すれ違いかけて足を止めていた相手の顔をじいっと見て、首を傾げる。
腕いっぱいに本や巻物の束を抱えた五年生は同じように少し首を傾げて、ニコリとした。
「不破だよ」
「わわ、失礼しました」
「いえいえ」
三木ヱ門の恐縮を軽く受け流し、学園長に頼まれて書庫の蔵書を庵へ届けに行くところなのだと言って、雷蔵は抱えているものを少し持ち上げてみせる。墨書きの題字ごとすっかり表紙の色が褪せてしまった本や、染みや虫食いの跡が見える巻物はどれも古びて埃っぽく、近寄って見ようとすると鼻がむずむずした。
「昔の紀行文とか地誌とか、古地図を御所望でね。ところでずいぶん難しい顔で歩いてたけど、どうかしたの」
鼻先をひねる三木ヱ門に向けた雷蔵の笑顔が、いくらか心配そうに曇る。
三木ヱ門は口ごもった。
火薬委員会の不正疑惑を、まさか部外者である図書委員の雷蔵に相談することはできない。忽然と現れた高価な飾り物、左門が猿を託した謎の先生、不審な行動をする作兵衛や生物委員とその行方、不審点がやけに目に付く各委員会の収支報告書などなど、懸案事項はたくさんあるけれど、そのどれも他言は――
――と。
「そうだ。鉢屋先輩が危険です」
「え? あいつ、また何かした?」
「いえ、おそらく冤罪ですけど、状況次第では潮江先輩に見つかったら命がないかもしれません」
「……それは剣呑だ」
誰かが文次郎に変装してくのいち教室をからかったようで、文次郎はそれを三郎の仕業と思って探し回っている、と三木ヱ門の説明を聞いた雷蔵は眉をひそめた。
「普段の行いのせい――ではあるけど、」
言いながら抱え直した書物の間から埃が立って、それをまともにかぶった三木ヱ門は立て続けに小さくくしゃみをした。
「あ、ごめん! 大丈夫?」
「ふぁいじょーぶれす……ぐしっ。気候が、乾いてるから、仕方ない……ぷしっ」
「よく効く鼻薬が手に入ったって保健委員が言ってたから、医務室で貰って来ようか」
「はなぐすり?」
顔から出るものが全部出たアイドルにあるまじき顔を向けると、雷蔵はその赤くなった鼻面に手拭いを押し付け、ぐしぐしと擦った。
「三郎のやつ、今日は私の顔をしていないんだよ。間違えられて締め上げられるのはいやだなあ」
「え? それでは、今日は誰なんですか?」
嘆息混じりの呟きに、手拭いの下からくぐもった声で三木ヱ門が尋ねると、雷蔵はすらりと答えた。
「少なくとも、朝から授業が終わるまでは八左ヱ門だったよ」