血相を変えて飛び込んできた孫兵が高い声で叫び、突然のことに立ちすくんだ乱太郎に向かって、胸に抱えていたものを突き出した。
「……?」
眼鏡のつるを少し持ち上げ、乱太郎は鼻先のものに焦点を合わせる。
のそりとかま首をもたげた蛇が申し訳なさそうに細い舌を出した。
「ひゃあっ」
のけ反りついでに乱太郎の足が滑った。仰向けに転びかけたところを辛うじて堪え、ばねのように跳ね起きて、「噛まれた人を連れて来なさい!」と大声で三年生を叱り付ける。
「今回はまだ噛んでない!」
毅然と孫兵が言い返す。
「まだ?」
「ほら、ここ見てよ。きみこの可愛い顔に傷が付いてしまった」
蛇の小さい頭をそおっと指で掴んで押さえ、点のような鼻孔の脇を爪の先で指す。
乱太郎と留三郎は孫兵の示した辺りにじっと目を凝らしてみた。ごく小さな菱形のうろこが一片、剥がれているように見えなくもない。
「……舐めときゃ治ると思うが」
留三郎が呟くと、「ですよねー」とでも言いたげにきみこがちらちらと舌を震わせた。
あたしのご主人様ったら、大切にしてくれるのは嬉しいけれどあんまり過保護じゃ他所の人に恥ずかしいわ。
「なんてことおっしゃるんですかっ。きみこの顔に傷跡が残ったら一大事ですっ」
涙目にすらなりかかっている孫兵にキッと睨み付けられた留三郎がその迫力に気圧されて後ずさり、気迫負けした乱太郎が消毒薬を薬棚へ取りに走る。
「ここまでは合ってるから、この後から計算し直してみろ。孫兵、ちょっといいか」
難しい顔の左近に帳面を返し、三木ヱ門が立ち上がってそう声をかけると、孫兵はきみこを抱いたまま振り返った。おや、という顔をする。
「いらしたんですか」
「出入り口の真正面にいたんだがな」
目に入らなかったのか、三年生と反目し合う四年生だから敢えて無視したのか。
それを追及するのは措いて、三木ヱ門は孫兵に近寄ると小声で尋ねた。
「その蛇も、猿の捜索をしているんだろう?」
「……猿って、なんですか」
「とぼけなくていい。虎若たちに聞いた」
孫兵が黙って口を尖らせる。
「……その猿なんだけど。たまたま左門が見つけて捕まえたそうなのだが、外出する先生に預けて学園の外へ放してしまったらしい」
「えぇーっ!!」
一声叫んだ孫兵の顔色がみるみる青ざめた。動揺のあまりか足元がふらつき、あるじを危ぶむようにきみこが首を伸ばす。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、先生の首が飛んじゃう」