「食満先輩も、いくらにおいが酷いと言っても薬なんですから、そんなに嫌がらなくたって良いではありませんか」
じたじたする乱太郎を猫の子のように吊り下げて三木ヱ門が嘆息すると、床に尻をついたまま這いずって距離を稼ごうとしていた留三郎は、いくらか恐れを含んだしかめっ面になって反論した。
「似たようなにおいの試薬を伊作に使われて、えらい目に遭ったことがあるんだっ」
「えらい目」
乱太郎がわざとらしい高慢ちきな目付きをつくって、滝夜叉丸っぽいから止せと三木ヱ門に放り投げられる。
「――って、どんな目ですか?」
「打ち身の痛みが引く代わりに、全身の骨という骨が痒くなった」
「……うへぇ」
「骨に感覚器はないですよ」
計算の続きを放棄した左近が生姜湯を一杯失敬しながら冷静に言う。そりゃ知っているが、と頬を掻いた留三郎は不意にその手を止め、顔の前へ持って来てつくづくと眺めた。
「しかしなぁ。痒いのに掻きようがないと言うのは生き地獄だったぞ」
「伊作先輩って薬の知識は豊富なのに、たまに調合の途中で薬が信じられない突然変異を起こすんですよね」
作り置きの頭痛薬がいつの間にか眠り薬に変質していて、飲んだ生徒は丸三日間眠りこけた。
ぴりぴりした気分を静める薬湯が煮出すうちに何故か逆の作用に変わり、飲んだ生徒は山で出くわした狼をぶっちぎって逃げ切った。
とびきり効く咳止めの薬が出来たが、飲んだ生徒は鼻水が止まらなくなった。
虫歯に痛み止めを塗ったら歯が根からぽろりともげた。ただ、乳歯だったので問題なかった。
「……とか、色々噂があります。たまに怪我の功名もあるんですけど」
「三日間昏倒したのは五年の時の俺だ」
その時のことを思い出したのか、留三郎が瞬間、魂が抜けたような目をする。
きみこを撫でながら黙って話を聞いていた孫兵がふいっと顔を逸らした。