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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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ばたばた駆け出して行く一年生を見送った三木ヱ門は、その足でもう一度焔硝蔵へ向かってみたものの、既に兵助はおらず扉も閉じていた。
念の為に把手に手を伸ばしたが、鍵がかかっている。
辺りを見回しても文次郎の姿もない。目に付くのは相変わらずのすずめの群ればかりだ。
どうしようかと考えながら何の気なしにそれを眺めているうち、トントンと飛び跳ねるすずめの足元に小さな砂埃が舞うのが見えて、ふと思い付いた。
両手と膝をついて屈み込み、地面ぎりぎりまで顔を近付けて、乾いた土の上に残る足跡を探す。
「ふたり……いや、三人、かな」
焔硝蔵の中から外へ向かっていく足跡が二人分。ひとつは兵助のものだろう。やや乱れた歩幅は広く、爪先に力が入った跡がある。どうやら扉を出るなりかなりの勢いで走り出したようだ。
出入り口の手前まで来てすこし立ち止まり、そこから薬草園の方へ方向転換している足跡が一人分。こちらの足取りは歩幅が一定している。文次郎が焔硝蔵に立ち寄ったなら、これがその跡かもしれない。
足跡の長さを指で測ってみると三人とも八、九寸(約24~27cm)の内に入った。
「……やっぱり伊助はいなかったか」
一年生の足の裏はもっと小さい。すると焔硝蔵の中にいた"伊助"は上級生――、もっと言えば、五年生か六年生か。十五歳のタカ丸も一応候補に入る。
遁走したと思しきふたつの足跡と、薬草園へ向かう妙にきっちりした足跡。
さあ、どちらを追おうか。


いかにも呆れたようなその仕草に、これだけは主張せねばという勢いで団蔵が言う。
「期限を破って食べたんじゃないぞ! 全部こぼしちゃったから一匙も口に入れてない」
穿った墓穴をさらに掘り下げる言葉に、はーぁ、と左吉が溜息を吐く。
さっきの目配せをたちまち反故にして、ちょっとした嘘もつき通せないのは、信用第一の馬借としてはかなりの美徳には間違いない。馬借としては。
しかし今やるべきは、委員長とその代理たちが巡らせた陰謀を大向こうに回しての"忍者ごっこ"だ。
「善法寺先輩の居所は"鼻の薬"の噂を流しながらそれとなく探せばいい。ついでに――そうだな、生物委員と火薬委員、それに鉢屋先輩の様子も気に留めておけ」
「はい!」
居住まいを正し改めて告げる三木ヱ門に、一年生たちがいい返事をする。
が、左吉がぴっと挙手をした。
「この作戦は三人で行うのですか?」
対象が委員会ごとにまとまって行動していればいいけれど、十二人の各委員に対して会計委員三人では監視網が隙だらけだ。
「神崎先輩の行動範囲の広さは噂の流布と情報収集にはうってつけだと思いますが、参加されないのでしょうか」
「左門は加えない。今日は作兵衛の慰労で、自主的に部屋で大人しくしているそうだ。いざ情報を持ち寄る段になって正しく戻って来る可能性は低いし、寝た子をわざわざ起こすのも面倒だしな」
「富松先輩の慰労でお昼寝してらっしゃるんですか?」
冗談なのか本気なのか測りがたい口調で左吉が言う。三木ヱ門が変な顔をすると、用具委員会はこのところ働き詰めで疲れているでしょうからそう思いましたと補足した。
「用具委員会が他の委員会に予算を取られたと言う話は、そんなに広まっているのか」
「一時はもちきりでしたよ。一年生の間では相手は体育だって言われてました」
な、と団蔵と左吉が頷き合う。
「でも、本当は生物なんですよね?」
「どうやらそうらしい、という段階だけど」
「一体何で勝負をしたんだろう」
「それも追々調べてみるか。――ああ、今日の鉢屋先輩は竹谷先輩の顔をしていらっしゃるから気をつけろ。今はまた変わっているかもしれないが」

それではいざ、散開。


「……まあ、その水飴が実は蜜漬けの薬だったとして、三ヶ月は手を付けてはいけないと言うのが気になるな」
三ヶ月を過ぎたら、その副作用がとんでもないことになりそうな蜜漬けを食べても大丈夫だということなのか。小平太いわく甘くて爽やかな匂いのする蜜であるそうなので、時間が経って薬効が薄れるかどうかしたら、ただの香りのいいおいしいおやつになるのかもしれない。
はたまた、放置している三ヶ月の間にこっそり回収するのか。
「あとで回収するなら、一平はみんなに"水飴を貰った"なんて言わないで、部屋の押入れの隅にでも内緒で隠しておくはずです」
左吉が異議を唱え、団蔵もそれに頷く。
「そういう話になっているのなら、虎若も黙ってたと思います。――ああでも、万が一中身がバレた時の予防線なのかな」
「は組は他人の私物を詮索するのか? それって、いやらしいぞ」
「普通はしないけどさ。部屋の中が散らかってごっちゃごちゃになった時なんか、フタがしてある箱とか開けてみて中を確かめるだろ。これ何ー、これ誰のーって」
「しないね。い組は散らかさないから。と言うか、散らかしたものに紛れて瓶の在り処が分からなくなったんじゃないだろうな」
団蔵と虎若の部屋は、兵太夫と三治郎の部屋とは別方向の危険地帯だって専らの噂だぞ。
当たらずとも遠からずの突っ込みに団蔵が一瞬絶句し、吹き出しそうになった三木ヱ門が横を向く。それで気が付いたが、少し離れた陽だまりで本当にすずめが遊んでいるのが見えた。
こんな枯れた築山に餌はなかろうに――と思っている間に、団蔵が立ち直る。
「回収するにしても、こっそり瓶を取り替えるって方法もある」
「そのやり方だと本物の水飴を別に用意しなきゃならないぞ。安いものじゃないのに」
「それこそ保健の"裏ルート"で買えばいいじゃないか」
「あ、そうか。一平たちは中身が何か知ってるのかな? 知らないで渡されただけなのかも」
「一平の瓶の中を覗いて見ることはできない?」
「無理だよ。厳重に封をしてるもの。虎若の方こそ隙がありそうじゃないか」
「こっちは無理だ。だって、ものがない――」
あ、と団蔵が口を抑える。
左吉は何も言わず、やれやれと言いたげな表情でただ首をすくめた。


「僕は、それは善法寺先輩に頂いたものだと思います」
きりっとした顔を上げて左吉が言い切る。
謎のルート、もしくは謎のお金で大量の薬種と一緒に買った水飴を、保健・生物・火薬(・学級委員長、の可能性はまだ捨てられない)の共謀の中でなにがしかの役割を果たした生物委員の一年生に、ご褒美か口止めとして分けてくれたに違いない。しばらく手を付けちゃいけないというのはたぶん、まだ糖分が水分と馴染んでなくてしゃばしゃばしてるとか、そんなことだ。
「そうかなー。……とろとろしてたけどな」
ぼそっと団蔵が言う。それを聞きとがめて振り向いた佐吉に見えないように、三木ヱ門は団蔵に向かって顔をしかめてみせて、わざとらしく咳払いをした。
「水飴は単にご褒美、という線もあるか。それは思いつかなかった」
「ということは」
おやあんな所にすずめがいる、などととぼける団蔵を胡散臭そうに見ていた左吉は、三木ヱ門に再び正対すると器用に片方の眉を釣り上げた。
「先輩には別のお考えがあったのですね?」
「蜜漬けの薬を一年生が預かって隠している可能性を考えていた」
その薬の効能はいかなるものかと、それをひと口失敬した小平太のここ一ヶ月の活躍例をあげつつ説明する。廊下の大穴は床下から突き破られたものと聞いて、左吉は「うわぁ」とのけぞった。
「七松先輩は元から人間離れした体力なのに、更に体力増強剤なんて使ったらヒトの枠から外れます。人類の夜明けが来てしまいますよ」
「……左吉って結構、口が悪いな」
「でも、その蜜漬けが確かに薬だと確定しているわけではないんですね。例えば、ひょっとするとそれは"鼻の薬"だったかもしれない」
このひと月あまりの小平太の爆発的な活動ぶりが鍛錬の効果だけではないという理由には少々弱い。格好をつけるように腕を組んで、左吉が慎重な口ぶりで言う。
「一年生の長屋では住み着いている生き物たちが元気だそうだな」
「へ? ええ、はい、蟻が団体で束柱を噛み破ったり、池の亀が地上をダッシュしたりしてますが」
生き物たちがその有様なのはおそらく、誰かが長屋でぶち撒けた蜜漬けを舐めたからだ。
とは三木ヱ門は言わず、まだすずめを観察する振りをしている団蔵の横顔をじろりと見た。



「そう言えば、田村先輩は善法寺先輩を探しておいででしたね」
こけた拍子に懐からこぼれそうになった書き取りドリルを押し込み、団蔵が言う。
「うん。件の如しで行方を追っていたんだが、薬草園から一平と一緒に焔硝蔵の方へ向かったあとの動きが分からなくて困っている」
「一平? 一年い組のですか」
いつまで繋いでるんだよと、団蔵の手をぺっと振り落とした左吉が怪訝な顔をする。
「一平は生物委員です。それがどうして保健委員長と……あ」
「あ、って?」
「今月の始め、一平が貰い物だって言って水飴を持って来たんです」
「あー」
三木ヱ門と同時にそう声を伸ばした団蔵が、ついでにくるりと目を回す。
「虎若も持って来たな。瓶一杯ぶんの水飴」
「それ、もう食べちゃったか?」
「……んー。ううん」
食べたのは床と上着と虫やねずみたちだ。そう言ったら左吉に思いっ切り鼻で笑われるのは分かっているようで、団蔵は曖昧に言葉を濁し、ちらっと三木ヱ門を見上げた。
左吉は何故か、感心した様子で「ふうん」と顎を引いた。
「は組のことだから、飛びついてさっさと食べちゃってると思った」
「どういうことだ? お前たちは甘いものは好きだろうし、好きなものはすぐ食べたいだろう」
団蔵の無言の懇願を察した三木ヱ門がそ知らぬ顔で口を挟む。
「ただの水飴じゃないから、手入れをしながら最低でも三ヶ月は寝かせてからじゃないと、食べられないんだそうです」
「酒か味噌みたいだな」
「発酵させてるのとは違うみたいですけど……。でも、水飴はそのまま食べたらおやつだけど、乾かして粉にすると膠飴(こうい)という滋養強壮や胃を丈夫にする薬になります」
生物委員の一年生が"貰って来た"水飴は薬の原料になる。
それでは、そんな貴重な水飴をくれたのは一体誰か?



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