頭を抱えた孫兵が、聞き捨てならないことをうわ言のように繰り返す。
「先生? 生物委員会顧問の木下先生が罷免されてしまう、ということか?」
乱太郎は蛇用の消毒薬の選択に苦心中で、悲鳴に一瞬顔を上げた左近は帳面とのにらめっこに戻っている。素早く孫兵の腕を掴んで顔を寄せ、三木ヱ門は声を落として囁いた。
孫兵は青い顔で首を振った。
「打ち首です。本当に首が飛びます。木下先生だけじゃなくて僕たちも、もしかしたら学園長先生も……」
三木ヱ門と留三郎はうなだれる孫兵を挟んで視線を交わし、互いに表情を険しくした。
たった今、貴族から大名への進物の鷹を逃がして手討ちにされた人の話をしたばかりだ。どうやら逃げた小猿というのはそれに匹敵する立場にあるようだが、人の命を束にして贖うほどの価値など到底認めることはできない。
それが学園の教師や生徒のものなら尚更だ。
「与太半分だったけど、一気にきな臭い話になったな」
鼻にしわを寄せるような表情をして留三郎が言う。
「それが本当なら、事は生物委員会だけで収まる話ではないぞ。人手は多いほどいい。事情を公にして全校あげて捜索にかかるべきだ」
「……南の国の猿だから、この国は気候が寒すぎて、ずっと大人しくしてたんです。だから、逃げたとしてもそう遠くへは行かないで、どこかでうずくまってじっとしてるだろうって」
動きは鈍いが頭は冴えていた。人が開け閉めするのを見覚えたのか、檻の中から細い手を伸ばして閂状の鍵を開け、自分で外へ出てしまったのだ。
籠や檻を収めた小屋の生き物たちがバタバタぴいぴい鳴き騒ぐ気配に駆けつけた生物委員たちの目の前で、猿は逃げ出した。
「そういえば、角場の隅で何か食べていたと左門が言ってたな」
三木ヱ門がふと思い出して言うと、孫兵はちょっと顎を引き、動揺はそのままながら警戒するように2人の上級生を見た。
「猿の件は委員会で内密にしていた話です。……どなたが、どこまで知っておられますか」
「俺と田村が何となく事情を知っているくらいだ」
珍しい異国の猿が逃げ、生物委員会がそれをこっそり探していて、それはどうやら色々な意味で「お高い」ものであるらしいこと。留三郎がそう答える横から三木ヱ門が付け加える。
「猿が逃げたという所までは潮江先輩もご存知だ。生物の一年生たちの話を聞いていたから」
「え、そうなのか?」
これには孫兵ではなく留三郎が反応した。わずかに口元を歪めて嫌そうな顔をして、そうかあいつも知っていやがるか、と独り言を言う。
……事情が知れたら、どちらが先に猿を捕まえるか勝負、とか言い出さないだろうな。言い出すだろうな、この2人なら。
「その、肝心の木下先生はどちらにおられる。お前のペットまで駆り出しているくらいだ、生徒だけで捜索しているのではないんだろう」
三木ヱ門がそれとなく話を変えると、「それが」と言って孫兵は心許なげに瞬きした。