出門票の紙挟み片手に駆け戻って来た小松田は、開口一番、そう謝った。
「やー。思ったより遠くへすっ飛んでたよ」
「いや、それは小松田さんのせいでは……、すみません」
思い切り扉に八つ当たりした留三郎が、決まり悪そうにもう一度頭を下げる。いいってー、と軽く言った小松田は、一転して深刻そうな顔で三木ヱ門に出門票を手渡した。
「こんなになっちゃった」
「ありゃ」
受け取って絶句する。ぬかるみの上にでも落ちたのか、署名の墨が滲んだうえに泥で汚れてほとんど読み取れなくなってしまっていた。
「なにか調べているのか?」
横から出門票を覗きこんで、その惨状に責任を感じたらしい留三郎が尋ねる。
「ええ……はい。外出なさった先生がどなたなのか、確認する必要がありまして」
言葉を濁しつつ答える。それを聞いていた小松田が、尻尾を引っ張られた猫のような長い声で唸った。
「それさ、僕に聞けばいいんじゃないかな」
「あ」
三木ヱ門と留三郎が揃ってポンと手を打つ。不満気に頬を膨らませた小松田は、左手を腰に当ててそっくり返り、掲げた右手の指をひとつひとつ折ってみせた。
「午前中に安藤先生。お昼過ぎに野村先生と松千代先生。放課後に、戸部先生がお出掛けになったよ」
「おお!」
と言うことは、左門が猿を預けたのは戸部先生だ!
状況が一歩進んだ気配に三木ヱ門はパッと表情を明るくする。どろどろの出門票にじっと目を落としていた留三郎は、しかし首を傾げた。
「確かにその御四名ですか?」
「間違いないよ。僕が直接これを渡して、書いていただいたんだもの」
きっぱりと小松田が頷く。
留三郎は眉を寄せた。ぼんやりぼやけた墨色の文字を指差す。
「でも、署名は六つあります」
「ふぇっ?」
「末の二つはそれぞれ八文字と四文字。戸部先生のお名前は戸部新左ヱ門、漢字にすれば六文字です。小松田さんが用事で門前を離れている間に、出て行かれた方がいるのでしょう」
留三郎は一瞬で三木ヱ門を半歩引きずり戻したことにも気付かず、八文字名前の教職員はいないからこれは部外者でしょうね、と付け加えた。
「……すると、」
八文字の人物は自伝の宣伝に来た学者だろう。
猿持ち出し候補は、外出済みの野村雄三、松千代万、現在校内にいる土井半助、山本シナ――以上敬称略、以外の四字氏名を持つ先生の誰かだ。
「それでもまだ多いよ」
三木ヱ門が嘆くと、留三郎と小松田が寸の間ぽかんとした。