火薬の量と砲の口径、砲弾の大きさが変化すると、それぞれの初速・平均飛距離・ある条件下で発射する時に最も効果的な仰角も、一定の規則性を持って変化する――という現象について実験レポートを書かなければならないのだが、行き詰まっている。
大体そんなようなことを、左近は言いたくなさそうにもごもごと言った。
「実験はクラス全体でやって、そのデータを元にした計算とか調べ物は個々にやるんですけど……」
どうもレポートの大元になる計算をいきなり間違えているらしいのだが、どこを間違えているのかさっぱり分からないので、二進も三進も行かなくて往生しているのだと言う。
「うへぇ。二年生って、そんな難しいことやるんですね」
「他人事みたいに言うなよ。お前も来年やるんだぞ」
「あ、そっか……うへぇー」
「……で、田村先輩は火器マニアで、おまけに会計委員で数字に強くていらっしゃるから、計算がどこまで合ってるか見て頂きたいんです」
来年のことを思って早くも頭を抱える乱太郎をよそに、左近は抱えてきた帳面を広げて床に置いた。そこには延々と続く計算式や不可思議な数字が並ぶ表や、疲れ果てたミミズがのたくったような走り書きがびっしりと書かれている。
「団蔵の字よりひどいな」
三木ヱ門がついそう言うと、ひょいと覗いた乱太郎が「ホントだ」と目を丸くした。
「左近先輩、普段はもうちょっと丁寧な字をお書きですよね」
「もうちょっと、かよ。計算してるうちに訳が分かんなくなってきて疲れちゃったんだもん」
やらなくちゃいけないのに課題ができないと弱音を吐くのが格好悪いし、万事自信家の上級生に頼んで教えを請うのが何となく悔しい、という態度をありありと滲ませて左近が口を尖らせる。
「まあ、見るくらいいいけど」
そう難しい計算じゃなさそうだから、と言いそうになったのを飲み込んで三木ヱ門が帳面を手に取る。この手の計算間違いは、自分が書いた字が汚すぎて誤読するのがお決まりのパターンだから、落ち着いて読み解けばどこかで元凶が見つかるものだ。
「川西」
黙って下級生たちのやり取りを見ていた留三郎が、ここで口を開いた。呼ばれた左近が仏頂面で振り返ったのに、諭すように言う。
「こういう時はなんて言うんだ?」
「……。お願いします」
よしよし、と笑い、留三郎は空になった湯呑みを置いて立ち上がった。