「一年い組の一平ですか? いいえ、来てないですよ」
今日の放課後に医務室へ来たのは用具委員会の一年生3人と作兵衛、寒気がすると言って生姜湯を飲んでいった斜堂先生、ちょっと顔を出してすぐ出て行った保健委員長と伏木蔵、
「それに田村先輩、食満先輩のお二人だけです」
指折り数えあげ、今日は生姜湯がよく出る日ですと言って乱太郎がえへへと笑う。
「なんで嬉しそうなんだよ」
帳面に目を戻して難しい顔でぶつぶつ言っていた左近が、じろっと横目をする。
「蒸気で部屋の中がいい匂いになるし、煮出してる間、火鉢につきっきりだからあったかいんですもん」
「呑気だなあ。真面目に当番、やれよ」
たまたま大怪我人や重病人が来ないからいいけどさあ――と、帳面の上に指でくるくると何かを書く仕草をしながら、話とは関係ない様子で何度か首をひねる。
三木ヱ門も首を傾げた。
「来ていない? おかしいな、確かに医務室に行くとかいるとか、」
言っていたはず――。いや、待てよ。
『一平はどうしたんだろ?』
『保健のところでしょ』
医務室にいるんでしょ、じゃなくて、三治郎は「保健のところ」と言ったのだっけ。
保健と言うのは保健委員のことだろう。医務室以外の、保健委員がいる所に行った、という意味だったのか。しかし、少しでも人手が欲しい大捜索の最中だというのに、何のために。
「三反田先輩も当番じゃなかったっけ」
どういう訳か近眼の人のような目つきになった左近が、今度は帳面から顔を上げずに乱太郎に尋ねる。
「水を汲みに行ってらっしゃいます。新野先生と吉野先生の所にも寄って、薬種目録と懐紙の補充分を頂いて来るって」
……て事は、斜堂先生と新野先生と吉野先生は、いま学園内にいらっしゃるんだな。
一平の居場所は分からないが、四文字名前の先生の候補は3人消えた。
とりあえず収穫はあったと甘い香りの生姜湯をすすりながら三木ヱ門が考えていると、左近が何やら意を決したふうに、ほとんど一寸刻みにじりじりと近寄って来た。
「あのう……。ちょーっと、教えて頂きたいことがあるんですが……」
「僕に?」
六年生の食満先輩ではなく? と三木ヱ門がびっくりして自分の顔を指さすと、ひどく渋い顔で左近が頷いた。