熱い生姜湯を注いだ大きな湯呑みを三木ヱ門と留三郎に手渡し、湯呑みを載せていたお盆を抱えて少し思案すると、乱太郎はひょいと薬棚の方を振り返った。
「ぼけのみつづけたらしましょうか」
「……え、何?」
「ぼけのみつづけたらしましょうか」
「ボケ飲み続けたら……何をするんだって?」
呪文のような言葉を聞いて目をしばしばさせる三木ヱ門に、真顔で乱太郎が繰り返し、留三郎は横を向いて生姜湯を吹き冷ましながら笑いを噛み殺す顔をしている。その不毛なやり取りが聞こえたのだろう、火鉢の前で取りに来た帳面を開いていた左近が顔を上げ、面倒臭そうな声で、
「ぼけって、ボケツッコミじゃなくて花梨のことですよ。生薬にするとモッカって言いますけど、それを蜂蜜に漬けた喉の薬が、そこにあるんです」
と答えを言った。
立ち上がって小ぶりの壷を薬棚から取って来た乱太郎が、これも小ぶりの柄杓片手に三木ヱ門の湯呑みを指す。
「垂らしましょうか」
生姜湯に、木瓜の蜜漬け――花梨を漬け込んだ蜂蜜を。
理解して、かくり、と三木ヱ門の顎が落ちた。
「……日本語って難しいな」
「と言うか先輩、本当に熱があるんじゃないですか。なんだか目も潤んでるし」
「いや、これはさっき不破先輩に会った時に本の埃でさんざんくしゃみしたから……、不破先輩も医務室にいい鼻の薬があるって聞いたとおっしゃってたな」
「あ、それ私が言いました。図書室って火気厳禁で寒いし乾燥してるから、もしものために」
三木ヱ門が手にしたほわほわと湯気の立つ湯呑みに気前良く蜜を足し、乱太郎が言う。でも肝心の薬はどこなんだろうと、すぐに困り顔になる。
「時友先輩にも持って行かないとですよね」
「あぁ、四郎兵衛はいいや。生姜湯の余りを貰っていくから」
「鼻薬の在り処なら、俺が伊作を締め上げて聞き出してやるよ」
唐突に不穏なことを言った留三郎が、にいっと人の悪い笑みを浮かべる。
予想外の申し出に戸惑い半分、怯え半分で顔を見合わせる乱太郎と左近をとりなすように、三木ヱ門が話を変えた。
「乱太郎、生物委員の一平がここに来ただろう? その後どこへ行ったか知らないか」