を口の横に添え声を低くして呼びかけた三木ヱ門は、八左ヱ門がこちらを向いたのを確かめると、身振り手振りで「床下に抜け穴がある」と知らせた。小平太がここまで掘り進んできたと言うことは、どこか他の場所に通じているはずだ。
八左ヱ門はそれを正確に読み取った。
懐から掴み出したものをサッと後ろへ投げると、自分は反対方向へ飛び出し、廊下の下へ頭から滑り込んだ。
誰かは八左ヱ門が放ったねずみに一瞬気を取られたらしい。畜生っ、と頭の上で毒づく声が聞こえ、荒っぽい足音はあっという間に反対側の屋根の方へと遠ざかる。
その音が消えてから一呼吸おいて、三木ヱ門は目をぱちくりさせる左門と顔を見合わせ、呆気に取られたまま呟いた。
「……何だったんだ、今の」



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