さっきの文次郎ほどではないが泥に汚れて地の肌が見えづらい顔は、よく目を凝らしてみると、所々にすり傷や色の変わり始めた打撲痕があった。額から左目の脇にかけての傷が殊に大きい。
ミルナの禁を破ってしまったような三木ヱ門の表情に気付いた留三郎が急いで言う。
「実力行使でぶん取ったんじゃないぞ。相撲だよ、相撲」
「相撲?」
物騒な世の中だから、いざという時の用心棒として村で力士を雇っていたとか? 子供を侮って工事代を踏み倒すのがいざという時かどうかは大いに疑問だが。
もっこを左から右へ掛け替え、空いた左の肩をさすりながら、留三郎は顔をしかめた。
「払え払わぬの押し問答で、村の人は俺を言いくるめられなくて苛ついてるし、こっちも意地だ。埒が明かなくなっちまってな。そうしたら村一番の力自慢ってデカゴツい男が口を出して来て、力比べで自分に勝ったら払ってやってもいい、ときた」
払ってやってもいいという曖昧さを留三郎は頑として認めず、勝ったら約束通りの手間賃を払うことを確約させて――どんな手段を使ったか尋ねるのはやめておいた――得物なしの素手で、投げあり打撃あり関節あり噛み付き・急所なしの組み打ち一本勝負をした。
「相撲ですかね、それ」
「とにかく俺が勝った」
怪我だらけの顔で簡単に言う。傷は痛くても見た目ほどの痛手は受けていないらしい。
と、さっと後ろを向いたと思った途端、留三郎が派手にくしゃみをした。
「用具はみんな風邪っぴきになっちゃいそうですね」
川に入って作業をした後に水を絞るくらいはしたのだろうが、留三郎はずっと濡れたものを着たままだったはずだ。想像するだけでしんしんと身体が冷えてくる。
「先に帰した奴らには、医務室で生姜湯を貰っとけって言っといたんだが」
「ええ、平太がそう言っていました。僕が見た時には一年生たちで日向ぼっこをしてましたよ」
三木ヱ門の言葉に、留三郎の肩からふっと力が抜けた。びりびりするような殺気も同時に霧散する。
「良い鼻薬が入ったそうですから、本格的に風邪をひく前に貰っておいてはいかがですか」
雷蔵に聞いたばかりの最新情報を伝えると、留三郎はなぜか一瞬妙な顔をした。
「鼻薬?」
「はい。くしゃみが収まるとか、鼻水が止まるとか、そういう薬だと思います」
何と言っても"鼻の薬"なのだから。
「……そっか。ありがとな、伊作に聞いてみるよ」
留三郎はちらりと笑みを浮かべ、寒くなってきたのか、肘まで捲っていた袖をつまんで引き下ろし始めた。
「田村くーん、ごめーん」