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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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他言無用と念を押した孫兵の強張った顔がぱっと目の前に浮かび、三木ヱ門は言葉を切った。
下手を打てばあちこちで首が飛び交うようなややこしい立場の猿なんて学園にはいませんよ、ということになっているのだ。
言い触らす必要はないだろうと孫兵には言ったが、引っ繰り返してみれば、必要な所にはきっちり話を通さなければいけない状況でもある。三木ヱ門が事情を知ってしまった以上は会計委員会もその一端に連なるはずだ。八左ヱ門は会計監査を言い抜ける方便を練っていたようだが、文次郎に事実が伝わる可能性を知れば、流石に肚を括るだろう。
しかし知らないうちに学園の命運さえ懸かっていたその事情を、会計委員長の頭越しに一年生に聞かせていいものだろうか。
喋りかけて沈思する三木ヱ門を、団蔵と左吉は御神酒徳利のように顔を揃えかしこまって見上げる。
いつもは饒舌な先輩が言いあぐねるのを見て深刻さを感じ取ったらしい。忍者ごっこだと遊び半分にしていた態度はすっかり引っ込めている。
事の次第の末端の更に先っぽの先に引っ掛かっただけの忍者のたまごたちが七面倒臭い建前に付き合ってやらねばならないが為に苦労しているなんて、天辺にいる国持大名たちは想像もするまい。
そんなことを考え、三木ヱ門は再度口を開いた。
「いま僕が知っていることは幾つかあるが、薬種や火薬の買入れ先について正確なことはまだ分からないし、それを話してしまって良いかどうか僕には判断できない。その要ありと見ればいずれ潮江先輩が話して下さるだろう」
いくらか前のめりになって謹聴していた左吉が、かくんと肩を落とし拍子抜けした顔をした。
「そこが肝心な点なのでは」
「僕の――たかだか四年生の一存で簡単に話せる話じゃない、ってことで勘弁しろ」
「しかし、それでは余りにあやふやです。せめてもう少し――」
「よしなよ。大人の事情ってやつだよ」
食い下がる左吉を団蔵が止め、三木ヱ門に分別らしい視線を投げた。



指の下で、丸の中に書いた「火」の文字が少し崩れる。
その丸から「保」の点、「生」の丸へ線が引かれ、歪な三角形ができるのを、一年坊主たちが真剣な目で見つめる。
「火薬委員会は収支報告書に、予算で鳥の子玉を作ったが皆誤って破裂させてしまった、と書いてきた」
「つまり、鳥の子玉を作ったと見せかけて、予算を他のことに流用した疑いがある――ということですね」
「その可能性がある」
顧問の土井先生の釈明文まで付いていた三木ヱ門がと言うと、左吉は横目をし、団蔵は首をすくめた。
「でも」
いじめられた亀のようになったまま団蔵が反論する。
「火薬が予算の使途をうやむやにしたことと、生物に風邪薬、じゃなくて鼻薬を嗅がされた保健が火薬も巻き込んだことは関係があるんですか?」
「正直言ってそれはまだ分からないんだ――あれ、なんで、生物じゃなくて"保健が火薬を"巻き込んだって話になったんだ?」
「え?」
「え?」
びっくりしたように顔を上げた団蔵と三木ヱ門の目が合い、一拍おいて、互いに首をひねる。
傾いた顔のまま、団蔵が地面の図を指さした。
「別に根拠があって言ったわけじゃないんですけど、先輩がこう……火薬から保健、保健から生物、生物から火薬って線を引いたから、じゃあ直に繋がってるのは火薬と保健かーと思ったんです」
「そう引いたっけ」
「ちょっと実戦経験があるからって、ややこしく考え過ぎだよ」
蚊帳の外になっていた左吉がふふんと鼻で笑う。
が、三木ヱ門が「ああ、そうかもしれない」と呟いたので、ぴくぴくさせていた鼻がぴたりと止まった。どういうことですかとややムキになって三木ヱ門に向き直る。
「保健委員会は今、薬が潤沢にある。薬草園や山で採れる只の薬草じゃなくて、売り物の高価な薬種が」
その薬種で作った貴重な膏薬を、顧問や委員長の許可を得ず、一年生の判断で使ってしまってもいいくらいに十分に。
「……その買入れ先とか購入費用の出所はとりあえず置いておくとして、火薬委員会でも、従来より安く火薬を買える当てが出来たと久々知先輩に聞いた」
焔硝蔵にはいま沢山の火薬があり、医務室には沢山の薬種がある。
生物委員会は猿を持ち込んできた貿易商の伝手を伊作に提供して協力を取り付け、その伝手を使えば高価な品をいくらか安く買えると知った伊作が、更に火薬の販路も引き出して、猿の隠匿工作に火薬委員をも抱き込んだ――



まあ、つい誇らしげな口調になってしまうのはただの習性で、別に一年生に「さすが先輩スゴイ偉い」と褒めそやされたい訳ではない。ないったら無い。
気を取り直し、図書の「同じ本五十冊」や作法の「鳥籠代」、体育の領収書紛失、用具の予算にまつわる噂が本当だったことを手早く話す。
「……で、な、どうも実態が掴めないのが、保健と火薬と学級委員長委員会と――それに生物も、どうも臭い」
「そりゃそうだ。カメムシなんて飼ってるから」
「ミイデラゴミムシもいるし」
そう言えば以前に安藤先生の部屋で脱走したカメムシはまだ潜んでるのかな、次の予算会議の時に湧いて出て来たらやだなあ。生物委員会のことだから、指笛ひとつであちこちに隠れている虫を呼び出して突撃させてくるかも。うわあ。
「話を元に戻していいかな」
「どーぞー」
臭いというのはそういう意味じゃない、と三木ヱ門は膝をついて屈み、握っていた拳を開いて乾いた土の上に指で簡単な図を描いた。
額をさすりながら団蔵と左吉も図を囲むようにしてしゃがみ、三木ヱ門の手元を覗き込む。
「これはまだ確定じゃないが、用具の予算を吸い上げたのは生物らしい。その生物はどうやら保健――と言うより、保健委員長の善法寺先輩と表沙汰にできない繋がりがあって、その間には何らかの利益供与が介在している」
ひとつの丸の中に一回り小さい丸を描き入れ、少し離れた所に打った点とその二重丸を線で結んで三木ヱ門が言うと、団蔵が芝居がかった仕草で大きく頷いた。
「それって風邪薬ですね」
「鼻薬だ」
しかつめらしく難しいことを言おうとした団蔵を左吉が冷静に訂正する。袖の下とも言いますねと付け加え、鼻先を反らすような顔をしたので、団蔵はきゅっと眉をしかめ口を開こうとした。
その機先を制して、三木ヱ門は図の一点をトンと指先で叩いた。
「その利益供与はおそらく、この委員会にも及んでいる」



「それで、これから何をしたらいいんですか?」
「え、もしかして"忍者ごっこ"の首謀者は先輩なんですか……そんな子供みたいなこと」
「……お前たち、自分が何の学校に在学してるのか思い出せ」
どの辺りから話し始めたものか、とりあえず他聞を憚る話だからと一年生たちを招き寄せる。廊下と屋根の騒ぎを聞きつけた他の誰かが遅まきながら様子を見に来るかもしれないと思い付き、廊下を下りて庭を突っ切り長屋から離れ、校庭のはずれの築山の前まで来た所で立ち止まった。
石と岩と葉の落ちた樹木が織りなす冬枯れの情景を愛でる築山――ということになっているが、手入れ不十分で意図せずうらぶれた風情が醸し出されたと言う方が正解で、もっともらしい顔で侘び寂びを捻り回すにはまだ若過ぎる生徒たちはあまり寄り付かない。
説明らしい説明もなくそんな場所へ連れて行かれた左吉は迷惑半分、好奇心半分の様子できょろきょろと辺りを見回した。
「その辺の岩が割れて煙の中から首領が登場、なんて演出はないからな」
「首領って、潮江先輩ですか?」
「いや。この件に委員長は関わりない」
話は後で聞くと言って焔硝蔵の方角へ向かった後、何をしているのか分からない。まさか本当に「チーム牡羊座とは何だ」と、善法寺先輩を見つけ出して締め上げてはいないだろうが――久々知先輩と焔硝蔵の中にいた"伊助"は、潮江先輩をも騙しにかかっただろうか。
……やすやすと騙されるような潮江先輩だろうか。
それでなくても今、八左ヱ門に変装していた三郎を見抜けなかったと言って悔しがっているのだ。いつにも増して警戒心は強いはずだ。
何だか面白いことになっていそうな気がする。
思わずニヤリとしかけ、一年生たちが真面目くさった顔つきで自分に注目しているのに気が付いて、三木ヱ門はこほんと空咳をした。
「各委員会が提出した今月の収支報告書にざっと目を通したところ、不審な点が散見されてな――」
そのうちの半数以上は既におおよその調べをつけたと抜け目なく言い添える。
が、団蔵も左吉も特に感銘を受けた態度ではなく、揃って口を結んだまま促し顔に三木ヱ門を見上げている。


理屈をすっとばして行動するというのもどうなのかと三木ヱ門が呆気に取られている間に、言い合う声と足音がばたばたと帰って来た。
「えーい、離せ! 僕は明日の予習をしたいんだ、は組の遊びに付き合ってる暇はない!」
「だからー、遊びじゃないんだってば」
「藪から棒に"忍者ごっこやろう"なんて、遊びでなくて何なんだよ!」
団蔵にがっちり腕を取られた左吉は左手に読みさしだったらしい本を持ったままで、半ば引きずられるように走りながら文句をぶち撒けていたが、目を丸くして廊下に立っている三木ヱ門に気がつくと急に口をつぐんだ。駆け足を緩めて立ち止まり、団蔵の手を振り払い居住まいを正して、澄ました顔を作って会釈する。
「田村先輩、こんにちは。下級生長屋に御用ですか」
言いながら頭を下げたついでに廊下の大穴が目に入ったのか、一瞬「やれやれ」と言いたげな表情をした。
吹っ飛んだ床板と火器マニアの先輩を組み合わせて何をどう推理したか容易に想像がつく。
「床下に持ち込んだ小型火砲の暴発じゃないぞ。言っておくけど」
「……え、そうなんで……えー、と、そんなことは考えてません」
三木ヱ門の低い声に呆気なく目を泳がせる左吉をよそに、「連れて来ました」と団蔵が元気良く報告する。


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